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新連載「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第118回『社会革命と精神革命』)

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「県民オアシス」(今日のブログ http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



賀川豊彦」のぶらり散歩
   

―作品の序文など―

      第118回


社会革命と精神革命


  昭和23年12月31日 清流社 190頁


本書『社会革命と精神革命』は、『書誌大系・賀川豊彦』によれば、昭和21年6月から始まった「新日本建設キリスト運動」での講演記録が多く、第1章の「社会革命と精神革命」は昭和21年9月の『民の声』(新日本)を改稿して収めたもののようです。

ここでは表紙と賀川の「序」、そして武藤富男著『賀川豊彦全集ダイジェスト』の本書の「解説」も取り出して置きます。




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社会革命と精神革命




 地震は破壊し、春風は蕾を温める。日本は、その二つを持つ。だが、私はその後者に、信頼をおく。

 日本の没落は一瞬に来たのではない。それは、川端の朽ちた柳が大風に倒れるやうに、倒るべき運命にあったのだ。軍閥は鉄砲虫として、柳の幹を喰ひ荒してゐた。

 私らは倒れた柳の跡に、幾千年経っても絶対に朽ちない、神柏を値ゑなければならない。

 日本は再生するために、倒れたのだ。日本は、倒れたことによって、一人前になるのだ。たよりにならぬ偶像と、地獄から吹く淫蕩を焼きつくすために、日本は火によって浄められねばならなかったのだ。イスラエルは幾度かの試錬にも、猶、霊性の復活を無視したために、永遠にさすらひの民族となってしまった。そして、日本がもし唯物主義といふ新しき偶像と、唯物弁証法といふ神否定の迷路に陥るなら、もう、日本は再び救ひ得ない太平洋の孤児となってしまふであらう。

 人口の多いことを誇ってはならない。浮游動物も、人口だけは多いのだ! 過去の栄華を誇ってはならない。地下の石炭も、繁栄してゐた時代があったのだ。誇るべきは、良心と霊性に於ける、発明と発見の力だ! それ無くして、日本の再建と勇躍は絶対にあり得
ない。

 砂地に芽生える小松よ、日本に、再生の工夫を教へてやれ! 萌芽さへあれば、小松も、いつの日にか大木になるのだ。焼払ふだけで、砂地に緑土は出来ないのだ!

 火山の斜面に延び上る熊笹よ、おまへの生活力の秘密を、日本に種明してやれ! 表面は、いくら刈取られても、地下、幾尺か下に深く茎根が――人の見えぬ霊の世界に――延びてゐる間は、絶対に、再生の可能はあるといふことを!

 桜花に酔うた日本は亡びた! 娘らよ、もう、桜音頭に合せて、踊ることをやめてくれ! おまへは、花は咲いても、果実を結ばぬ、桜花に迷うて、滅亡したのだ! 私は桜の代りに梅を植ゑ、桐の代りに、胡桃を植ゑよう。

 気狂はしきまでに、私は、爆撃の猛火の中で、祈ってきた。この浄火をくぐり抜けて、日本を再建しなければ、天父に申し訳が無い!

 雲雀よ、つぐみよ! おまへ達は、野火に、幾回、巣を焼かれても、次の年には、ちゃんと、また卵をかへすために、新しへ巣を造る工夫を、神から教へられてゐる。その秘密を、日本の若者に教へてくれ!

 鰯も、さんまも、幾千万匹、大謀網に引っかかっても、また次の年には、新しい元気な群として頭を揃へてゐる。その再生力を、日本に教へてやれ! 鰯よ! さんまよ!

 この国民は、たよりにもならぬ財宝に血迷ひ、敗戦と共に、集団強盗と化し、ガードの下のパンパン・ガールになってしまった。

 秋風にも悲しむことを知らぬ野菊よ、雪と結氷をも恐れぬ山茶花よ! 日本に、秋風にも、泣かず、厳冬にも、屈せぬ精気を、吹き込んでやれ!

 黒潮に踊るまっこう鯨よ、ちよっと待て! おまへは水面下四千尺の海底にもぐり、氷点下九十度に近い北極に、温き床を楽む工夫を日本に教へてやれ!

 絶対者は、豊かに雨を、日本に与へると、日本人は、それを洪水と云ひ、地殻の下に、利用さるべき火熱のあることを示し給へば、日本人は、それを噴火と、呼ぶ! 創造主よ、この小さな浮游動物をも、見捨て給はず、いつの日にか、これに、ぼうふらの秘密を教
へ、彼らに、空中に飛び上り得る翼を授け給ヘ!

 再生は、日本を待ってゐる。今は日本の繭造りの日だ! さらば、全能者よ、永き睡りの後、日本をも、呼びさますことを忘れ給ふな!

 あけの明星は東雲の上より、日本の眼醒めを待ってゐる! さらば、日本の若き魂よ、大能者の呼びさまし給ふままに、もう、眼をさましてもよいであらう。

一九四七・一〇・一五 
武蔵野の一隅にて
            賀 川 豊 彦






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武藤富男著『賀川豊彦全集ダイジェスト』より

『社会革命と精神革命』


 『社会革命と精神革命』は昭和二十三年十二月三十一目、東京の清流社から出版された。この書店も出版業ブームの波に乗ってできた出版社であると推定され、原本はいわゆる仙花紙本であり、装訂もすこぶる粗末である。

 しかしその内容は昭和二十一年七月から始めた新日本建設キリスト運動の講演集であり、賀川の愛国心のほとばしりである。昭和二十三年はアメリカボ占領後三年目であり、敗戦の窮迫状態が底を突き、インフレと物資不足、食糧難、共産党の台頭、ゼネストの不安等が日本国民を脅かし、人々が将来への希望を失っていた時である。この時に当たり、日本社会の変革は、日本の心の内からなされなければならぬ、暴力による革命ではなく、精神革命により日本の再建をなさねばならぬことを説いたのが本書である。

 愛国者賀川は、日本人がキリストの贖いにより罪から救われ、道徳的にすぐれた民族となり、これにより経済的にも豊かな国民となることを戦前、戦中、戦後を通じ一貫して祈りつつあった。賀川のこの祈りは軍国主義者から誤解されたため、彼はしばしば迫害を受けた。軍国主義の敗退とともに、賀川の祈りはいっそう声高く唱えられた。本書は正にその祈りである。

 第一章は敗戦と食糧不足と堕治の貧困には革命がつきものであることを述べ、フランス、ロシヤ、ドイツ、オーストリヤ、イタリヤ、ルーマニヤ、ブルガリヤ等に起こった革命の例を引き、昭和二十二年二月一口に目本の労働者八百二十万人が起こそうとしたゼネストに言及し、革命の結果起こる社会的混乱と飢餓とを述べ、革命が無効力であり、唯物共産主義者によっては日本は救われないことを主張し、ウェスレーによるイギリスの精神革命が如何にイギリスを救ったかを述べ、協同組合による社会組織に希望をつなぎ、日本の新憲法の三つの特色-主権在民、永久平和、生活権の保障に言及し、日本は精神革命によって社会の変革をすべしと唱えている。

 この章の終りには当時の物理学の発達と新物理学による宇宙論及び物質観が唯物論を超克して、物質の先験的確率性、選択性、合目的性を示していることを説き、神は愛であることを附言し、更に日本の各地にあって窮乏のうちから多くの人々を救った人物の事蹟を述べている。

 第二章は再建日本の精神的基礎を発明発見と信仰とに見出だし、戦敗国興隆の跡を尋ね、アシジのフランシスを語り、ローマの衰亡を論じ、生物社会に道徳が存在することを説きラスキンの『ヴェニスの石』を引用して、時代精神が如何に建築に現われるかを述べた後、文化は生産の形式によって決定されるものではなく、時代精神が文化を作っていることを主張し、オーストリヤ、デンマーク、スエーデソ、フィンラソドの再建と復興を論じ、精密工業で国を興しているスイスを範とせよと提唱し、日本における多くの人々がキリスト愛の実践によって国を興そうとするならば『太陽いまだ地に落ちず』であると結ぶのである。

 第三章においては社会革命と新道徳とを論ずる。第一次大戦後のロシヤ革命の直後には性道徳の楽乱が起こったが、今日では再び子が父と呼び母とよぶ道徳に帰った。生物界にも母性愛が存在する。天地には悪を救おうとする意識がある。これがキリストとなって現われた。本能による生活は無意識的、道徳的生活は半意識的、悪人をも救い、罪ある者を救わんとするのは全意識的である、我々は全意識にめざめ十字架意識をもち、道徳的基礎を確立せねばならないという。

 第四章乃至第七章は宗教講演である。自然の秩序、目的性、生命の神秘を通して神を見る、宇宙は神の衣裳である等の論述があり、昭和二十二年当時における自然科学の新知識を加えつつ語る。『歴史を通して神を見る』においては歴史を神の恩寵史と見て、世界歴史とイスラエルの歴史とを概説し、キリストの出現について語り、日本人が敗戦の苦杯を通して新生に至るべきを説く。

 第八章は『日本再建と社会事業の重要性』について語る。災害救済事業、救貧事業、協同組合の使命等につき年来の所見を開陳し、経済民主主義の実践を提唱している。

 経済民主主義とは、生産消費、信用、販売、購買、利用、救済等すべてを協同組合でやることであり、たとえば生命保険を協同組合の信用組合で経営し、その保険金で諸工場をやり、その諸工場も協同組合でやるというようなことである。ここでもマルクス主義を批判し、マルクスの資本論は『資本主義の病理学』としては実に正しいが、社会治療学としては誤っていると述べている。

 第九章は『女性解放の根本精神』について語る。新憲法により法的に解放された女性は母として『尊厳の地位』を保ち、夫に対しては争うことをやめて夫の欠点を辛棒して導く態度をとるべきである、悪質遺伝もないのに産児制限はしないほうがよい、台所から解放される工夫をなし、健全な美を創り出し、内側の霊性美、すなわち善をきずき上げ、聖なる気持をもつようにすべきであると説く。

 第十章は『民主革命における労働組合の使命』を語る。敗戦以来、日本の労働組合はちょっと変調を来したようであるが、一時的な病的な現象であるから間もなく粛正されると信ずると述べ、民主主義時代における労働の尊厳、奉仕性、労働組合の互助性、労働組合による世界平和への貢献、労働意欲の精神性の五点について述べている。

 この章の最後の句は印象的である。『私も半生を顧みて労働運動のために戦って来たことを自ら誇っている。四回も牢屋に投ぜられ、四回も罰金刑に処せられたことも私は今も誇りに思っている……私はどうしても理想の世界は労働者が労働の尊厳を自覚し、奉仕性を知り、互助性を活用して世界平和建設のため労働意欲を燃えあがらせるのでなければ実現できないと思ったので、戦いつづけて苦心してきた。そして今やその時が来た……労働組合の人々も唯物的な理論に走り、無神論的観念に捉わるることをやめて、理想の追求に努力を集中したいものである……黎明を呼び醒ます者こそ真に崇敬すべき人類の解放者である。」





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