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新連載「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第128回『私の人生観』)

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「景勝・布引の滝の歌碑」(本日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/ )




賀川豊彦」のぶらり散歩
   

―作品の序文など―

      第128回


私の人生観


  昭和26年5月30日 梧桐書院 178頁


 本書『私の人生観』は、既に取り出した『宗教読本』『生活としての宗教』を底本として一部削除と新たな追加をして梧桐書院より出版されました。

 本書も著者の賀川の序文は入らず、編者の鑓田研一の「編者の言葉」が巻末に収められています。それも「1951年5月」の日付のみ変更して『宗教読本』の文章と同じですが、ここでは表紙などと「編者の言葉」を収めて置きます。



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                   『私の人生観』

                    編者の言葉


 賀川豊彦氏は。宗教界の偉材である。
 賀川氏を印度のガンジーと比較するのは、外國から起つだ事で、どこの國でも、宗教的生活者の良心と情操は、國境と人脈の別を越えて伸び上る。フラソスあたりの片田舎でも、日本人を見かけると、カガワつてどんな人かね、と訊くさうである。ジイドが日本でもてはやされても、まだそれほど一般化してはゐない。

 ところで、賀川氏とガンジーとの比較だが、宗数的気魄に於いて、瞑想的気分に於いて、正義と愛への傾倒に於いて、両者の間には著しく共通点のあることが、アメリカ人やフランス人の闊達な心の窓にはそのままに映るらしい。だが、その体験する宗教の色彩又は味覚といふ点になると、近代人は賀川氏の方にずつと魅力を感ずるであらう。

 賀川氏の宗教経験とその文學的表現は、実に多彩である。それは第一に氏の豊富な知性から来てゐる。メレジコフスキイの『神々の復活』の中に描かれてゐるダ・ヴインチは、最後には知性の破産を嘆く段取りになつてゐるが、賀川氏にはそんな事がない。それでは知性が信仰に打ち克つてゐるかといふと、さうでもない。氏は信仰に最高の王座を呉へてゐる。あらゆる知識は、全力的に、しかもその有効性の限界を越えることなしに、いはば信仰に仕へてゐる。信仰が女王なら、知識はその美しい侍女たちだ。氏が星を覗く望遠鏡を据ゑつけ、結晶体の標本を誂へ、ランゲの『唯物論史』や、ラスキンの『ヴェニスの石』や、ジーンズの『科学の新背景』を側近の者に翻訳させる時、氏の頭の中にあるものは、また、信仰と知性との問に置かれた正しい秩序である。

 賀川氏の宗教を多彩ならしめる第二の要素は、氏が文学者であり、詩人であることである。氏の百冊に近い著書の序文は大部分散文詩であるが、そこには、宗教的気醜と芸術的感動、純真な霊性と官能的感情が縦横に交錯して、高らかな交響楽を奏してゐる。ああいふ文章の書ける者はこの國にもちよつとゐない。

「生命芸術としての宗教」
「神の潮が良心の岸辺に高く渦巻く」
「聖浄は私の空気である。神の御顔ぽ拝せずとも、神の蝕指の爪先は、いっも私の眼に映る」
 かういふ表現の出来る者は、賀川氏を措いて他にない。

『聖書』は、新約、旧約を併せて、霊性の泉、生命のパンの貯蔵所だが、それと同時に、氏はそこに偉大な文學を見る。氏の小説の題は屡々『聖書』から取られる。『一粒の麦』『幻の兵車』『石の叫ぷ日』『乳と蜜の流るる郷』などがそれだ。                           ‘
 賀川氏の宗教に光彩を添へるもう一つの要因は、氏の生涯と性格が驚くほど特異なところにある。
 氏は芸者の子であり、氏の実兄にあたる人は、十六歳の頃から妾狂ひをして家産を蕩尽した。
 好色と淫乱の巷から、巌かな神の聲に呼び出されて、聖浄の生活に人つたのが賀川氏なのである。
永遠への思慕は、氏にあっては絶対感をおびてゐる。氏が肺患にかかつて長い間生と死の境を彷徨したこと、いっそ死ぬなら貧民のために尽くして、と覚悟して神戸の貧民窟に身を投じたこと、等等が、氏の宗教をどんなに香気に富んだ芳醇なものにしてゐるか知れない。

 だが、もし氏の人柄が控へ目で、もの静かで、つつましい一方だったら、これほどの結果は予定されなかったであらう。賀川氏の父は、官界に腰を据ゑてゐれば大臣にもなれる人物だったが、役人なんかつまらぬと放言して、弗相場に手を出し、企業熱に身を焦がした。冒険的と投機的――それを賀川氏も自らの性格の中にそのまま受け継いでゐる。しかし氏はそれを惜しみなくそっくり宗教の方へ持って行って、神のためにすべてを賭っだ。それを思ふ度に、私は心の愉悦を禁じ得ない。

 賀川氏は非常に瞑想的な性質で、森の中、道のほとりで、夜露に濡れそぼちながら長い間析ることの出来る人だが、さういふところだけが氏の本領ではない。氏の宗教的情熱は、深く内部に凝ると同時に、外部に向って、驟雨のやうに放射される。沈潜的であると同時に高踏的、個人的であると同時に社会的――病躯を駆使しながら、さういふ進み方をしてゐるのが氏である。神聖な冒険、神聖な投機の好愛が、この傾向に拍車をかける。後から後から社会事業を繰り拡げて、貧乏と借金に追はれながらも、氏は平然としてゐる。氏は奇蹟に期待する。氏にあっては、冒瞼と奇蹟はいつも背中合わせをしているらしい。

 氏を売名家のやうに云ふ人があるが、実を伴わない名に、さう簡軍に買ひ手がつくものではない。世の中はもっとせち辛くなってゐる。それを颯爽と切り抜けてゆくには、どうしても賀川氏のやうな性格が必要なのだ。

 氏の性格に私は歴史的意義を見る。
それでは、賀川氏の宗教は何派に属するか?
 この疑問はちよっとややこしいやうに見えるが、事実はさうでない。『聖書』一冊が氏の宗教の典拠である。氏の愛好する「生命宗教」といふ言葉にしても、イエスが「我は生命なり」と言ったのをそのまま取ったのだ。キャベツのやうに、必要な衣は幾枚かつけてゐるが、それを剥いでしまへば、中には蕊があるだけだ。もれが『聖書』である。だから、賀川氏の宗教の本質はごくごく単純であり、単純であるだけに、清く且つ美しい。氏の宗教に普遍性があり大衆的背景があるのは、そのためだと私は思ってゐる。

 古今の思想家、宗教家の中で、賀川氏に影響を及ぼした人は多い。理想主義哲学の祖プラトンなどもその一人であろう。トルストイ、ラスキンの影響も濃厚であった。とりわけ、トルストイには全部的に打ち込んだ時期がある。しかし遂には、そのトルストイをさへ訂正し得るやうな高さに氏は達したのである。

  一九五一年五月
                     編     者





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