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新連載「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第37回『キリスト一代記の話』)

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「早春の須磨離宮公園」、最高の景色を満喫できる「花離宮」で、72歳の誕生日祝いの須磨御膳をいただきながら・・。




            賀川豊彦」のぶらり散歩   

              ―作品の序文など―

      第37回

             キリスト一代記の話

          昭和2年12日25 日曜世界社 115頁


 前著『キリスト山上の垂訓』に続いて、本書『キリスト一代記の話』も日曜世界社より出版されています。

 これは、日曜世界社より発行されていた『基督教家庭新聞』の第20巻1号(昭和2年1月)より連載されていたものを纏めたものですが、賀川は本書の「序」でこの作品が出来上がる経緯にも触れて記していますので、先ずそれを取り出して置きます。

         

                      


 ガリラヤの美しき自然と、イヱスの一生を私は離して考へることは出来ない。道徳的発狂時代と言われる、ローマの暴君政治と、イエスの十字架を、私は、切り離して考えることは出来ない。歴史の上に表現せられた、人間の行くべき道と、宇宙意志の真理を私は切り離して考へることは出来ない。イエスの出現は、あまりにも不思議な人間の可能性を、我々に教えてくれた。

 イエスが死んで後、イエスを中心として、一回転した。イエスによって人間は、新しい型に鋳換へられた。イエスによって人類は、神に就いて、すなわち宇宙意思に就いて、新しい見方をするようになった。

 彼によって、宇宙意思と人間とが、完全に接近した。我々は、イエスの中に神の表現を見ることが出来る。彼は、神の肖像を現したものである。神の意志を表現したる人間としてのイエスは、キリストと呼ばれる。

 キリストとは人間の歴史の頂点を歩く人といふ意味である。その人は、神の意志である愛を表す十字架を負ふた。そして身を棄てても尚、神の神聖と正義を地上に表現する為に、人間の屑を神の最上にまで引き上げることの努力を惜しまなかった。それを瞑想するだに光栄である。

 彼の胸をぬぐって流れる、神の愛は、今日も私の胸に溶け入る。

 私は、この厳かなる物語を、口述するに当たって一種の敬虔から非常に臆病になった。
 この一代記の話は、彼についての私の瞑想のほんの一部分にしか過ぎない。

 私はこれを労働者の為に講演した。そして、彼の生涯を、或いはかえって、彼の神聖なる生涯を俗化した怖れがあるかも知れない。然し、彼はそれを赦してくれるであろう。

 彼は天を捨てて、不浄なる肉の世界に現れた人である。この意味において私は敢えて、私の愚かなる物語を、民衆に告白する。

 この筆記もまた、吉田源治郎氏を煩し、吉本健子姉の助けによって、単行本に纏め得たことを感謝せざるをえない。私は、まだ充分私の眼を開くことは出来ない。私はまだ、キリストを私の胸の中に、堅く守って、彼に就いての瞑想を続けている。

 この瞑想が私にとっては幸福であり、その幸福を多くの人に分かちたい為に、私はこの書を口述した。私の愚かなことを赦してもらって、彼の偉大さを認識されるなら、どんなに幸福であるかも知れない。

  1927・12・14
                                      賀 川 豊 彦
                                       武庫川のほとりにて

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本書の初版には、5枚の絵が収められていますので、表紙と共にスキャンして置きます。


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そして、本書もまた「奉仕版一冊10銭」という普及版もつくり、長く版を重ねていきます。この奉仕版には前掲の5枚の絵は省かれていますが、表紙の装丁は全く変えられています。


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