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新連載「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第111回『宇宙創造と人生再創造』)

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今回はいつもの写真集のものではなく、今朝の神戸新聞に掲載された賀川記念館に於ける「賀川ハル企画展」の記事をUPしました。



賀川豊彦」のぶらり散歩
   

  ―作品の序文など―

      第111回


宇宙創造と人生再創造


  昭和22年4月10日 上泉書店 141頁


 本書『宇宙創造と人生再創造』は、「あとがき」にもあるように、「太平洋戦争前後の講演をまとめたもの」で、書名となっているタイトルは最終章(第12章)の東京帝国大学に於ける講演で、賀川の宇宙論を述べた貴重なものでもあります。

 ここでは表紙と冒頭の賀川の「日本再創造の途―序に代えて」並びに「あとがき」などを収めて置きます。


 そして最後に、武藤富男氏『賀川豊彦全集ダイジェスト』の「解説」も加えます。



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              『宇宙創造と人生再創造』

                日本再創造の途

                ―序に代へて―


 冬枯の後に、若芽はふき、雪崩の後に、空は澄む。

 敗戦になやむ日本は、その悲哀を通して人生再創造の道を発見すべきである。

 全然駄目だと思われた椚(くぬぎ)の根株から、若芽が、生い育つ如く、退廃の日本に、新生の日が廻り来るのだ。

 永年の病人に、再生の日が訪れる如く、どん底に泣く日本も、光明の日が再びやってくる。

 泣くな、子らよ、日本の再生の日に、おまえの神は天地創造の神であり、その名を「天の父」と呼び、人生を再創造する力を持ってゐると云ふことを學ぶべきである。

 アラビヤの沙漠は、人類に貢献することは何にも無かった。たゞその砂漠の中にも四十年間嘗ての奴隷民族であったユダヤ人の一團が、宇宙の支配者によって、生存を許されてうたという記録を世界に搬出した。
砂漠の真ん中から、光明がさして来た。文化の背景を持たない砂漠民族から、宇宙創造者は、恩寵の神であるとの福音が、伝わり始めた。

 その民族は嘗て、一君主国形成の特典を許されたことがあった。然し、間もなく、二大 民族の挟撃に合った。二回に亘って、全民族は滅亡してしまった。

 その滅亡の灰柱の中から、人類救済の福音が告示された。彼ぽ祖国建設の王統に生れ乍 ら、その王統を拒み、自ら王者たるの光栄を捨て、救はんとする魂の為には、死をも厭ざるを決意し、進んで十字架のコースを撰んだ。それがダビデの子、大工イエスであった。

 全能者は、人類の再創造の為に、血の犠牲無くして、その回復の不可能なことを、イエスに確知せしめた。「悲しみの途」を通過せずして、人類再創造の不可能なることを意識したイエスは、その「悲しみの途」を、自らが歩むことを決意した。

 宇宙創造の神を、彼の父なりと意識したイエスは、その父なる神の愛を以てしても、贖罪の工夫は輸血の外に無いことを知っていたのだ。

 宇宙修繕の原理は、大愛の犠牲に待つ外は無い。それは、神の力をもってしても、傷つける部分を修繕するのに、完全なる部分をもってするの外はないのだ。イエスは完全なる部分として、傷つける部分に、あてがわるべき職分を担うことを決意し、ここに悲壮なる死への行進とは成った。

 そして、イエスの途は、全人類の途である。

 社会連帯責任の意識無くして、人類再創造の途は無く、罪人をすら修繕し、補修せんとする悲しき大愛の外に、人類再創造の工夫は無い。かくして、宇宙創造の大愛は、人生再創造の意識として、イエスの中に働いた。

 刈り取られた岸辺の蘆に、もう一度春が訪れ、青い若芽が、切り株から再生するごとく、堕落し切った人類のどん底に、キリストの死を契機として、歴史転換の危機が與えられた。

 カルヴァリ丘の十字架より、人類再生の歴史が記載し始められた。ギリシヤも復活し、ローマも再生し、亡国の悲哀を嘗めたフランスも、イギリスも、ドイツも、否国と云う国、民族と云ふ民族、凡そ、再生と復活を要する諸国諸民族は、自国歴史を綴る前に、先づイエスを通して経験された、人生再創造の記録を記憶する工夫を考案した。

 そして、イエスの十字架を見上げた諸民諸国は、不思議と、人生再創造の恩典に浴した。そして、遂に、日本の番が廻って来た。

 宇宙創造の神を、自己の神とすることを拒否し、神話と偶像を好愛した日本民族は脆くも、敗戦のどん底に陥らざるを得なくなった。

 そして、朽ち果つべき日本の運命を救ひ得るものは、人生再創造の原動力たる神の大愛とその犠牲に侯っ外全々望み無いことが明瞭になった。

 今日程、日本と日本国民にとって、困難な危機は無い。今にして、日本再創造の途が十字架にあることを発見しなければ、日本は永遠に、太平洋の一島しょに住む野蛮人に転落するであろう。

 十字架愛だけが、この民族を統一と、再生と、文化と、學問に結びつけるであらう。

 そうだ、日本民族が、人生再創造の途の、十字架にあることを発見する日に、日本は再生し、復活する。
二百十日の颱風が通過し、秋の収穫が約束される如く、日本歴史の上に訪れた颱風は、日本民族を、悲哀のどん底へ投げ込んだが、十字架と、その血は、再び、日本を再生しめる。友よ、堅く、これを信じて、日本再創造の為に、立ち上がれ!

   キリスト紀元一九四六年八月二十六日
                          賀 川 豊 彦
                                   札 幌 に て




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           あ  と  が  き


 本書は、太平洋戦争終戦前後の講演を纏めて一冊としたものである。この書を筆記してくれたのは神戸章子姉である。最後の章は東京帝国大学に於いての講演を速記したものである。同志黒田四郎氏の努力によりこの形に纏められた。ここに改めて、黒田四郎氏、神戸章子姉に感謝する。また小樽市の上泉四郎氏は出版することに努力せられた。感謝にない。

 猶本書に関して、感想なり質問なりを寄せらるる方は、ご遠慮なく東京都世田谷区上北沢町二丁目六〇三賀川豊彦宛に御送附ありたい。多忙の為返事は遅れても、必ず、代筆によって御答へするつもりである。

                        賀  川  豊  彦



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        武藤富男著『賀川豊彦全集ダイジェスト』72~74頁

           『宇宙創造と人生再創造』について


 『宇宙創造と人生再創造』は昭和二十二年四月十目小樽の上泉書店から発行された。発行者上泉四郎は賀川の弟子であり、本職は株屋である。戦争直後、多くのインテリが出版業を志し、用紙不足の最中、無理をして紙を求めて書物を発行した時代が五年ほどつづいた。その出版業ブーム時代に上泉が『宗教、思想、哲学、道徳、政治文化、経済……それらに対する叡智こそ新生日本創造の新しき眼であり、混沌たる現実を照す光である』との信念をもって上泉書店を創業し、第一回の出版として発行したのが本書である。

 その内容は『終戦前後の講演をまとめて一冊としたもの』であり、神戸章子の筆記による。最後の章は東京帝国大学における講演で黒田四郎がまとめたものである。

 この書は第一章において『神は父であり、放蕩息子の父であり、失われた霊を探しもとめる父であることを説き、第二章においては、懺悔を許し給う神を強調する。

 終戦直後東久邇内閣の参与に任ぜられた賀川は、首相宮から『国民総懺悔』ということを仰せつかった。(これは賀川のほうから提言したのかも知れない。)敗戦国民は一億総懺悔をしなければならない。懺悔について賀川は五つ要素をあげる。一、自分を反省すること、二、良心的であること、すなわち内観的であること、三、社会道徳的であること、四、内観的に且世界的に見て普遍妥当性をもつこと、五、神を標準とすることである。ここにダビデの詩、詩篇五十一篇が解説される。『視よ、われ邪悪の中に生まれ、罪にあってわが母われをはらみたりき。なんじヒソプをもて我をきよめ給へ。さらばわれ浄まらん。我を洗ひ給へ。さらばわれ雪よりも白からん』である。賀川はここで、将軍ウリヤを謀略により戦死させ、その妻バテシバを奪ったダビデの懺悔について語り、日本人の総懺悔を促し、『神よ、わが救いの神よ、血を流しし罪より我を助け出し給へ』を引用し、懺悔による更生の可能を主張するのである。

 第三章においては創世記十六章に出てくるハガルの物語を引用し、『見守り給う神』 (アタエルロイ)を説き、第四章においてヨハネ伝三章にあるニコデモヘのイエスのことは『人あらたに生まれずば神の国を見ること能わず』によって、日本人の霊的生まれかわりを教え、第五章においてはマタイ伝五章の嵐の中のキリストを説き、世界的犬動乱の後に処すべき道を教える。

 第六章においてはピリピ書四章にあるパウロのことばにより『富におる道を知り貧に処する道を知る』べきを説き、戦後の窮乏時代に霊魂の力によって融通自在の生活をすべきを力説する。第七章においては使徒行伝四章の兄弟愛による原始共産社会について述べ、兄弟主義が救済的、生産的、学問中心的、人道主義的、経済的というように次第に成長発展してきた歴史的経緯を語り『持って来い、共産主義』でなく「持って行け共産主義」でなければならぬ。『とり込み共産主義』でなく『十字架共産主義』でなければならぬと提唱する。

 第八章においては、エペソ四章にある『手づから働きて善き業をなせ』を引き、初代キリスト者の労働精神と昭和二十一年に施行された労働組合法について語り、勤労によって日本を再建しようと提言する。

第九章においては、ヨハネ伝二十章のイエスのことば『女よ何ぞ泣く、誰を尋ぬるか』を引用し、キリストの復活について語り、敗戦国日本の復活を説き、復活の精神によってのみ、政治も経済力も教育も倫理も生産も復興すると説くのである。

 第十章はマタイ伝五章の『幸福なるかな平和ならしむる者』を引用し、人の罪を己れの罪としこれを救おうとする十字架愛、贖罪愛をもって、日本を救い、世界を平和ならしめようと説く。

 第十一章においてはテトス書三章にある「聖霊による維新」を強調し、神の恩寵は歴史的因果律を無視して与えられるものであり、内観的反省、祈り、精進によって与えられる、倫理的建設運動を社会連帯意識をもって展開せよと勧めるのである。

 第十二章は東京帝国大学においてなした講演であり、従って他の章に比しより論理的学究的である。ロマ書五章の『キリストはわれらが罪人なりし時、我らのために死に給ひしにより、神は我らに対する愛をあらわし給へり』を引用し、戦争末期における道徳の退廃を述べ、宗教意識によってのみ日本の道徳生活の更生は可能となると論じ、最近の科学的宇宙観を述べ、宇宙の目的に言及し、近代物理学の合目的性や、物質界における先験的確率性を説明し、キリスト教神観と近代科学の関係に及び、キリストによる人生の再創造を説く。

 この章には、後に賀川が著した「宇宙目的論」の萌芽が散見している。




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