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新連載「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第70回小説『海豹の如く』)

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冒頭に継続して掲載させていただいた、私にとって高校生のときに手にとって読んだ大切な書物:横山春一著『隣人愛の闘士・賀川豊彦先生』(昭和27年の写真満載の増刷版)は、今回が最後です。



賀川豊彦」のぶらり散歩
   

―作品の序文など―

      第70回


   海豹の如く

      昭和8年5月10日 大日本雄弁会講談社 441頁


 先に小説『一粒の麦』を出版した大日本雄弁会講談社は、今度はこの海洋小説『海豹の如く』を出して読書界に一石を投じました。講談社の『雄弁』の昭和7年1月より昭和8年6月まで連載されたものですが、本書は戦後昭和22年に、読書展望社より改版されて読み継がれました。

 今回も、表紙と扉、高島三郎の絵、そして本書には、小説ですが賀川の「序」がありますので、それを取り出して置きます。加えてさらに、武藤富男氏の本書の「解説」の一部も参考までに『全集」のなかから引用して置きます。



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                   海豹の如く

                     

 海が我々を呼ぶ。黒潮が我々をさし招く。鰹と、鯨と、海豹が、豊葦原の子を差招く。おお、大陸か我々を見棄てても、陸地の二倍半も広い海洋が、我々を待つてゐる。日本男子は、波濤を恐れることを知らない筈だ。因幡の兎は、鰐の頭を踏んで、日本に飛んで来た。我々は、太平洋を鯨の牧場となし、日本海と支那海を鯛と鰊の養魚池としで考へる。

 我々の祖先は海から来た。然し、今の日本人は、その出生地を忘れようとしてゐる。漁民は嘆き、漁忖は廃れ、海を懼るる者が、日々数を増してゆく。彼等を救ふものは日本を救ふ。海は日本の城壁であり、海は日本の大路である。海を理解することなくして、日本の運命は打開出来ない。

 我々は、山を相続しなくとも、海を相続する使命を持つてゐる。それで、私は、日本の若き子等のために、海について自覚すべきことを、この書に書き綴った。日本の議会も、田園も、都会も、海の人に対して頗る冷淡である。殊に貧しき海の労働者に対して、日本国民が与へてゐる注意は、まことにささやかである。そのために、今最も悩んでゐる者は、日夜、波濤と闘ってゐる海の人々である。

 帽子を取って、彼等に最敬礼をなすべき処を、我々は、かへって彼等に、貧乏と、失業とをもって報いてゐる。然し、私は、海を忘れることが出来ない。黒潮は、私に、この書を書くことを命じた。

 太平洋は我々を招く。海豹の呼び声に、我々は呼応して、新日本の黎明を、海洋の真只中に仰がねばならぬ。日本の光栄ある海の歴史を、忘れる者は忘れよ。私は日本をして、永久に、海の寵児であらしめるために、謹んで、この書を海国日本に捧げる。
 
  一九三三年五月
                          賀 川 豊 彦



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 武藤富男氏の本書の解説の一部分を以下に(『全集ダイジェスト』283頁)


              『海豹の如く』について

                一、本書の特質

 農業協同組合、消費組合、医療組合等の理論、組織作り、運営に力を注いだ賀川は漁業協同組合にも深い関心をもっていた。彼は機会が到来すれは、地域的に、また全国的に漁業協同組合を組織して零細漁民の救済にあたろうとする企てをもっていたようである。こうした意図をいだきつつ、彼は瀬戸内海の漁業から始まって、日本の沿岸漁業を本州、四目、九州、北海道に至るまで、伝道のかたわら視察研究し、また近海漁業のみならず、遠洋漁業についても、調査研究を怠らなかった如くである。

 自分のもっている考え方や企画を一般に普及するには、論文をもってしては不十分であるから、大衆の興味をそそる小説を書き、多くの読者の心を捉えて運動にまで盛りあげようというのが、賀川の行き方であった。『一粒の麦』『乳と蜜の流るる郷』『幻の兵車』は立体農業と農村の協同組合化を、『柘榴の半片』は廃娼運動(売春禁止運動)を、『空中征服』は煤煙防止運動を狙ったものである。

 『海豹の如く』は、漁民に対し、沿岸漁業にのみ執着せず、広大な太平洋を漁場として進出せよとすすめたものであり、構想は雄大、表現は溌溂、筋の運びは変化に富む。

 しかし文学としては、『南風に競うもの』ほどに全体として調和がとれておらず、処処に不自然なところがある。例えば海軍中将の娘マリ子に関する描写や筋の運びなどである。そのかわり漁港や海洋の風物、瀬戸内海の景色、怒濤と船舶との闘争の場面等に至ると、その叙述は生き生きとし、目に見るように描き出されており、作家賀川の面目躍如たるものがある。

 更に驚くべきは、この小説において賀川が日本の漁港という漁港に一応ふれていることである。紀州の勝浦港、利根河口の銚子、岩手県の釜石、宮古、北海道の釧路、三浦半島の三崎、土佐の清水港、台湾の高雄、日向の油津というように、各処に小説の主人公を訪問させている。新潟港、静岡県の焼津港、富山県の伏木港については登場人物の話題の中でふれさせている。賀川は全国を伝道旅行しながら、これらの漁港を訪れて、漁業の状態を視察したり、関係者から話を聞いたりして知識をたくわえたものであろう。

 本書は昭和八年五月十日、東京の大日本雄弁会講談社から発行された。この年は貿川の著作活動のもっとも旺盛な年で、『東雲は瞬く』『馬の天国』『彷徨と巡礼』『農村社会票業』『立体農業の研究』等の外に、同種の訳本を書いている。賀川、四十五才のときである。





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