スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

新連載「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第68回『農村社会事業:農村更生叢書2』

1


上の写真は今回も横山春一著『隣人愛の闘士・賀川豊彦先生』(昭和27年版)より。



賀川豊彦」のぶらり散歩
   

―作品の序文など―

      第68回


  農村社会事業<農村更生叢書2


       昭和8年1月25日 日本評論社 291頁


 日本評論社からの賀川の出版はどれだけあったのか確かめていませんが、同社の刊行する今回の<農村更生叢書>の第一期24巻は、次のもので、賀川のこれは第2巻として出版されています。



6



ここでも本書『農村社会事業』の表紙裏表と扉、そして「序」を取り出します。



2


3



                 農村社会事業


                   

 農村の窮乏を救ふ道はないか? 私がこの問題を考へてからもう十数年になる。最初神戸の貧民窟で、日本農民組合の組織運動を始めてから十一年になる。そして私はその間にいろんな苦い経験を嘗めつつ、初めから私の考へてゐたことが間違ってゐなかったことを
今も考へてゐる。

 然らば、その農村救済の根本精神は何であるか、曰く三つの愛である。土への愛、隣人への愛、神への愛である。然るに、近代人は土への愛を離れて、金銭への愛に走り、隣人への愛を離れて憎悪の福音を播く。なほ甚だしきは唯物主義が最後の勝利であり、生命の
神秘について何等顧慮することなく、武力と暴力のみによって農村改造が出来、人間の意識的自覚を持たずして、農村改造が出来ると思ってゐる人々さへあることである。

 私は、これら凡ての低迷の世界から切り放されて静かに日本の農村の淪落して行く壮態を眺め協同組合組繊による農村運動のほか村を救ふべき道のないことを考へてゐる。この協同組合は押し広めて社会事業にも適用することが出来る。社会事業は、今や慈善事業の領域から脱して、協同組合の基礎を持たなければならぬことになってゐる。私はかうした立場を農村に応用して、絶大なる効果のあることを見たものだから、その立場から新しき農村社会事業の行くべき道を書いた。

 この書は過去六年間、私達の小さい農民福音学校で、農村の青年達に聞いてもらった材料を基礎にして綴ったものである。この書を編輯するにあたり、吉本健子姉、鑓田研一氏などの多大の援助を受けたことを感謝する。吉本健子姉は私の述べたことを一々筆記せら
れ、鑓田研一氏はその文体を一々校正してくれられた。二氏の援助なくしてこの書は出来上らなかった。然しその他に各方面から材料を提供せられた人々に対しても心より感謝するものである。私はこの書が、日本の村々の多くの青年達に読まれ、農村更生の少しの御
用にでも立てば、それより以上幸ひなことはないと思ってゐる。

  一九三二・一二・二〇
                                    賀 川 豊 彦
                                       武蔵野にて


4


5





スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

keiyousan

Author:keiyousan
このブログのほかに同時進行のブログもうまれ全体を検索できる「鳥飼慶陽著作ブログ公開リスト」http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+toritori/ も作ってみました。ひとり遊びデス。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。