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「新連載「賀川豊彦」ぶらり散歩ー作品の序文など(第5回『貧民窟詩集・涙の二等分』)

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今朝早く、11階の我が家のベランダに、3羽のスズメちゃんが、顔見世にやってきました! 嬉しい一日のはじまりです! (別のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/でUP)


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              「賀川豊彦」のぶらり散歩

                ―作品の序文など―


              第5回


              貧民窟詩集 涙の二等分


          大正8年11月10日 福永書店 373頁


賀川の詩作品については、別のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/ での長期連載させて頂いた名作:村島帰之著『預言詩人・賀川豊彦』で詳しく紹介することができました。


この作品は今嬉しいことに、賀川記念館のHPの「研究所:鳥飼慶陽の部屋」の方で、全体を纏めたものを一挙掲載されていますので、いちどご覧いただければ嬉しく存じます。


この村島作品には、賀川の主要な詩作品を取り上げられていて、今回の長期連載の際には、賀川の原書にあたりながら、村島作品を大幅に補正してUPしましたので、十分味読いただけるものと思います。


なお、賀川豊彦の詩作品を、詩人の目で取り上げて、見事に論評した好著があります。それは三浦清一著『世界は愛に飢えている―賀川豊彦の詩と思想』(昭和32年、的場書房)ですが、三浦清一の未刊の完成原稿『賀川豊彦随筆集』が遺されていて、賀川ミュージアムの方でテキスト化が始められています。楽しみなことであります。



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賀川のこの処女詩集は、今回紹介する賀川の「自序」にもその経緯が書かれているように、当時既に著名な歌人・与謝野晶子による見事な長文の「序」が収められていることはよく知られています。ここでそれを収めることも考えましたが、ちと長いので諦めて、ここでは賀川の「自序」だけを取り出して置きます。


この処女詩集に入れられた作品の多くは、先の村島の『預言詩人・賀川豊彦』の中にも収めてありますので、ネット上ですぐに読むことができます。


手元の原書ははじめ、大正8年の再版本を読んでいて、それがボロボロになってしまっていたところに、何と先だって、無傷の初版本が箱入りのまま入手いたしました! ここではその美しい表紙と巻頭の写真を収めて置きます。



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なお、ついでといえばへんですが、今回の処女詩集の巻末には、これの出版された大正8年11月10日の10日後に、同じ福永書店より刊行された『労働者崇拝論』(社会問題叢書第三篇)の広告が載っていますので、奥付とともに掲載して置きます。


『労働者崇拝論』は出版のあと直ぐ12月7日には「発売禁止」となっています。原書は現在、賀川ミュージアムに現存しています。


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それでは、「自序」を書き写して、最後に原書をスキャンいたします。





                  自 序



 不思議な実在としておかれ、苦悩と絶望と、愛と歓喜と、病躯の中に据えられた私は、死の影に逍遥して生まれたのが、この一篇の詩集である。

 宇宙の苦悩を見たものは死なねばならぬと、私は常に考えている。そして贖罪者イエスの弟子として、私もその重荷をくくりつけられ、たじろぐ足に、貧民窟の隅で泣かねばならぬ実在として、私は造られた。

 私は何度社会苦に煩悶して自殺しようとしたか知れぬ。神がもし、私を受感性の人間に作らなかったなら、こんな苦悩はないであろうが、眼を涙壷のようにして、貧民窟の路地を嘆きつつ歩ますように捕え給うた神は、自殺したつもりで、私を泥溝の中へ叩き込みなさるのである。

 私はひこづられて行こう。ただもう贖罪者イエスの十字架を負わせられて、世界の嘲罵と怒号の中を、沈黙のまま、静かにカルヴァリーまで歩もう。

 神が私を見放すまで、私はこの貧民窟に仕えよう。私の涙を笑ってくれるな、人よ。私の捧ぐべき祈りは、私が人に見せない涙にあるのだ。

 この詩集は、過去13年間の、神の前の私の呻きである。最近さらの光明に触れているが、それはみな散文詩になっているので、別に発表することにしたい。

 私の尊敬する詩人与謝野寛氏、与謝野晶子女史が常に私に対して温かい愛を注いで下さる上に、更につまらぬ私の詩集に、序文を賜ったことを特にここに感謝する。

 このクリスマスで、ちょうど貧民窟に入って満10年である。その間に私は2年9ヶ月、アメリカに行っていたが、私の貧民窟の仕事は私の友達の労働者の手で続けられていた。今この詩集を自分にひっくり返して見て、私の胸は一種の感慨で一杯になっている。

   1919年9月6日
                                       著    者
                                        神戸貧民窟にて



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