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新連載「賀川豊彦」のぶらり散歩―作品の序文など(第36回『キリスト 山上の垂訓』)

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前回に続いて「早春の須磨離宮公園」の開催中の「梅見会」。「花の広場」の梅の花です。期間中の土日は「甘酒のふるまい」があります。




賀川豊彦」のぶらり散歩   

               ―作品の序文など―

        第36回

  キリスト 山上の垂訓


           昭和2年10日1日 日曜世界社 176頁


 昭和2年に入って「愛餐叢書」として『病人慰安法』(イエスの友看護婦ミッション)や「家庭叢書」として『家庭と消費組合』、そして「家庭科学体系」の1冊で「化粧の心理・化粧医学」などが刊行されていますが、ここでは手元にある『キリスト 山上の垂訓』を取り出して置きます。

 本書は先に取り出した『残されたる刺―逆境への福音』に続いて、日曜世界社で出版された「普及版・奉仕版」とされる簡易な仕上げの著書です。

 賀川は本書の「序」の後に記しているように、本書は「1927年の夏、女子農民福音学校の学生に講演した」もので、「筆記してくれたのは、今井よね女史である」と記され、賀川がそれに加筆して出来上がった作品のようです。

 言うまでもなく、昭和2年といえば、その前年の秋には一家をあげて「兵庫県武庫郡瓦木村高木東口」に移転し、昭和2年早々には「日本農村伝道団」を組織し、自宅を開放して「第1回農民福音学校」を開校した年です。

 そして同年6月20日にこの「第1回女子農民福音学校」を開校して、本書が出来上がるということになるのです。


          *            *


 手元のものは昭和2年のものではなく、昭和5年11月に発行された「奉仕版」ですが、次にその本と賀川の「序」をスキャンして置くことにいたします。


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 本書もわかり易く語られた講義録ですが、版を重ねてその後も、昭和17年には「改定版」が、そして戦後昭和24年には版元を代えて、キリスト新聞社より『山上の垂訓』として、さらに昭和50年にも賀川事業団雲柱社によって、昭和11年の22版を復刻して読まれ続けました。

 ここではその最後の復刻版をUPしておきます。


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補記(2012年3月3日)

「序」を改めて取り出しておきます。この「序」は賀川全集の第1巻の末尾にはいっていますが、多くの部分で原書とことなる箇所があるようです。てもとの版の違いがあるのかもしれません。ここに取り出すものは、昭和5年のものです。


                キリスト 山上の垂訓

                     序

 それは晨も喜ばしき思い出である――ガリラヤの昔を偲び、その野辺にて語られし人間至上の聖訓を思い出すことは。私にとってガリラヤの自然と、イエスの山上の垂訓を切離して考えることは出来ない。神の最も不思議なる秘密が、キリストを通じて人類に話しかけられる如く、神の言葉としての大白然も、キリストの言葉の中ににじみ出てゐる。野の百合に、空の鳥に、葦に、夕空に、石地に、畠に、荊に、薊に、大麦に、燕麦に、そしてそれ等の上に、人間仕会の最も温い涙と血が、イエスの言々句々の一つ一つの上に現れてゐる。彼の言葉は至上芸術であり、珠玉であり、宝玉である。その短い言の中に、その譬えに、その教訓に、彼の涙と血がにじみ出てゐる。ヨハネ伝の著者が、神の『言葉』がキリストであるとしたことに、深い意味がなくてはならない。神の言菜はキリストである。
 永遠の言葉よ湧き上がれ。目本の野に、山に、岸辺に、炉辺に、永遠の言葉よ響き渡れ! 隠れておおわれざるはなく、おおわれて示されざるなき永遠の言葉よ、日本の泥上に浸み込んで行け! 藁葺の小屋に、貧民窟の二畳敷に、永遠の言葉が沁み入る日まで、日本に水遠の国は確立しない。野に叫ぶ声、巷にて聴かざる、その清く朗かなる言葉、それはすがすがしき碧空にかかる清き月にも似たる姿であり、永久の慰めである。私は越後の雪に、貧民窟の泥溝に、日本アルプスの峻峯に、石狩の平野に、この永遠の言葉を瞑想して、それがただにユダヤの荒野に於て慰めの言葉であるばかりでなしに、目本に於ても慰め言葉であることを深く深く信ずる。
 憂鬱なる東洋が神の光を待つことは久しい。然し光は東からでもなく西からでもなく、ただ衷なるものから発せられる。水遠の言葉が魂の内側に沁み込むことなくして、東洋の憂鬱は去らないであらう。私は印度のコロンボに、馬来半島のシンガポールに、香港に、上海に、そして日本の長崎に、そんなことを考へながら、世界を祈りつつ遍歴した。昔は魂の為に、地理的巡礼が必要とせられた。然し今、真の巡礼は、魂の内側に於て、高く昇るそれでなければならない。魂の巡礼者にとって、キリストの山上の垂訓ほどよき道しるべはない。この言葉無くして、富士もその輝きを増し、瀬戸内海も、その東雲の瞬を忘れる。私は日本の為に、さうだ、日本の最上の美の為に、イエスの言葉に更に一屑深く浸潤して行く。

  1927,9,14

                       賀 川 豊 彦
        
                       播磨鳩里村農民組合にて


 この書は、私が1927年の夏、女子農民福音学校の学生に講演したものである。それを筆記してくれたのは今井よね子女史である。私はその中で、も少しいいたりないと思ったところがあったので筆記してくれられたものに付加し加筆して行った。
 私の眼がまだ悪いものだから、私はまだ当分こうしたことを続けて行かなければならないであろう。








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