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『賀川豊彦と現代』第5章「胎動期の開拓的試み(2)」第2節「共同住宅の建設」

今回の本文冒頭に「不良住宅地区改良法」が初めて成立するときのことに言及しています。賀川豊彦が「関東大震災」の救援活動を契機にして神戸を離れた経緯については、前回まででお読みいただいた通りですが、賀川は東京に出て政府の諮問機関の委員に委嘱され、最初に実らせた重要な法律が、この「不良住宅地区改良法」でした。


もちろん当時の議事録も残されていますが、ここに掲載するのは、この法律が昭和2年3月に制定される前に、社会局社会部が昭和2年2月1日に発行した82頁だての『不良住宅地区居住状況の一斑』の表紙です。

ここには、賀川豊彦の『貧民心理の研究』『精神運動と社会運動』『人間苦と人間建築』『死線を越えて』(上中下)の著作から、また賀川の盟友・村島帰之の『ドン底生活』、椎名龍徳の『生きる悲哀』などの抜粋でできています。


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それでは今回の本文、「1 不良住宅地区改良法」」と「2 夢の実現」のところを掲載します。



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