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新連載「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第62回『子供の叱り方と叱らずに育てる工夫』)

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今回も横山春一著『隣人愛の闘士・賀川豊彦先生』の中の写真です。

昨日は「グランドパレス徳島」で「鳴門市賀川豊彦記念館創立10周年記念会」が開催され、出かけてきました。(本日の別のブログ「番町出合いの家」で少しUPしました)




賀川豊彦」のぶらり散歩
   

―作品の序文など―

      第62回


  子供の叱り方と叱らずに育てる工夫

   
      昭和7年6月12日 日曜世界社 45頁


 本書『子供の叱り方と叱らずに育てる工夫』は45頁の小さな冊子です。私の手元にあるものは、これと同じ日に発行の奥付のある「奈良県禁酒連盟」の発行した「普及版」で「定価十銭」となっています。そして堀江敏が夫要二郎一周忌のおり特別に「序」を書いて、表紙絵を升崎外彦に依頼したことが記されています。

 これには、賀川の二つの講演――「子供を叱らずに育てる工夫」(1930年11月1日、高崎能樹25年記念会)と「子供を叱る工夫」(1926年3月6日、芦屋甲陽園母の会)――が収められています。本書には賀川の「序」はありませんので、少し長いものですが、最初の講演を取り出して置きます。こういう講演記録を現在の私たちが読むと、賀川の生きた時代を彷彿させ、優生学的独断などマジメに語られているところなども記録されていて、大切な資料でもあります。



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               子供を叱らずに育てる工夫

                  賀川豊彦


               親は子供のための技師

 私は小さい時によくおぱあさんに叱られた。叱られて辛かったので、どこの子供も叱られると辛いものだと思ってゐる。で、出来るだけ叱らずに育てたいと思ふ。子供が失策して後に叱ることは、親として恥かしい。人が叱ってゐるのを見ると、体裁が悪いものである。私は感情の経済から考へて、叱らなくとも済ませるものを叱らなければならないといふのは、感情を無駄に用ひすぎるからで、できるだけ叱らすに子供を育てたいと思ってゐる。あまり子供を叱ると厳格であり過ぎるためにいぢけてしまって、親の前でちりちりして、かへって反動がくる。

 アメリカは、禁酒法案が出来た結果、刺戟を要求する反動で煙草をのみ始めたのは今から五年程前である。貴婦人達が坐るとすぐ煙草の箱を配って廻る。禁酒法案が通過すると、一方に煙草をのみ始める。これが最近アメリカの女が煙草をすふ理由である。これと同じように、子供が叱られると、抑圧されてゐる気持をどこかに出さなければならない。で、子供は親に叱られたと同じことを友達などにいふものである。神戸の貧民窟の子供は「ど畜生」「ど狸」といふやうに親から叱られるので、同じことを友達にいってゐる。で、私は、子供は叱らすに伸びのび育てたいと思ふ。

 然し私は叱ることに賛成する。自分の子は放っとけといふなら間違ひであって、放っておくよりも叱って悪い處は直す様にしなければならぬ。然し、叱る母は叱らない母よりは段が下である。大体私は叱らすに育てなければならぬと思ふ。

 我々は存外教育ある家庭で叱らすに育てる事は自由教育になってしまふと考へてゐる。さういふ家に行くと襖障子に穴があいてゐたり、親が小さくなって、子供が成張ってゐるといふ状態である。さういふ教育をするのでなく、子供の自発的生育の順序にしたがひ、生理的、社会的、そして道徳的宗教的な教育をしなければならぬ。そのためには親は一技師として子供のために存在しなければならぬ。

               遺伝学上の注意

 子供を育てる時に、何よりさきに考へることは、一体子供の持つ性質は誰の性質かを考へてみることである。「この子は仕方のい子だね」といふ前に、まづ自分を考へてみなければならぬ。私の子の泣きじやくりや笑ひ方、或はめかしたい気持は、私の癖がみなそのままはいっている。だからさういう気持ちを持たないで、私は私で、子供は子供だと思ふことは間違ってゐる。であるから、遺傅的な素質を考へなければならぬ。既に結婚した人は仕方がないが、自分の娘などを嫁にやる時には。遺傅的調査なくして嫁にやってはならない。

 私は優生學的立場からいふのであるが、昔から喧しくいふ血系を考へなければ、子供の教育は絶對に出来ない。この頃は自由結婚を主張するものがあるが、その遺傅を調べなければ、親戚に発狂者がゐた場合に、自由結婚によって生れた子供は、まだ幼い時はいいが、廿歳位になると発狂する。これは発狂系統の遺傅である。或は不艮性の遺傅が入ってゐたりする。だから、親や祖父母を調べただけでは足りない。親の兄弟、従兄弟にどんな者がゐるかを調べなければ、自分の娘が子供を生んだ時に、従兄弟の性質が出てくるものである。であるから、結婚する時には血系を調べなければ取返しがつかないことになる。これは、子供を育てる時に大事な点である。

 東京の少年審判所の統計表を見ると、昭和三年に不良少年が、東京横浜から六千人きた。その中、低能のために不良化してゐるものが三割二分、性格異常者が三割五分、全然精神 病者が六八パーセントである。かういふことを知るなら低能は六、七割まで遺傅である。途中で脳膜炎を患ったりするものもあらうが大体は黴毒、アルコール、毒質遺傅からきてゐる。例へば婦人病で手術の時、もルヒネの注射をする。十年位経つとその毒気がぬけるが、その毒気がぬけないうちに妊娠すると、その毒が子供にきてゐる。また産児制限をしようと思って、薬物を使って、間違って姫娠した場合に、低能の子が生れる。であるから、我々は遺傅といふことを大事に考へる必要がある。恋愛開係が出来る時にも、盲目的恋愛をしてはならぬ。盲目的恋愛のために、黴毒や毒質の者と結婚すると、その生んだ子供のために、一生悩まなければならない。親はさういふことを知らすに、やたら子供を叱るのであるが、いくら叱っても駄目である。
                                 ’
 私が遺傅をやかましくいふのはその点であるが、医者は正直に、遺傅とはいってくれない。然し、流産する者には黴毒が半分まで占めてゐる。私の身内の者に流産したものがあるが、よく調べてみると、黴毒性があった。本人は知らないのであるが、医者と、その医者からきいた私だけが知ってゐる。流産の原因の五割まで黴毒である。黴毒の子は、発狂するか、白痴かである。だから放蕩した男と身体検査をしなければ結婚してはならぬ。もし結婚した場合には、一生親は泣かなければならぬ。千人赤ん坊が生れると、その中二人五分までは発狂筋に関係してゐる。それは黴毒と酒の原囚である。

 東京府下松澤病院には二千四百人の患者がゐるが、その中一千人位は酒に関係があるために発狂してゐる。であるから、主人が毎晩一合か二合づつ飲むのが習慣だからといって、主婦が晩的を勧める時には千人の中一人位はかういふ人間が生れることを決心して、お酌をしなければならぬ。千人の中一人だなんて、まるで籤引するやうなものだと思って飲む事を勧めてはならない。また五百人のうち十人位まで黴毒に関係がある。黴毒に開係があると、麻痺性の発狂者が出る。酒からくる発狂者と、黴毒からくる発狂者とは違ふ。黴毒からくるものは舌など半分麻庫するので、それを麻痺性痴呆といつてゐる。それが二十才前後から起ってくる。黴毒からくる痴呆は毎年六パーセントの割で日本には出てくる。であるから、日本の今日の事情から見るなら、厳格に廃酒廃娼蓮動をしなければ、いい日本を築くことが出来ない。日本が一番悩むのはこれである。そして日本の女は子供を産みつけられて泣いて暮らさなければならないのである、早発性痴呆などは、小さい時にわからないが、二十才より二十二、三才になると出てくるものであるから、母親はこのために悲しみの生活を送るのである。で、絶對に家庭内に黴毒を入れないやうに努力しなければならない。それは宗教的純潔運動の他に道はない。それをいい加減に、まあ禁酒廃娼運動もいいから、入っておこう位では駄目である。子供のために、お互いに注意しようといふことを相談しなければならぬ。

               生理學上の注意

 まづ第一に栄養について考へなければならぬ。落第する子が、何故落第するかといふに、その原因の殆ど六、七割までは栄養に関係かある。栄養と落第に関係があるとは思はれないが、実際は大いに闘係がある。春に子供の身体の身丈は大きくなり、夏にはちょっと止まり、秋にまた伸び、冬にとまる。植物と同じやうに春先に伸びて、肩揚げを二寸も伸ばしたものが、夏にはやゝ成長が減退し、秋になってまた少し伸びて、冬には伸びない。だから春に、寄生虫がゐたり、肋膜が悪かったり、発熱したりすると、その年の成績が悪くて、落第するやうなことになる。然し、それは母親が悪いので、母がよく注意してやらなければならぬ。例へば、朝、子供がぐすぐずいふ。母親が菓子を与える。すると甘いものをさきに食ぺたので、朝飯が食べられない。さういふ日が続くと、子供の顔が焦茶色になって斑点が出来る。そしてそういふ年に限って落第する。だから我々が叱らなければならない時でも、焦茶の顔になってゐる時は叱ってはならない。さういふ親は、親としての義務を果してゐないのだから怪しからぬ。親として落第である。

 然し栄養についてはそれでも考へられてゐる割に睡眠に注意されてゐない。母がご自分が活動写真を見たいものだから、子供を背負って活動写真を見に行く。それを文化生活と考へてゐるものがある。さういふ母親の子は、理科が出来ない、算術が悪い、物覚えが悪い、そして神経衰弱になる。これは六才頃までに気をつけなければ、一生駄目である。私がこういへば人は信じないかもしれない。私は神戸にゐた時、一萬一千人位も住んでゐる貧民窟の不良少年を取扱ってゐたが、その不良の原因は遺傅もあるが多くは睡眠不足からである。貧民窟では二畳の部屋に九人位寝てゐるが寝られない。中産階級の奥様に、睡眠の不足を知ってゐながら、つい無理をするために、子供がヒステリーになってキーキー泣くやうになる。泣くから叱りたくなって叱る、子供は泣くといふ具合で、両方ともに神経衰弱になる。

 一体睡眠は、晩の九時頃にとらなければ浅いものである。それを十二時頃までひっぱって寝かさないと眠りが不足になる。九時前に子供をねかすと、子供は朝五時頃になると目を醒まして喜んでゐる。もしも活動写真をみに行って、十一時頃まで寝ないでゐると、朝、目を醒ましてぐずぐずいふ。すると親は叱ってみたくなる。さうしてゐるうちに、子供の習慣に親が負けて、その習慣が一ヶ月位も続く。そして親は、子供に睡眠を充分とらせなかったことを忘れて叱る。さうぃふ場合はいくらでもある。また活動写真へ行かなくとも、都市の家の構造が悪いから、電車やラジオや、自動車の音のため熟睡できないから、都市の子供は神経衰弱になる。で、子供に睡眠を輿へない時は、親はどうしても叱らなければならなくなる。

 次に考へる事は運動の不足であるが、母が忙しくしてぬる間、子供は勝手なことをしてゐるものである。私の通ってゐたある眼科医の家に、四つになる女の子がゐたが、その教育ある母親が「この子は毎日ヒイヒイ泣いてばかりゐるのですが、どうしたら直るでせうか」と私に相談された。私は「あまり大事にし過ぎて家から出さないからで、外へ出したら一日で直りますよ」といった。母親はすぐ、その子を外へ連れて出たら、すぐ直ってしまった。これなどは、運動不足の結果、子供が神経衰弱になることを示してゐる。また温度の闘係、光線の不足、塵埃などが子供に影響する。温度の強い時は、気持が悪い。晩方に特別子供は淋しがるものである。一日の疲れが出る、友達がかへる、日が暮れる、すると子供は圧迫を感じて、さびしがつて機嫌が悪い。私はこれを黄昏病といってゐる。

                心理學上の注意

 まづ刺戟の強弱に就て注意するが、何といっても、大都會に於て子供を育てることは困難である。それは恰も、火事場で道具をとり出すやうなものである。やむを得ないことではあるが、つとめて郊外か農村かで育てるのが一番よい。大都會にゐるなら叱る事より外仕方がない。子供は親の刺戟では間に合はなくなってくる。街頭を活動のビラ撒きが通る、飴屋がどんちゃんどんちゃんやってくる。町に居れば次から次に刺戟があるから、母の刺戟だけでは足りなくなる。また貧民窟には淫買婦がゐる。子供はそれを真似て遊ぶといふ風である。

 マイケル・ゴールドの「金なきユダヤ人」を読むと貧民窟に三歳位まで育ってゐる子が淫買婦の行動を知ってゐると書いてある。さうなった子供はもう駄目である。大都會といふものがこの貧民窟から僅かしか進んでいない。大都会は貧民窟を拡大したものである。だから、大都會で子供を育てる人は余程注意をしなければ、それがやがて習慣になる。人間は二十四、五歳の時に習慣が止ってしまふものである。六歳までの習慣は一生を支配する。だから、小學校に入ってあとで、いくら喧しくいっても大して役に立たない。だから、學校に行けば、子供がよくなると思ふのは間違である。読本と算術はよくなるが、人間の習慣と良心生活は、最も成長の早い時に於て決定するものである。つまり子供の習性は発育の程度に比例する。だから、その間に運動の注意をしなければ、その手をぬいた處だけが駄目になる。後になって後悔しても駄目である。

 今は多収穫運動がさかんであるが、六歳までは苗時代である。學校は移植される田である。だから苗時代に注意したければ駄目である。ところが、母が大事な役目にゐることをしらないで、何もわからないといってゐるが、すると、子供の方でも何も判らない。

 一番強い教育をしてゐるものは母である。母は乳を飲ませ、本能的であるし、子供と同じ遺傅性を持ってぬるから六歳までの子供が家にゐるなら、母は犠牲にたらなければならぬ。母が犠牲になるといふことのない社会は駄目である。私は社会運動をする人間だし、農民組合運動もし、労働組合も作る人間であるが、母がしっかりしてこない處は、社会運動もしっかりしない。結婚も自由、離婚も自由、子どもは國有にして、母は若き燕と飛んでしまふ。すると、それは民族として大きな堕落である。

 東京の芝に鴨を二十五年間養ってゐる人がある。雌の鴨が雛を抱いて水に泳ぐ、雌鳥がゐると雛が水のなかに沈むことがあってもごの中につけてみると、雌の親が居た時には沈没しても浮き上ってくるものが、鶏に抱かして沈ますと入ったきり浮いてこない。結局はそれは雌鴨の主として心理的な強い力を持ってゐることでわかる。で、子供を育てるのに、託児所や乳児場に子供を預けても、母のついてゐる乳児と、母のつかないものとは違ふ。母が側にゐると沈没しても浮いてくるものである。だから、私は子供の教養に就て考へるのに栄養は國有に出来るが、子供の教育は國有にできない。母が専門につかなければならぬと思ってゐる。それ位母の本能がその子に入ってゐるものである。

               見童の好き嫌ひ

 児童の好き嫌ひでは六才までにきまるものである。病気した時などに、その習慣がついてしまふ。西洋に育てばパンとバタがうまく、日本に生れて育ったものはこうこがうまい。乳離れした時に、母が子供のロの中につっこむと、それが好きになるものである。だから子供の習慣は、母親が大部分決定する。であるから母が注意しないと、子供は台なしになる。子供が赤や青の色のついたお菓子のお土産を貰ふと、色つきの赤や青の菓子が好きになる。すると、子供は、その毒々しい外の甘い菓子が好きになる。そして味覚が麻輝してしまふ。味は初め苦いものを食べてそれから酸いもの、次に辛いもの、最後に甘いもの、といふやうに順序があるものであるが、初めから甘いものを食べると、味覚を麻輝してしまってあとのものは食べられない。だから子供におやつをやる時は、午後三時にやってしまひ、味覚の回復した時に飯を食べさすやうにする。私が自分の子供に對して、一生懸命苦心してゐるにも拘らす、客は赤い青い菓子を食べさせるやうにするのである。そして赤や青の甘い菓子が残ってゐる間、子供の味覚は麻蝉してゐる。

 かういふことは一例であるが、我々の習性に開係がある。十二三才位の子供は生意気である。十七才位の頃は不良少年になる率が一ばん多い。日本は十四才位が悪かったのであるが、この頃の日本は西洋並になった。その時に母が手をゆるめると駄目である。不良少年になる一番悪い原因は、母が子供を放ったらかして、子供を単独に残してゐることが間違ってゐる。であるから、近所の母親が五人くらいになって、一人が玩具の研究を専門にやり、一人は栄養をうけ持ち、一人は習慣をみるといふやうになるといいが、個人主義的良妻賢母時代は、今は流行らない。何人かゞ組んで共同的にやる時代である。すなわち、複合性良妻賢母にならなけれぱならぬ。理想的の良妻賢母といふのはないものである。だから三人よれば文珠の智慧で、五人なら五人が持ちよってすれば、一人で出来ない事が出来る。然しあまり多数になっても失敗する。

 子供は親や友人の模倣をし、街頭より模倣を受けろものであるが、悪い模倣はどうしたら直せるか? また子供には競争性がある。競争性は四才から十二、三才位までに出てくる。余程注意してよい方に導かなけれぽ、その時に乱暴になる傾向があったり言葉遣いが荒くなる。その時に注意していってきかせなければならぬ。それも人の前でいはず、一人の母にいってきかせなけれぱならぬ。双児は八十人に一回づつ生れる割になってゐるが、母は大抵一人づつ子供を生む。だから叱らなければならない時にも一人のときを選ぶやうにしなければならぬ。子供を抱いてそのI人にいひきかせると、子供はすぐにやめてしまふものである。叱るにも時が必要である。午前九時と午後の四時頃は、子供の脳髄が一番はっきりした時であるから、午前九時には子供の注意力がしっかりして、午後四時には記憶がしっかりしてゐるものである。だから朝寝坊する母親や、午後四時頃に買物にゆく母親は、于供を育てる資格がたい。だから子供を叱るには、これを覚えてゐなければならぬ。

                社会的環境に就て

 社会的環境について考へて見やう。私は十一才頃まで叱られてばかりゐた。沖野岩三郎氏は少しも叱られなかったといふが、私は、さう悪いことをしたと思はれないのに、よく叱られた。私の義理のお祖母さんは、噛付くやうに私を叱ってゐた。沖野氏は、和歌山県の山奥に育って、四才の時に始めて隣に行ったといふ。そして沖野氏のおぢいさんは、沖野氏がすきで、一度も叱らなかったといふ。また大自然に居れば叱る必要もない。大都曾にゐるから叱らなければならなくなる。然し、森にゐると叱らないですむ。村に行けば、小石があり、ぱったが飛んで居り、水の流れがあるから、大自然の懐で、おのづからいい習性が出来て、荘厳なる感じで、子供が堕落せすに済む。私は十五年間、貧民窟の子供を見てゐた闘係で、私は自分の子を森で育てる工夫をしてゐる。折角教育運動に熱心な人が森のことがわからすに郊外に引越す人があるが、郊外に行く位なら、森の近く、畑の近くに住み、一反歩位耕すやうにしたいものである。だから村の教育をするなれば、子供は叱らずに育てられるし、子供も叱られないで愉快に遊ぶことが出来る。

 都市児童の不幸は、落着の與えられないこと、精神統一の失はれることであるから、自然的環境に子供を置けば、玩具も要らす、落着も回復され、大自然の探求によって、変化の美、成長の美を発見することが出来る。だから子供を叱らすに育てる工夫は田園都市の気持でやる事である。

            叱らずに育てる心理的工夫

 叱らすに育てるには、秘訣が五つある。第一、変化による工夫である。家にある時は外に出させ、外にある時は家に呼び入れ、部屋が暗ければ明るくするとか、明るければ電気を消すとか、変化性を與えること、第二は、隔離法で、街上の誘惑から隔離することである。これを社会的に応用したのが刑務所である。刑務所の大きな使命は隔離にある。だから子供にも同じやうな方法を用ひる。他の子供と喧嘩している時は、叱る必要はない。「坊やちょつといらつしやい、散歩に行きませう」といへば止めてくる。これをしたのが孟子の母であった。孟母の道は変化性と隔離性を二つ利用したのである。第三は心理的適合性による工夫である。子供に好きなことをさせること、話の好きな子供には話をするとか、絵をかくことの好きな子供には絵を描かせるとか、散歩の好きな子供には散歩させるとかすること、第四はすかす工夫である。すかす工夫は注意の転換である。注意の転換には心理的法則が要るから、子供を注意しないときは、すかせられない。だから注意を転換する時に泣きつかれてゐては駄目である。泣きつかれた時は心理的工夫では遅いから、変化性を與えるやうにする。前にもいったことであるが、黄昏病の起こる頃は子供はさびしいのであるから叱ってはならない。腹は減る、一日の疲れは出るといふ時に決して叱ってはならぬ。

 疲労と叱ることは並行するものであるから、叱る時にはだからよく注意しなければならぬ。第五は、子供に作業を命することであるが、これが一番大事でむつかしい。例へぱ、子供が、隣の子を泣かした場合に「ちょっと坊や、豆腐を買ってきて下さい」といふと、子供は喜んで「はい」と答へる。松澤病院にはこの作業治療法といふのがあって、軽い気狂の病人には何か仕事をさせると、作業によって病気を治すことが出来る。何もさせないで置くと、かへって煩悶ばかりするから箱を貼らせるとか、竹細工をさせるとかする。すなわちある目的を與えると治るものである。我々も家庭が不満の時にはぢっとしてゐると、気持がいらいらして煩悶するが、気の毒な人を助けるとか、病気の人を見舞ふとか、何か人の為にしてゐるうちに治ってくる。そのうちに主人の機嫌も直ってくるといふやうに、子供にもちょっと何かさせ「水を吸んで下さい」と仕事をいひつけると他の事を忘れてしまふ。であるから、子供の記憶、推理、判断を一つの作業に集中せしめ、他の仕事を忘却せしめること、使ひに出すこと、親の仕事の手伝いをさせる事は、叱らすにすませることになる。

 然し、すかす時に注意しなければならないことは、うそをつかぬごと、例へば「巡査がくるよ」とか「鬼が出る」とか「閻魔さんが舌を抜くよ」、「お父さんに叱られるよ」といふやうな嘘をいふと、親の信用を落すことになる。或は威嚇せぬこと、恐怖心を與えぬこと、親が親切でないと感じさせることなどは下手なすかし方である。
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 従って叱らすにすませる親の態度を研究しなければならぬ。それにはまづ落付いて、(一)親の短気を直すこと、(二)親の無智を恥かしく思ふこと、(三)親が修養すること、(四)親が子供になること、(五)親が真実の子供の友になること、(六)親は親らしくする事、(七)親は神の子の資格を有することが大切である。親の親切を示さないで、たゞ叱りとばすことは悪い。親は子供に関する研究會などにも出席する必要がある。動物に芸を教える場合に、食物を與えて教えるのであるが、子供に對しても、食べ物を與え、着物を與え、親切にすると子供は親のいふ通りついてくるものである。親は子供の犠牲になって、第一に自分をたてず、子供を第一に立て、活動を見る時にも、子供と一緒にみ、散歩に出るときも子供と一緒に行くといふやうにしなければ、母が勝手に活動に行って、自分だけいい着物を着てゐると、母のいふことを子供はきかない。であるから、親がまづ宗教的になり、大自然に接近し、親が、神の気持になって、子供を愛し、敬し、育てなければならぬ。

      道のべに流るる清水ながめつつ
                きよむる力忍ぶ黒石。

      岩木山沈む夕日の影うけて
                林檎畑は紫に染む。

                                     (1頁~16頁)







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