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『賀川豊彦と現代』第5章「胎動期の開拓的試み(2)」第1節「水平社運動・農民組合運動」6・7・8

賀川豊彦の代表作『死線を越えて』は、上巻に続いて中巻『太陽を射るもの』と下巻『壁の声きく時』の三部作でなっています。一応「自伝小説」として読まれています。そしてこの三部作は、大変なベストセラーとして、長く読みつがれてきました。


下巻が刊行されたのは大正13年ですが、その後のことを書き上げて、実業之日本社で出版した『自伝小説・石の枕を立てて』が世に出るのは、昭和14年のことです。「自伝小説」とはいえ、もちろん小説であって、今回の本文に引用している箇所なども、いわゆる歴史的事実とは同じではありません。



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既にこの節で記してきましたように、全国水平社の創立に関わってきた西光万吉さんや阪本清一郎さんと賀川豊彦との親密な交流と友情は、運動の展開過程で一時期、批判的な対応なる場面がありました。

水平運動の行き過ぎた歪みを正す為に、西光さんや阪本さんは、わざわざ賀川を招いて講演会を開催したことなども、研究者の手によって確かめられていますが、おふたりの晩年の証言などを見ても、賀川豊彦との関係は、決して途絶える事はありませんでした。

従来の「賀川批判」の論点のひとつに、賀川は解放運動を「憎悪の福音」などと批判して運動から離れていったことを問題視するものがありました。

その点も私の見方は違っていて、如何なる運動においても、全く無批判に運動などありえませんので、賀川は彼の見方から率直に、当時の運動のあり方を、厳しく批判したことそのことに、大きな意味があったのだ、ととるべきだと思うのです。

誰にでもわかることですが、人間は、絶対的な真理を我が持ち物のように握り締めることはできませんし、そうしてはならないわけです。真理の前に開かれ、真理のみを恐れて、その場所を踏まえて、忍耐強く相互批判を重ねながら、共に切磋琢磨していけばよいわけです。

しかし本文にあるように、全国水平社の場合では、あの「水国争闘事件」なども起り、運動内部も紆余曲折・ジグザグの歴史を刻んでいくのです。


なお、本日から別のブログ「滝沢克己 新しい対話的世界」で、「宗教の基礎―部落解放論とかかわって」の論考を掲載し始めています。よろしければ、そちらも参照頂ければ、嬉しく存じます。



では以下、6~8のところを掲載します。



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