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『賀川豊彦と現代』第5章「胎動期の開拓的試み(2)」第1節「水平社運動・農民組合運動」3

今回の箇所に掲げている「日本農民組合」の創立大会の写真が、『土地と自由のために 杉山元治郎伝』(昭和40年、非売品)の中に収められているので、ここに掲載して置きます。


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本文を続けます。


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『賀川豊彦と現代』第5章「胎動期の開拓的試み(2)」第1節「水平社運動・農民組合運動」1・2

今回から第5章「胎動期の開拓的試み(2)」第1節「水平社運動・農民組合運動」の1「西光・阪本らの訪問」、2「水平社創立の準備」のところに進みます。


別のブログ「番町出合いの家」の過日のところ(神戸の生んだ画家・藤原昭三先生の回想)で、全国水平社の創立者のひとり・阪本清一郎さんの似顔絵を掲載しましたが、阪本さんと共に賀川豊彦の自宅を訪問したひとりが西光万吉さんであったことは、よく知られています。


西光さんについては、数多くの人々の著作がありますが、ここでは写真を2枚収めさせていただきます。


1枚は、生前親しくご教示を頂いた阪本清一郎さん、木村京太郎さん、そして北川鉄夫さんらの監修によって出来た『西光万吉著作集』第1巻(昭和46年、濤書房)の扉に飾られた、西光さんの晩年の穏やかな姿を撮した写真、そしてもう1枚は、近年意欲的に「西光万吉」の研究を重ねる宮橋国臣さんの著書のひとつ『至高の人 西光万吉ー水平社の源流・わがふるさと』(2000年、人文書院)のはじめに入れられた西光さんの絵画「ざくろ」と昭和32年の「手紙」です。


西光万吉さん


西光さんの絵と手紙


それでは、以下に本文を掲載します。ここでも末尾が途切れていますが、次回はこの頁から始めますのであしからず。


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『賀川豊彦と現代』第4章「胎動期の開拓的試み(1)」第4節「川崎・三菱大争議」

今回は広く知られている神戸の「川崎・三菱大争議」の箇所です。

この争議では多数の逮捕者が出て、賀川豊彦も収監された一人でした。ここでは1枚の写真を掲載しておきます。

これは、「賀川豊彦献身100年記念事業オフィシャルサイト」の「吉田源治郎・幸の世界」で、第19回「神戸大争議収監釈放後の賀川豊彦」で初公開(これまでは賀川豊彦と鈴木文治の二人が写された写真が知られていましたが、あれは今回公開できた写真の一部をトリミングしてつくられたものであることが分かりました)できました。その写真をここでも掲載して置きます。ちょっとこれはうまくコピーできていませんがあしからず。


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それでは、この箇所をアップいたします。


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『賀川豊彦と現代』第4章「胎動期の開拓的試み(1)」第3節「死線を越えて」と「貧民窟物語」

別のブログ「番町出合いの家」で、昨日午後「賀川ミュージアム」に出かけた記事を掲載して、そこでも記して置きましたが、今回本文で取り上げている賀川の代表作『死線を越えて』の点字版が完成して、6冊のファイルが資料閲覧室に揃えられていました。

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それでは続いて、『賀川豊彦と現代』第4章「胎動期の開拓的試み(1)」第3節「死線を越えて」と「貧民窟物語」の箇所を収めます。


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『賀川豊彦と現代』第4章「胎動期の開拓的試み(2)」第2節「労働運動・消費組合運動・普選運動」

今回は直ぐに『賀川豊彦と現代』第4章「胎動期の開拓的試み(2)」第2節「労働運動・消費組合運動・普選運動」のところを掲載します。

なお、今回触れている「購買組合共益社」のことについては、昨年から今年にかけて「KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界」(HP「賀川豊彦献身100年記念事業オフィシャルサイト」150回長期連載)の第11回から17回までの「間所兼次と購買組合共益社」のところを覗いて頂ければ、新しい発見があると思います。


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『賀川豊彦と現代』第4章「胎動期の開拓的試み(1)」第1節「医療・就労活動」

芝ヤエ医師


この写真は、芝ヤエ医師が「イエス団友愛救済所長田出張所」で診察をおこなっているところです。芝医師については、今回の本文に触れていますが、馬島医師の方のみ掲げていますので、撮影場所も特定されている芝医師の写真も、ここに収めて置きます。


それでは、『賀川豊彦と現代』第4章「胎動期の開拓的試み(1)」第1節「医療・就労活動」を掲載します。


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『賀川豊彦と現代』第3章「新しい生活の中から(2)」第2節「賀川の部落問題認識」

表紙

賀川豊彦のこの著作は、前回の『貧民心理之研究』と同じく大判上製の719頁大著です。大正8年に警醒社書店より出版され版を重ねた作品です。今回の本文でも触れているように、賀川の部落問題認識に多少の変化を見せています。

それでは続いて、『賀川豊彦と現代』第3章「新しい生活の中から(2)」第2節「賀川の部落問題認識」を収めて置きます。

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『賀川豊彦と現代』第3章「新しい生活の中から(2)」第1節「貧民心理之研究」

表紙

これは、今回の主題となっている賀川豊彦の著作『貧民心理之研究』のカバーです。賀川と活動を共にしてきた吉田源治郎先生の所蔵図書にあったもので、カバー付きのものは珍しいので、ここに収めました。本書の初版は、大正4年11月ですが、このカバー付き著書は大正6年2月の再版のものです。650頁を越える大著です。

それでは続いて、『賀川豊彦と現代』第3章「新しい生活の中から(2)」第1節「貧民心理之研究」のところを収めます。

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『賀川豊彦と現代』第2章「新しい生活の中から」第2節「救霊団」の諸活動

武内アルバム


これは、HP「賀川豊彦献身100年記念事業オフィシャルサイト」の「賀川豊彦のお宝発見」(武内勝氏資料連載)の第6回「プリンストン大学留学前、新川尻海岸での壮行記念写真」として説明をつけて、はじめて紹介したものです。

今回ここで紹介する中にも、よく知られているこの写真を収めていますが、このときはまだそのことがわかりませんでしたので、そのキャプションには反映されていません。

では、第2節「救霊団」の諸活動、のところを収めてみます。

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武内資料


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『賀川豊彦と現代』第2章「新しい生活の中から(1)」第1節「「葺合新川」の実態」

賀川豊彦記念

既述の通り、一月前から初めての「ブログ体験」をはじめて「番町出合いの家 TORIGAI」というサイトをアップしています。そして必要があって、少し長い論文などを収める、もうひとつのブログ「「対話の時代」のはじまり:宗教・人権・部落問題(TORIGAI)」という長い名前のものもスタートさせ、数日前からこの「賀川豊彦の魅力」を手がけています。

まだまだブログづくりになれないまま、三つのブログを毎日進めていますが、ここでもやはり、少し写真でも入れたほうが読みやすいという声も届いていますので、今回からは手持ちの写真などを冒頭に収めてから、本文に入ることにいたします。

最初のこの写真は、100年前に賀川豊彦が神戸の「葺合新川」に居住して、新しい生活を開始した場所の近く――「新生田川」バス停前―-に、「賀川豊彦生誕百年」(1988年)のとき、記念に建てられたものです。六甲の山並みが美しく望めます。「賀川豊彦献身100年」(2009年)に新しく再建された「賀川記念館」(賀川ミュージアム・友愛幼児園・神戸イエス団教会・イエス団本部など)があります。

では、以下に『賀川豊彦と現代』第2章「新しい生活の中から(1)」第1節「「葺合新川」の実態」を収めます。


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まだまだやはり、文字が鮮明によめませんね。どうすれば綺麗にできるのでしょうね。






『賀川豊彦と現代』第1章 苦悩と冒険 第2節 賀川の全体像

今回は『賀川豊彦と現代』第1章「苦悩と冒険」の第2節「賀川の全体像」を収めてみます。なかなかうまく行きませんが、続けます。

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やはり今回も、斜めになったり、端っこが消えていたり、私の目にもボヤけています。ひとつの実験ですので、このまま継続してみます。

私の別のブログ「「対話の時代」のはじまり:宗教・人権・部落問題」の方は、もう少し鮮明で、簡単なように思いますが、どうでしょう。


『賀川豊彦と現代』(目次と第1章 苦悩と冒険 第1節 新しい出発

まだまだ試験的なスタートです。
「目次」と「第1章苦悩と冒険」の第1節「新しい出発」を収めてみます。


目次

目次

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新しい決意1

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1節の終わり

やはり、どうも鮮明でなく、判読が難しいですね。
加えて、消えてしまった箇所もあります。
次からは、1頁ごとスキャンしてみます。

賀川豊彦について書き下ろした最初の作品『賀川豊彦と現代』(はしがき)

「賀川豊彦生誕百年」(1988年)のときに、賀川豊彦のついての初めての作品を書き下ろしました。この作品は、その時代にヒットしたのか、思いがけず幅広い読者をえることができました。

しかし現在では、版元でも品切れで絶版となっています。そこで、若い読者のために、先ずこの第1作をアップさせていただくことにしました。



表紙


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どうもスキャンの仕方などうまくいきませんが、失敗を重ねながら、上達していくことを期待して、また暇を作って、続きをお届けいたします。

「賀川豊彦の魅力」のブログを新しく始めるに当たって

一月ほど前から、若い友人の手助けで、「ブログ」というものを初体験しています。
「番町出合いの家 TORIGAI」というもので「ご隠居のボケ防止」の「ひとり遊び」です。もちろんまだ、ほんの手探り状態のままのものです。

ところが数日前から、別の友人から、少し長めの作品も入る別のブログを勧めてもらいました。
早速それには、新たに「対話の時代 宗教・人権・部落問題」という、お堅いタイトルのブログにして、スタートしています。

しかし、いまこの二つのブログをはじめながら、今度は自分の手で、三つ目の新しいブログを探し始めました。なぜかと申しますと、それはプロフィールにも記しましたように、青春時代から「賀川豊彦」について魅かれるものがありました。

現在では「賀川豊彦」といっても、神戸の人でさえ、多くの方々は名前もご存知ありません。
しかし不思議にもご縁があって、賀川豊彦の最初の活動拠点でもあった神戸の教会(日本キリスト教団の「神戸イエス団教会と言います。現在は立派な賀川記念館が完成して、素敵な礼拝堂もあり「賀川ミュージアム」も人気スポットになっています。)より招聘をうけ、2年間この教会で修行をさせていただきました。

その後1968年4月から、「賀川豊彦とその仲間たち」のもうひとつの活動拠点であった神戸市長田区の下町に移り住むことにして、私たちはゴム工場の労働者となり、新しい「家の教会」(「番町出合いの家」という公認に)を開設して、「労働牧師」の実験を始めました。

以来半世紀近く、生活の中で「賀川豊彦の息吹き」を学ぶことができました。その一端をこのブログに書き込むことができればと思いはじめたのです。ここでももちろん「ご隠居のボケ防止」の「ひとり遊び」にすぎません。

プロフィール

keiyousan

Author:keiyousan
このブログのほかに同時進行のブログもうまれ全体を検索できる「鳥飼慶陽著作ブログ公開リスト」http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+toritori/ も作ってみました。ひとり遊びデス。

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