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新連載「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第103回『宇宙修繕と人生修繕』)

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上の写真は今回も『賀川豊彦写真集・KAGAWA TOYOHIKO』より。



「賀川豊彦」のぶらり散歩
   

―作品の序文など―

      第103回



 『宇宙修繕と人生修繕


  昭和16年12月20日 聖化社 43頁


 本書『宇宙修繕と人生修繕』は、「賀川豊彦述、他日本基督教団成立感謝大会祝辞」の小さな記録冊子です。岩波文庫版のような仕上がりで、初版は「京都支教区版」ですが、手元にはもう1冊昭和17年3月の第5刷で「聖化社」版となっています。

 この講演記録は、口述そのままを忠実に筆記されていて、読み物としても興味深くもあります。

 ここには初版と少し版を改めた5刷りの表紙と安田忠吉の「序」、そして当時の同志社大学総長の牧野虎次の「感謝の辞」を収めて置きます。周知のように、牧野虎次は賀川とは深い友情を結んでいました。

 なお、講演記録の最後の箇所(「私の過去と現在の告白」と見出しのある23頁から26頁)を判読が難しいかもしれませんが、スキャンだけして収めます。



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               『宇宙修繕と人生修繕』

                    


 日本基督教団成立記念の為に、感謝大会と記念講演会とを当支教区主催の下に開いた。何れも誠に恵まれた集会であった。此の喜びを永く記念し、又広く頒たんが為に霊感に溢れた賀川先生の大講演と感謝会の祝辞等を録して一小冊子を編んだ。若し是が一人でも多くの霊が神に結ばるる助けとなるならば誠に教団成立の此の上なき記念であり、感謝である。

 此の小冊子編纂の為に尤も多くの労苦を捧げられし、岸千年牧師及び谷畑佐一牧師と賀川先生の講演を速記清書せられた岩谷貞代姉の労に対し此の際厚く感謝の意を表す。

  昭和十六年十二月
                   京都支教区長
                              安  田  忠  吉




                   感謝の辞
 
                   
                   同志社大學總長    牧  野  虎  次


 基背教が日本のものなるかとの問に答へて、然り日本の基督教は出来上れりと、立派に指示し得るは、今回の日本基督教團の成立である。何となればプロテスタント数十派の大合同と云ふことは、教會史上、未曾有の盛事であって、何れの時代、執れの國にても、首唱する者は多くあったが、未だ曾て賞現することが出来なかったのである。斯かる大事件が爰に見事に出来就いて、我等は

 第一に日本の國であったればこそと、深く國恩に感謝せねばならぬ。全く我が国体と我が日本精神とが背景となって、この盛事を見るに至ったのである。八紘一宇の犬精神がここにも現はれて、我等の原動力となりしを思ふ時、我等は感激の涙禁ずる能はざるを覚ゆるのである。

 第二に昭和の御代であったればことそと、我等はこの聖代に生を享けたことを感謝せねばならぬ。明治に創め、大正に仕上げたる日本文化は、昭和に至って実を結ぶに至った。十六年前のクリスマスの朝より出発したエンライツンド・ピースの時代は不思議にも、我等の前途を照して居るではないか。

 第三に我が先輩と同志とであったればこそと、我等は同胞に對する感謝の念に溢れるのである。自給教會の主唱者であった深山牧師、愛國的良心教育の実践者であった新島先生を始め、捨て石ともなり埋め草ともなった多くの功労者あったればこそ、今日この盛事を見るに至ったのである。

 更に一言を加ふれば宣教師諸君、ことに初代に於ける有数なる宣教師諸君の公平にして識見にぜる長貢献を感謝せずには居られぬ。ことに彼等が一般文化の進運に寄与した功績は、斯道を我民心に浸潤せしむる上に、与って力ありしを認めざるを得ない。

 神学や芸文の専門的技術に属するものは暫く措き、信仰的生命は慥かに我國土に根を張り、幹を太らせ、今や亭々として空に聳えんとしつつあるを見て、我等は賞に感謝せずしては居られないのである。滾々として内より湧き出る霊泉は、慥かに我同胞の生命に宿ってあるを信ずる、他より汲み来つた水は、飲めば減り、輿ふれば無くなるにきまつてある。さらばとてこれを用ひず、徒らに貯へておけば、終には腐敗するを免れないではないか。たゞ内より湧き出る泉のみ、いかに小なりとは云へ、汲めども尽きざるのみか、盆々その清冽を加ふるのみでないか。我等は今その霊泉を各自の胸裏に感ずるのである。

 光り暗より照り出でよと宣ひし神はイエス・キリストの顔にある神の栄光を知る智識を輝かしめん為に、我等の心を照し給へるなりとは、使徒保羅の述懐であるが、同時に又我が日の本の日子、日女たる人の子等の朗かなる心事を道破せる一大名句と云ふべきでないか。

 されど我等は徒らに過去を顧み、自画自賛に陥ってはならぬ。今は一億同胞がその運命を賭すべき超非常時局に直面して居る秋である。徒に自己満足に陶酔したり、自派自宗の拡張に専念したりすぺきではない。三十萬同志よ、挙って、一人残らず悉く邦家に奉仕すべき覚悟を固むべきではないか。いかに奉仕すべきかと、日々我等の死所を求むる覚悟を忘れてはならぬのである。

 東亜共栄圏の確立と、大陸新秩序の建設とは、我等の子孫と後裔とをかけての大問題である。天父を信じ、同胞を愛し、天涯地角いづくの果て迄も、我が墳墓の地と親しみ得る者でなくては、この尊く聖き使命を達成することが出来ないのである。我等はこの大使命を思ふて胸戦くを禁じ得ないのである。我等を取り囲める奈何なる障碍をも征服し、奈何なる試錬をも突破し、この大目的に向ふて精進努力せねばならぬ。

 昔、若き牧羊者たるダビデは、艱みの日に我を護り我を導ぐ上天の加護を感謝しつつ

   今我が首は我を繞れる仇の上に高く挙げらるべし

と歌ふた。我等同志の現在の抱負も亦斯くあるべきにあらずや。夫れ信仰は望む所を確信し、見ぬものを真実とするなりとはヘプル書記者の云ふ處、願はくは我等をして現代に處する我等の鑑識を謬らざらしめよ。



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