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新連載「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第81回『小説・その流域』)

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上の写真は今回も『賀川豊彦写真集・KAGAWA TOYOHIKO』より。



賀川豊彦」のぶらり散歩
   

―作品の序文など―

      第81回

  小説『その流域


     昭和10年11月30 大日本雄弁会講談社 369頁


 本書『その流域』は、講談社の雑誌『雄弁』の昭和10年1月から12月まで1年間連載されたものです。戦後昭和23年6月には、読書展望社において『その流域―小説』として発行されて読み継がれました。

 ここでは、初版の表紙と扉、そして賀川の短い「序」を収めます。それら初版の巻末にこの書店から出版された賀川の小説『一粒の麦』『海豹の如く』の広告が入っているので、これもスキャンして置きます。

 なお、武藤富男氏の『賀川豊彦ダイジェスト』に本書の「解説」がありますので、少し長いものですが、参考までにこれも入れて置きます。



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                  その流域

                    


 一國の文化は河川の流域に沿うて栄える。支那は黄河の文化によって始り、印度はガンヂス河をその脊髄とした。そして日本の文化も、六百有余の流域が凝集したものである。日本の文化は流域の文化である。その流域を守ることなくして、日本は救はれない。水は源を浄めて初めて、デルタに潅漑することが出来る。これは心田の開発に於ても同様である。今や日本の心田の旱魅は甚だしい。その流域を守る者は誰であるか? 民草は枯れ、赤土は慨く。誠にその流域を護るものは誰であるか?

  昭和十年十一月
賀 川 豊 彦



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武藤富男『賀川豊彦全集ダイジェスト』310頁~315頁

『その流域』について


一、著作の年代と梗概


 本書は昭和十年十一月三十日、大日本雄弁会講談社から発行された、『一国の文化は河川の流域に沿うて栄える』という想定にもとずいて、阿波国、那賀川の流域からはじまり、一人の青年の各地における遍歴を描き、ついに郷里那賀川の流城に帰ってその地域の開発に献身するという物語である。あらすじは次のようである。

 那賀川の流域の或る村で小学校教員をしている松下正市は、村長や村会議員や校長などの集まった新年宴会に列して、酒と芸者に金を貸し、貧しい人を顧みず、また教育に資金を用いることをしない村の政治家や教育家の態度を憤り、酒席を逃れて、自分の宿に帰る。そこへ隣村の安永きみ子が訪れる。彼女は正市のところで、他の青年たちと夜、英語を習っており、彼女自身講義録をとって勉強し、専門学校入学資格検定をとろうとしている。正市は彼女に愛情を感じている。

 翌日正市は校長の前に呼び出され、夜学をやっていることを叱責され、三日目に県から来た視学によって転勤を命ザられ、那賀郡の奥の分校に移ろことになる。暗い心で下宿に帰ってくると、きみ子が来て待っており、縁談が始まっていることを告げる。正市は自分の境遇を思い、彼女への恋を打明けることができない。

 分校へ転任した正市は、下宿がないので炭焼小屋を修繕してそこに住み、不精者で人の好い分校長のもとで女子師範出のかたくなな女教員とともに働き、複式教育(二学年を一教室で教える)の授業を行なう。そして酒毒や梅毒の遺伝が子供からを不幸にしていることを知る。正市は村の子供たちをその能力や性格を超えて深く愛する。

 春休みになって三木よし子が転任したので、正市は分校の宿直室に移り住んで、本科正教員の試験を受けるために勉強する。彼の父はすでに世を去り、母は椿泊の故郷で行商をして独りで暮しでいる。村の疲弊のため俸給は一月分の半分が渡っただけで、二月分も三月分も渡らない。彼は母への送金もできずにいる。

 彼が宿直室にあって勉強していると、安永きみ子が訪ねてくる。彼女は正市とともに柴を燃して麦を炊き、赤味噌を焼いて、夕食をとる。翌目もきみ子は正市を訪ね、食糧を運び、正市の仕事を手伝う。

 新学期が始まっても分校長はよりつかず、他に転任することになり、正市は一人で二百人にあまる生徒を引受けねばならない。欠食児童が多くなってくる。安永きみ子も来なくなる。正市は正教員の試験を受けようとしたが、学校を休みにしなければならぬので、断念し、東京に出て苦学をしようと思いつく。安永きみ子は他へ嫁ぐことがきまったらしい。

 夏になって正市は八里離れた椿泊の母を訪れ、学校を変わろうかと相談すると、母は月給の支払いがおくれても、自分は働いて生活を立てるから村の教育のために尽してくれといって、行商でかせいだ金の中から十円札一枚を正市に渡す。正市はこれに励まされて分校に帰る。次の土曜日に彼は徳島に行き、安永きみ子が嫁入り姿をして美容院から出てくるのを見る。彼は乗っていた自転車のペダルを踏む勇気もなくなって麦畑に入って泣く。

 県庁から給料の補助額が増加され、分校に働く新任分校長と女教師がきまったが、分校長はよぼよぼの老人で、女教師は女学校を出たばかりの小娘である。正市は宿直室を分校長に明渡し、女教師を近所の家においてもらい、自分の手で炭焼小屋のそばに四畳半一間の小屋を建て、生徒たちに手伝ってもらって完成し、そこに移り住む。彼は生徒たちに岩石の名や雑草の名を教え、殼斗科の果実についての知識を与える。

 分校長は正市の教育の仕方に反対し、ことごとに意地悪い妨害をする。そして生徒たちの態度が気に入らないと生徒をなぐる。或る日、分校長は酒乱者大吉の子虎松が他の生徒の墨を盗んだというので、鞭をもってなぐり、失神させてしまう。正市は虎松を介抱し意識をとりもどさせるが、大吉は夕方、酒に酔って、分校長が夕食をとっている時に乗りこんで食卓をひっくり返してしまう。正市は大吉をとめる。分校長は逃げ、大吉は警察署に引かれて行く。翌日、正市は分校長に呼び出され、彼が大吉をそそのかしたという理由で退職願いを書かされる。正市は弁解せずに村を立去る。そして母の承諾を得て大阪に出て勉強することになる。

 大阪に出た正市は、遠縁の親類の世話で、四貴島セッツルメントの吉武玄次郎のもとに泊まり、吉武からモレヴィアン教徒の話を聞く。そこにいて職を探した結果、糞尿汲取の肥船専門の会社に雇われる。彼の仕事は肥船を木津川尻にまわして、積んでいる肥を淡路の船に汲取ってもらうことである。

 この仕事は真夜中から始まり、夜明け前に終るのであり、月給は二十円である。正市は、人のいやがる仕事であるが、吉武先生の教えを体してこれに従事し、関西大学の夜学に通う。彼は河岸における船頭から誘惑を受けるが、これを斥ける。船の中へお末という売春婦が乗りこんできて、正市を誘う。正市はお末の純情に引かれるが、心を動かさない。お末は正市と腕の血をすすり合って兄弟分の契りを結ぶ。

 関西大学の夜学では法律を教わっているので、正市は実業補習学校の機械科に転じようとしていた矢先、勤務先の肥料会社の支配人夫妻から呼び出しがあって、その親類である遠山家の息子の家庭教師になってくれと頼まれる。正市の苦学していることに感心したためであった。その日の午後天下茶屋の遠山家に連れて行かれることになったが、船が心配になるので一旦帰ると、お末がきていて、今夜ここで寝かしてくれという。そして馬券を買ってもうかった金百二十円を正市にあげるという。正市は家庭教師となることをお末に告げると彼女は失望し、百二十円入った財布を川に投げこむ。正市はこれを柄杓で救いあげる。

 遠山家へ連れて行かれた正市は、そこの息子市太郎の家庭教師となる。そこには、京都祇園のお茶屋の息子に嫁に行って子供を残して実家へ帰ってきた由子がいる。遠山の主人は貸座敷を三軒もち、食堂も経営しているが、妾のところへ行っていて、月に一度位しか帰家しない。

 市太郎は中学生であるが父の生活に影響されて脱線している。正市はその教育を引受けることになる。由子は学問があり、博物に興味をもち正市に好意を示す。

 正市は一旦船に帰るが、お末がいないので、宿を尋ね、財布を渡してくれるよう宿のおかみさんに頼む。それから跡片附けをして遠山家に引越し、二階に住んで市太郎と起居を共にする。押入れを片附けると春画や猥画が出てくる。正市は自らを叱責して性欲の誘惑を逃れ、近くの機械博物館に入って勉強し、あるいは古本屋を見て歩く。

 由子は遊郭業者の中に育ったにかかわらず、教養が高く、絵をかき、香をたき、服装の趣味もよい。そして宝石のあらゆる種類を秘蔵しており、鉱物に対する興味も深い。由子は美人ではないが、正市は由子と会ってから人生観が変ってきた思いがする。しかし初恋の女安永きみ子をあきらめることができない。

 市太郎は正市の指導で少しはよくなったが、生駒山へ散歩に行くといって出たきり三日も帰らず、『同性心中未遂』ということが新聞に出された後、平気で帰宅する。正市は責任を感じ辞職しようと申出たが、市太郎の母が引止めるので、市太郎の教育に力を入れることにする。市太郎は学校をやめてしまい、明年、東京の私立中学校に入ることとなる。

 明年四月までの期間、正市は市太郎の教育のため、由子の知人である東北出身の女学校の先生に頼んで、東北で最も困っている村に行き、無料で小学校教育のために奉仕することとし、岩手県軽米町高家の小学校を応援することとなる。正市は由子、市太郎とともに、十月二十九日の晩、大阪を出発する。由子を見送りに来た娘たちの中に白井竜子という美しい人かおり、安永きみ子に似ているので、正市は心を引かれる。正市は食堂車の中で由子を姉さんと呼ぶことを約する。由子は離縁になった事情を話している時、京都駅から彼女の先夫が芸妓数人をつれて入ってくる。由子と先失とはさり気ない挨拶をうわず。

 三人は岩手県北福岡の駅に着いて乗合バスで目的地に向かう。同乗した鉱山技師はこの地帯が第三紀層で地質研究の上に興味があることを語る。市太郎はこれに心を引かれる。目的地の軽米町高家の小学校に着き、正市は生徒の学力の低いこと、欠食児童の多いことに心を傷める。由子は村の娘たちの夜学を始め、また欠食児童のための給食を受持ち、その時開設された村の托児所を受持つ。正市は三年四年の生徒を受持ち、村の青年たちをも指導する。市太郎は友だちがないので淋しがって帰るといい出すが、正市は彼に生物や鉱物の知識を教えつつ彼を導く。

 十一月になって兎狩りに行った市太郎は帰宅して発熱し、由子と別の室に寝る。そのため正市と由子とは床を並べて寝ることとなるが、正市は安永きみ子のことを思い誘惑に陥らず、由子もまた正市の爪を切ってやるが性欲の入らぬ愛を讃美する。そこへ大阪から白井竜子が訪ねてくる。そして三人とともに住むこととなり、正市の仕事を助ける。

 十二月になり村は雪に閉じこめられ、村人の生活はいよいよ苦しくなり、欠食児童の数は増加する。正市は遠山家から送られる俸給を全部投げ出して子供たちのために自宅で給食し、復習をしてやる。

 南の山の中に住んでいる作太郎が永く欠席しているので、山奥に彼を見舞ってやると、敷藁の上に寝て高熱を出して苦しんでいる。正市は敷藁を変えてやる。父親は酒に酔って帰ってきて病児を処置する工夫も考えていない。正市は一旦帰宅しで馬橇で作太郎を連れてきて看病してやることになる。

 母から十円のかわせが入った手紙がきている。母の激励文に、安永きみ子が離縁になり、大阪へ女中奉公に出るといっていたこと、岩手県に行きたいとも言っていたことを書添えてある。

 正市と竜子は馬橇に乗って山奥へ向かう。二人は毛布をいっしょにかぶる。竜子が抱きついてくる。彼女は正市に愛を打明けるが、正市は安永きみ子のことを話し、彼女の愛を受入れない。二人は作太郎を馬橇にのせて託児所に運ぶ。作太郎は回復する。正市、由子、竜子の親切は山奥まで聞こえ、奥地からわらびやくず粉など幾袋となく届けられる。

 市太郎はよく勉強するようになり、元日には代数の問題がよく解けるようになったといって喜ぶ。

 村の青年たちの希望で正市は託児所で夜学を開き、由子、竜子とともに青年たちに教えることとなる。更に村の青年は何人か泊りこんで早朝学校もやることになる。

 作太郎は寝小便をする上に盗癖がある。彼の父は彼を時々連れてきて託児所に泊まらせる。すると物がなくなる。正市は森に連れて行って訓戒するが効がないので、教育家としての自らの資格を疑う。

 竜子の金時計が見えなくなる。託児所の青年たちが作太郎を縛って、白状させようとする。そこへ彼の父作平がきてそばにいた市太郎をステッキで殴る。作太郎はテンカンの発作を起こして口から泡を吹く。市太郎は傷の苦痛を訴える。

 作平は巡査を連れてきて正市を讐察に連行させる。正市は監房に入れられ、寒さに悩みつつ、日本に光明を与え給えと祈る。

 正市は窓から月世界を見つめつつ、自己の霊魂と対談し、キリストのように十字架を負うところまで行こうという。彼が留置されたのは、彼が左翼運動者で村の青年に革命思想を植えつけようとしていると誤解されたためであった。町の新聞社は『小学校教員の児童殺傷事件』という見出しで、正市が児童を虐待したかの如く記してある。正市は十日も留置所に入れられていた後、ようやく釈放される。

 市太郎の怪我は治ったので正市は由子竜子とともに村を去る。親しい村人たちは彼らと別れを惜しむ。正市は新約聖書コリント後書十二章の『我弱き時に強し』を読み力づけられる。彼らは天王寺の遠山家に帰る。

 東北における奉仕生活の収穫は市太郎が立派な少年になったことである。遠山家ではこれを喜んでくれる。市太郎の母は、正市にむかつて、この上はうちのお父さんに貸座敷業をやめてしまうように言ってくれと頼む。

 そこへ安永きみ子が訪ねてくる。正市はきみ子を連れ、築港に出て、小さな旅館に上がり、語り合う。きみ子は親に強いられて結婚したところ夫は放蕩者で病気をうつされて苦しみ、母の許しを得て実家に帰り離婚しようと思うが、先方がこれを承諾しない事情を打明け、正市の懐に飛び込んできたという。正市は彼女が法律上人妻であることを思い、抱擁してやらない。そしてきみ子を連れ、四貴島に出て吉武先生に彼女を頂けることにする。

 きみ子は四貫島セッツルメントで吉武先生の助手として働くことになる。正市がセッツルメントの保育学校を手伝っていると、母の病気が電報で伝えられる。阿波の郷里に帰ると母の従妹が母を看病している。母は行商から帰ってきて、籠をかついだまま卒倒したのであった。病床で母は瞳を開いて正市を見たが、うなづいただけで口をきけない。着物を脱がせると、銀の十字架が頸にかけてある。正市はこれを外そうとしない。母は若い時に信仰を得ていたのである。

 正市は母をその従妹に頼んでおいて、昆布の行商に出る。三日日の朝、由子から百円の為替がとどく。市太郎と由子と竜子が訪れる。由子は正市の母を看病してくれる。母は全快する。三人は医者の未亡人岡田さんの家に泊めてもらう。そこで村の子供たちへの日曜学校が始まる。きみ子から手伝いに行くという手紙がくるが、正市は当分の間大阪にいて勉強するように言ってやる。

 夜になって正市は市太郎とともに外に出て星座表をひろげて、星の勉強をする。そして星座の歌をうたう。由子も仲間に加わる。

 母の健康が回復したので、正市は那賀川の流域において山村更生のため働く決意をする。由子もこれを助けて村塾教育をすることになる。岡田未亡人の弟の岡田獣医は、聖書を読んでおり、大寺に畜舎をもっているので、その二階を解放して農民福音学校を開くことを申し出る。
 正市は阿波の国の特権は吉野川の流域であることを知っているので、大寺に根を生やして霊魂教育を始めることとなり、一家をあげてそこに移り住む。

   二、モデルと作風

 本書の主人公松下正市は、肥船に乗りこんでいた二十五才台の青年で、当時、吉田源治郎が四貫島セッツルメントにある大阪イエス団教会の牧師をしていた頃、日曜日朝六時から始まる礼拝に出席していた人物である。吉田源治郎はその氏名を忘れてしまったが、徳島県板野郡勝瑞(しょうずい)の出身であるといっている。早朝礼拝は労働者のための集まりで、礼拝がすむと皆が十銭で牛乳とマントウとを食べたものだそうである。

 吉田源治郎が賀川にこの活をすると賀川はこれに感動して小説の主人公としたものである。作中吉武玄次郎とあるはもちろん古田源治郎のことである。

 この小説は前半は筋も描写もよく整い、文学としては上出来であるが、後半は、目的あるいは意図が強く出すぎ、やや不自然の観がある。全体としては、恋愛、売笑婦、誤解、投獄、理想への献身という賀川小説の型に従っている。

 松下正市が那賀川の流域で小学校の教師をするところは、殊によく書けている。横山春一著賀川伝には、賀川が小学校の先生をしたことは記してないが、「死線を越えて」の上巻の初めのほうには、新見栄一が小学校教師をするところが出てくるので、短い期間ではあるが小学校を教えたことがあると推定される。

 安永きみ子には『死線を越えて』に出てくる鶴子の面影かある。これは初恋の人として生涯の間賀川の胸底にひそんでいた女であろう。








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