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新連載「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第44回『殉教の血を承継ぐもの』)

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神戸の賀川記念館4階の神戸イエス団教会礼拝堂です。2階・3階の友愛幼児園の幼な子たちもこの礼拝堂は大切な場所になっています。




賀川豊彦」のぶらり散歩
   

―作品の序文など―

        第44回

               殉教の血を承継ぐもの


          昭和4年5日1日 日曜世界社 172頁


 前回取り出した『聖浄と歓喜』に続いてこれも、賀川豊彦の講演筆記を個人誌『雲の柱』に掲載されたものが殆どです。今井よね・吉田源治郎・吉本健子の筆記をもとに仕上げられています。

 本書も表紙カバーと本体の表紙と裏表紙とはことなっていますので、まず表紙カバーを、そして本体の順にスキャンして置きます。


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              *       *



 さて、今回も賀川の「序」をここに取り出して、最後に原書のスキャンを収めます。



                    序


       聖パウロは云った。
       『其身を活ける供物として神に捧げよ』と。

       五尺の鯉を、神に祀ることは最も愉快なことである。
       我々の生活の凡てが、神への供物であり祭りであるのだ。

       祭りだ! 祭りだ! 
       あれ、花火が上がり、楽隊が聞こえるではないか。

       我々の生涯のあらゆる瞬間が神への祭りだ! 
       表に五色の旗が翻らなくとも、魂の奥には、永遠の薫香が立ち昇る!

       神への燔祭は我らの赤き血そのものである。
       若き小羊を捕えて神に捧げよ。

       神への捧伽は、我々の生命そのものであらねばならない。
       我々の玉串は、生霊そのものであらねばならぬ。

       完全に我々の全生命を神に祀らうではないか。
       我々の肉体、我々の生活、我々の精紳、我々の學問、我々の芸術、
       そして我々のあらゆる道徳を、神への捧げ物として、
       八足台に捧げようではないか。

       永久の祭りだ、永久の歓楽だ! 
       不滅の花火、無限の祝典、生命の神饌は、永劫に尽くべくもない。

       私に両国の花火はなくとも、私の心臓のうちには、
       不滅の血が、花火以上に赤く爆発する。

       凡てが神への装飾であり、七五三飾りであり、
       凡てが神への芸術である。私の一生はお正月の連続である。

       お祭り気分の私は、無声の聲の音楽に、地球の表面を踊り続ける。
       おめでたう! おめでたう! 永遠におめでたう。

       私はおめでたうを九度繰り返して、キリスト山上の垂訓の九福を回想し、
       十度おめでたうを繰り返した。

       私は万物に勝った、神の福祉に浸って居ることを、直感する。
       『新郎と共に居る間、我々は悲しむことが出来ない』と
       イエスは云はれたが、歓楽の声は魂の内側に充ちて居る。

       カルバリーの最後がどれ程暗黒に見えても、
       神への道は永久に開かれてゐる。

       花火を上けるものは、煙硝を惜んではならない。
       十字架上で流す血は、例へば、
       天に打ち上けられる花火の火薬のやうなものだ。

       その量が多ければ多い程、天に飛び上る爆発力が強い。
       花火を打ち上けよ。

       今日は生命の祭の日だ! 光栄よ、光栄よ、
       萬物は皆歓呼を上けて神の栄光をたゝへ、
       物として神の稜威(みいつ)を賞めないものはない。

       野辺の鳥も、竈(かまど)の下の火も、押入の砂糖の塊も、
       火鉢も、鐡瓶も、原稿用紙も、水苔も、
       人間の垢までが神の栄光を拝してゐる。

       捧げてしまへよ、友よ、私の魂よ、
       君の持てる凡ての物を神に祭ってしまへ。

       その昔イエスが凡てを十字架を通してまつられし如く、
       凡てをまつってしまへ! 

       金銭も、財実も、地位も、名誉も、生命も、魂も、
       惜しげなく神の前にまつれ! 

       今日は、本祭りの日だ! 
       あれ太鼓が聞こえ、笛の音が聞こえる。
       神への祭りは、地上のあらゆる情欲にも勝って感激に満ち、
       生命の神楽は人間のあらゆる快楽に勝って、我々を昂奮せしめる。

       神の甘酒を呑み始めて以来、私は地上のあらゆるものに
       神の御姿を拝するやうになった。

       凡ては神の思し召しに依ってなり、
       凡ては神の恩寵に依って歓呼する。

       有り難い、ありがたい、私は神の前に捧げられた子羊として
       黙々と祭壇の前に屠られる。

       おお、屠り給へ主よ、
       このみすぼらしい子羊が
       あなたの祭壇の芳しき香りとなって
       天にまで送らるる喜びとなるなら、
       私は今日の屠らるる日を一生の光栄の日として
       あなたを讃美します。

       あゝ、永遠の祭り、永劫の饗宴、
       神の最も嬉しき祝典、無限の歓喜よ、
       私は自らを神に捧げることに依って、
       神そのものに帰り行く光栄を担ふ。

       昇れよ燔祭の煙、血ぬれよ祭壇の四隅の角を、
       人類は凡て神のものだ。我々の血は凡て神に帰すべきものだ。
       神は永久の祭りとして我々の生命と憐れみを要求し給ふ。

         一九二九、二、二〇
                                  賀  川  豊  彦
                                   摂津武庫川のほとりにて



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