スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

新連載「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第7回『主観経済の原理』)

1


今回も「冬の昆陽池」。チト寒かったです。




              「賀川豊彦」のぶらり散歩

                ―作品の序文など―

          
第7回


            主観経済の原理

  
            大正9年6月8日 福永書店 398頁



 本書『主観経済の原理』は、賀川の初期作品に集中した大型の上製本の4冊『基督傳論争史』『貧民心理の研究』『精神運動と社会運動』『社会苦と人間建築』に続く5冊目のものです。しかしこれ以後は、学術的な作品の場合も、この形の著作はつくられることはありませんでした。

 本書の版元は、賀川の処女詩集『貧民窟詩集・涙の二等分』を出版した福永書店で、この本は背表紙に皮を用いて金箔の背文字となる箱入りの立派な仕上がりとなっています。この年の暮れの12月、賀川は最初の随筆集『地殻を破って―散文詩』もこの書店から出版し、第二詩集『永遠の乳房』(大正14年)も福永書店から刊行しています。

 福永書店は「東京市京橋区」にあって、本書の巻末の広告を見ると「徳富健次郎『新春』(第60版)」とか「沖野岩三郎『煉瓦の雨』『宿命』」などを出していた出版社のようですが、豊彦とどのような繋がりがあったのでしょうか。

              *          *

 『主観経済学』と名付けられた本書は、これを「経済政策論」として第一巻とし、続いて第二巻を「経済心理から見た経済学」を、そして「主観的に見た経済原論」を第三巻に仕上げる構想を持っていたようですが、実現しないで終わったようです。

 この本が出版されて4ヶ月後に、あの彼の代表作となる小説『死線を越えて』の第一巻が世に出たために、賀川の生活が一変してしまったことも、彼の構想が未完に終わった大きな要因なのでしよう。

 周知のように、1936年(昭和11年)に米国で出版された賀川の講演録『Brotherhood Economics』は広く世界中で読みつがれ、日本でも遅まきながら2009年の賀川献身100年記念として『友愛の政治経済学』の書名で翻訳出版され、大きな話題をよび、賀川のこの『主観経済学』の独自な主張にも、研究者の間で新たに光が当てられてきています。

 本書には、これまでの学術論文集と同じく『改造』『解放』『日本及日本人』などの雑誌に掲載されてたものを中心に収録されて出来ています。『賀川豊彦全集』では第9巻に収められ、武藤富男氏の解説も面白く、そこには独創的な「賀川哲学の真髄」が刻まれていることを強調しています。

 それでは今回も、賀川豊彦の「序」を取り出して、読み進めてみます。そしてその後に、原書の「序」の部分のスキャンを収めます。


             *                 *


2


3





                     


 私はこの書を私の経済学組織の第一巻経済政策論として社会に提供いたします。第二巻は多分経済心理から見た経済学を書きたいと思っております。そして第三巻には主観的に見た経済原論を纏めて見たいと考えておるのであります。

 私は経済学を欲望と労働の学問として扱います。欲望と労働は共に心理的のものであり、主観的のものであります。それで今日までの経済学が欲望から出発しながらも、いつとはなしに物質と貨幣に捕らえられて行くのと違って、私は飽く迄その主観性で経済学を貫かんとする野心を持っているのであります。

 私は既に『精神運動と社会運動』において『主観経済の組織』という一章を設け、主観経済組織の価値論から起こってくる、各種の根本問題について論じて置きました。

 あすこまで論じた価値論はこの書のなかには論じておりませぬ。私はそれを更によく研究して第三巻の原論中に論じたいと思っているのであります。

 私はこの書において唯物史観或いは唯物的経済史観を批判するに相当の力を尽くしております。そして私の結論として哲学的唯物史観を排除して、経済的唯物史観を私の唯心的経済史観の一局面として採用しております。これは欲望と労働の心理的、発生的、歴史的順序からそう私には見えるのであります。

 私はこの主観経済の体系をもって、労働者の人格を資本主義の唯物的圧制より回復したいと思っておるものであります。私には学説と実行とが離れなければならぬ学説を立てたくないという欲望から、人間そのものの経済は人間そのものの外には何ものもないという結論を下しているのであります。

 それで私の経済学は人間経済学というても差し支えはないのであります。私にとっては、倉庫論も、銀行論も、財政論も要するに人間経済の付録であります。それで、私はそのすべての物貨経済学の究極するところを掴まんと努力したのがこの主観経済学であります。

 主観経済学はどこが究極の真理であるかということを必ずしも教えませぬ。それは成長を基礎としております。それで人類の成長と共に価値に変動がある、今日の資本主義の経済組織やその上に築かれている幾萬巻の経済学は全く無用なものになると説いているのが私の唯一の真理であるかも知れませぬ。

 私はこの書を編むに当たって他人の思想を借りておりませぬ。ただもしも私が深く考えさせられたものがありますれば、ラスキンの芸術史論であります。

 ラスキンの経済論は、私が唯心的経済史観を編むに直接の動機を与えたものであります。それから経済歴史の見方は、多くの労働階級史が色々な教訓を与えてくれたのでありました。英国の農民史、賃金史、仏国の労働階級史、独逸の奴隷史等が私の目を開いてくれたことは少しではありませぬ。

 要するに私は、人間の経済を欲望と労働の二つから研究するのであります。それで主観経済の名をつけました。そして人間の心が欲望と労働の心理的興奮から段々崇物的になって、遂に唯物的資本主義に捕らえられ、人間の魂を機械と資本の下に軌っていることを見るに堪えられなくなったのが、この主観経済原理の組織となって現れたのであります。

 私は自身工場を経営して見ました。私の一族と友人がやっている資本主義的経営法すなわち金儲けというものを見ました。私は労働運動をして見ました。また十年間貧民窟に住んでみました。そして私の経済学が誤っておらぬことを確信しております。

 私はこの経済学上の創作を、今、日本の読書社会に送り出します。そしてありったけの批判を仰ぎたいと思っております。

 私は学問のための学問などいうことをいいませぬ。私の学問は人間の解放のためであります。それで学問になっておらぬという人があればその批評を受けましょう。しかし私は議論するだけのためにこの書を読んで戴きたくはありませぬ。生きんがために―そうです、今日まで捨てられていた、人間価値と、宗教価値と、芸術価値と、そうして下等だと考えられていた経済価値の総和をもって、生きた経済学を組織する時にそれはどんなものができるか、それを頭において読んで戴きたいのであります。

 私は唯物経済学のすべてを否定するものではありませぬ。所得税の分配曲線の研究も私は否定するものではありませぬ。しかし主観経済学からいえば、それらの研究はすべて主観経済の特段なる場合であり、また、主観経済の時間的経過を空間的に横断したものであります。

 すなわち私の経済学は時間を組み入れた経済学であります。それでユークリッド幾何学に対するロバチエスキーや、リーマンの新幾何学の関係が線と角の時間的発展の関係である様に、主観経済学と今日までの唯物経済学の関係は、富の時間的発展の関係であります。

 こんな意味において、私は主観経済学を社会に提供することを喜びと致します。

    1920年5月12日
                                     著    者
                                        神戸貧民窟にて




4


5


6


7


8




スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

keiyousan

Author:keiyousan
このブログのほかに同時進行のブログもうまれ全体を検索できる「鳥飼慶陽著作ブログ公開リスト」http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+toritori/ も作ってみました。ひとり遊びデス。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。