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新連載「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第42回『家庭科学大系・衣装の心理』)

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前回に続いて「賀川豊彦生誕地」(神戸市兵庫区島上町」の今の景色。




賀川豊彦」のぶらり散歩―作品の序文など―

第42回

            家庭科学大系・衣裳の心理


         昭和3年10日8日 家庭科学大系刊行会 107頁


 既に昭和2年8月1日に「家庭科学大系」28として、賀川の著書『化粧の心理・化粧医学』という作品が「文化生活研究会」というところから刊行され、今回の『衣装の心理』と共に『賀川豊彦全集』の中に収められています。

 この「家庭科学大系」という出版企画には、どうも複雑な経緯もあるようで、前記の二つの書物ともに何故か「非売品」となっています。

 そして『化粧の心理・化粧医学』の方は「文化生活研究会」の刊行になっていて、今回の『衣装の心理』の場合は、著者の賀川豊彦が「発行兼印刷者」となっています。

 本書にはい通常のかたちの賀川の序文はありませんので、『全集』第7巻の武藤富男氏の本書の解説の中に、複雑な刊行の経緯と共に面白い文章がありますので、次にその関係する箇所を取り出して置きます。


              *         *


           『化粧の心理』と『衣裳の心理』とについて


          本書の成り立ち

 「石の枕を立てて」の中にある『吸血虫の群』という項を読むと、主人公が文化研究会の人々から約束手形の書換えを迫られるところがある。日歩十銭の高利のつく約束手形を出版資金のために背負いこんで、高利貸と出版屋にいじめられるのである。

 昭和二年五月、賀川は「家庭科学大系」を文化生活研究会から刊行させることにした。食糧、住宅、被服、家庭衛生、育児などの問題を科学的に扱い、家庭科学を家庭の主婦と農民に与えて再教育しようという意図であった。全部で百冊であったが、出版はしたもののこの企図は成功せず、結局出版者は負債を賀川に押しつけてしまった。このため賀川がどんなに苦しみつつ、これを返済したかは「石の枕」に詳しく記されている。

 『化粧の心理』と『衣裳の心理』とは家庭科学大系の一部として賀川が執筆したものである。両者の奥附を比較すると『石の枕』の物語が事実としてうなずかれる。それは前者か昭和二年八月一日の発行であり、発行者は福永重勝、発兌は文化生活研究会であるのに、後者は発行兼印刷者までも賀川豊彦とし、発兌を家庭科学大系刊行会としていることでわかる。恐らく本の売行きが悪いために、出版者がすべての重荷を賀川に負わせようとして、奥附の体裁を変え、法律的責任を賀川にかぶせたものであろう。ここにも出版者の悪意が読みとれる。賀川は苦心惨憺してこの出版費と高利の債務とを弁済してしまったにも拘らず、出版者は賀川の悪口をいったと見え、内村鑑三は「賀川は出版者に迷惑をかけた」などと評したそうである。(横山春一著「賀川豊彦伝」二七〇頁)

 ともあれ、こうした出版のために、この二冊の本が後世に残されたことは幸いであった。この書を熟読すると、それが賀川の意図した家庭生活の改善教化ということからは離れていた著書であることがわかる。成るほど売れなかったわけだとうなずける。羽仁もと子流のものを作れば成功したものを、賀川は社会科学の一部門たる風俗科学の研究をこの二つの本により発表したのであるから、売れっこはないのである。しかし両者とも学問的に見て興味ある書である。もし実用的方面からいうならば、前者は美容院及び美容学校において美容教科書として用い、後者は衣裳学原論としてデザイナー、ドレスメーカー、和服業者、図案家などに基礎的知識を与える教科書として用いるべきである。

 この二著は賀川の観察力の鋭さと学的組織力と独創力の豊かさを示すものであり、彼の眼前に現われるもの悉くこれを吸収消化して理諭づける能力を彼が具えていたことを証明する。

(中略)
 
 『衣裳の心理』においては『化粧の心理』におけるよりもっと系統的な説明がなされている。これは『心理』というよりは「学」である。

 賀川は先ず衣裳の審美的必要から説き起こし、その生理的条件、肉体的条件を論ずる。『心理』としては羞恥心理をもって衣裳の心理的領域を支配する最初の感情とし、次いで美意識と礼儀との関係において衣裳を論ずる。この辺は我々の日常生活に関するから実例の一つ一つがすこぶる面白い。

 衣裳の心理の表現として、衣裳にはプラス運動型とマイナス運動型かおる。つまり運動型衣裳と静止型衣裳である。洋服と和服の対比、同じ洋服にも二つの型のあることが図と実例とをもって説明されている。

 次いで衣裳の心理性が論ぜられ、線、空間、色彩などが取り上げられる。衣裳は固形化するものであり、時代時代の観念を表現する。古典主義、ローマン主義、自然主義等に応じて衣裳は変って行く。ギリシャ古典時代には無限曲線が衣裳にあらわれ、中世ローマソティク時代には三角形の組み合せが衣裳にあらわれ、近代の自然主義時代には直角や円に近い洋服が着用されるなどという面白い理論が出てくるのである。

 次いで衣裳と装飾、衣裳と儀容、衣裳の特異性、衣裳と流行などが論ぜられる。
 最後の三分の一は応用衣裳学ともいうべきもので、日本服を着る場合の注意、着附、礼儀作法と衣裳、腰の線、帯とお端折など、まるで経験を積んだ美容師のような款見方である。襟や前掛を論じ、筒とその改造、袖の美と袖の改造を提唱し、足袋、履物、重ね着、帽子に対する注意を述べる。

 最後にはいかにも賀川らしく精神生活、日常道徳と衣裳の心理とを扱い、次のように言う。
 「道徳には善の要素ばかりではなく美の要素も含まれている。社会生活においては、美的であることも善の一つの要素をなしている。衣裳についても同様であり、美的に着ることが道徳的であり、質素は質素なりに美的表象をもたねばならぬ。贅沢は礼儀のうちに入らない……衣裳の心理を理解して礼儀を失しないように、自分も着ていて愉快であるように、民衆もまたそれを見て非常な感激を受けるような工夫をすれば、人生にとって非常な幸福なことである。』

 これが賀川の結論であるが、ここに理解し難いことは、いつも賀川が、着ふるした洋服を着て、皺くちゃのカラーをつけており、ネクタイのひんまがったのを意に介しなかったことである。贖罪愛については彼は説くだけでなく実行したのに、衣裳についでは言行相伴わずということになる。しかし彼自身は弁解していうかも知れない『この衣裳が私の贈罪的精神の表象である』と。


          *            *


 なお、本書『衣装の心理』の装丁を行っているひとは、画家として誰でも知っている「岸田劉生」とされています。

 昨年(2011年)秋、大阪市立美術館で「岸田劉生展」が生誕120周年記念として開催されましたが、岸田は1929年に38年の短い生涯を終えていますから、この装丁は亡くなる少し前のものではないかと思われます。

 ここに、岸田劉生の装丁となる表紙と表紙裏(保存が悪くて汚れがありますが)と版画家の織田一磨の扉画、そして大阪における美術展の印刷物をスキャンします。


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