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新連載「賀川豊彦」のぶらり散歩―作品の序文など(第132回『天の心 地の心』)

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「景勝・布引の滝の歌碑」(本日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)




賀川豊彦」のぶらり散歩
   

―作品の序文など―

      第132回


天の心 地の心


  昭和30年9月7日 実業之日本社 274頁


 本書『天の心 地の心』は、前著『聖書の話』が出版されて2年半ばかりの空白の後の作品です。第一部「天の心を地の心とせよ」、第二部「天の心を地の心とせし人々」の二部構成ですが、第二部の多くは戦前の作品が多く収められています。

 「1955・7・9」付けの賀川の「序」には、本書を仕上げる支援者のことは記されていませんが、前回の『聖書の話』に協力した鑓田研一氏かもしれません。それとも村島氏か武藤氏か。

 ここでは表紙と口絵写真、そして「序」並びに「序」の前に「著者略歴」もありますので、それらも取り出して置きます。また、本書は全集に収められており、武藤氏の解説もありましので、それも加えます。




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              『天の心・地の心』


 著者略歴

 明治二十一年七月十二日神戸市に生る。同四十年明治学院神学予科卒、神戸神学校に入
学、四十四年同校卒業。神戸市葺合新川の貧民街においてキリスト教布教に往事。大正三
年奨学金を得て米国プリンストン大学及同神学校に入学。同五年同校卒業後シカゴ大学に
学ぶ。帰国後大正七年には関西労働総同盟会長となり、また神戸市細民街に隣保館設立。
その後労働組合、農民組介、協同組合等あらゆる組合運動の先鞭をつけ、関東大震災には
難民保護に当り、また帝国経済会議々員、中央職業紹介委員会委員、済生会評議員、東京
市社会事業協会評議員等を委嘱された。
 昭和二十年には、厚生省救済委員会委員、同省顧問、内開総理大臣官参与、内閣議会制
度審議会委員、日本社会党を組織し顧問となるなど、終戦後の混乱した社会に活躍し、同
二十一年には貴族院議員に勅選され、全国農民組合会長に就任す。その後も終始キリスト
教布教に従事、貧民救済事業、社会事業等の措導実践、啓蒙宣伝を行う。
 現在、都社会事業協会、中央児童福祉審議会、済生会等各役員、全国農民組合長、雲柱
社理事長、世界連邦副総裁等多くの面に活躍、また前後九回世界各地に渡航。著書は「死線を越えて」「一粒の麦」「主観観経済学の原理」等多数がある。            /


                                           
                     


 支那の聖人孔子は、時代の激しい変転期には「天」を基準として人の心を易(かえ)るようにと易経を編集した。

 キリストは『私は一人じゃない、天の父といつも一緒にいるのです』と十字架を選んだ。

 フランスが百年間もイギリスに占領せられていた時、十六才の小娘ジャン・ダ・アルクは天の声を聞いて祖国を解放した。

 デンマークがドイツに占領せられた時、二十八才の青年グルドウィヒは、天の心を国民の心に植えつけてデンマークを再興した。

 ノルウェーがスウェーデンに占領せられていた時、南ノルウェーの農村青年ハソス・ニールソン・ハウゲは、天の声を春の雪解け時、畑の中で聞いた。それが、ノルウェーの再建の礎となった。

 日本の再建は、天の心を、地の心とすることから始まる。

 それを忘れて、唯物論に迷い、汚職に没頭し、刑務所を新設し、最高裁判所に防塞を築き、ゆがめられた地の心を以って、天の心に置き換えようとしている。ここに日本の新しき悲劇がある。

 明治維新は、まだ天の声に聞かんとする熱意を持っていた。明治六年切利支丹禁断の制札は撤去せられ、迫害を怖れず、多くの青年は、救国の祈りを天に捧げた。それが死を怖れざる熊本バンド、札幌バンド、横浜バンドの結成とたった。そして、この熱意が国会の設立となり、民主々義国家の運動として発展した。

 アブラハム・リンカーンは、徹夜の祈によって「奴隷解放」の宣言文を起草し、その精神を日本に運んだ横井小楠は京都御所に殺され、森有礼文部大臣は憲法発布の日に兇漢の手に倒れた。それにもかかわらず、日本の婦女子は、白色奴隷解放の祈に燃え、婦女禁売令は、明治五年の太政官布令となり、貯妾制度の廃止は法令なくして、民衆の常識となってしまった。

 しかし、軍閥の台頭は日本を遂に敗戦に導き、日本は遂に二千六百年の輝しき独立の歴史を反古にしてしまった。

 私は嘗て、満州の首都より追放令の予告を受けたことがあった。それは、私か新京で貯妾制度反対の演説をしたことが満州政府主脳部の忌むところとなったためであった。そして、太平洋戦争によって、日本は天を見失い、敗戦と共に唯物辨証法は「天」を嘲り、倫理道徳は日本を見捨てた。日本そのものが、軍閥下に於ける満州国のようになってしまった。

 今日の日本はダンテの画いた地獄以上のあさましい悲曲の連続である。

 私は、も一度、「天」を呼び、天の心を日本の心とする為めに、この書を戦災に焼け残った、日本の若き良心への遺産とする。

   一九五五、七、九、午前四時
                          賀  川  豊  彦





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          武藤富男著『賀川豊彦全集ダイジェスト』より

             『天の心、地の心』について


 『天の心、地の心』は東京の実業之日本社から昭和三十年九月七日に発行された。

 賀川が六十七歳の時、すなわち晩年の作品である。しかもこれは講演筆記でないから、文体がよく整い、内容も他の宗数的著作のように、同じことは、同じ表現の重複がなく、殊に後半は宗教的偉人の人物、事業を記述しており、読む人の興趣をそそるものがある。

 実業之日本社はこの時すでに賀川の著作として『石の枕を立てて』『処世読本』『東雲は瞬く』などを出版しており、キリスト精神をあまり表面に出さず、内に秘めながらじわじわと日本人の心に泌み通らせるような企画をもって賀川に書かせたものと推定される。本書もまたそうした型に属する著作であり、宗数的修養書とも名づくべきものである。

 本書は第一部「天の心を地の心とせよ」第二部『天の心を地の心とせし人々』に分かれており、前者は著者の見解を述べたもの、後者は人物評伝である。

 第一部の内容を紹介しよう。『天を基準とする生活』の項においては、太閤秀吉が『戦争に勝った時、勝に乗じて敵を追かけずに、一たん四辻に引返して、八方ににらみをきかせ』という四辻戦法の教訓を引き、『天に通ずる聖き野心』をもち見通しをきく目で事業をやれ、実業に従事する人は専門的知識だけでは経営ができない、寛容の気持、強い意志、その上、人の苦労を自分の苦労にして社会全体を引上げてゆく社会連帯意識の深みに徹せよ、これが宇宙精神に通ずることであると説く。(賀川はここで神といわずに天といい、キリストといわずに宇宙精神といっているのである。)

 悪につく下向きの生活をせず、天と自分とを一直線において誘惑に勝ち、一時の繁栄を目当てにしないで、天を基準とする生活をせよという。

 『日本を明るくする工夫』の項においては、日本は国土は狭いが自然に恵まれているから、生活教案を作り、樹木作物農業、有畜農業等より生ずる産物を加工することを学び、生活を豊かにせよ、『日本の青年よ、大自然に帰れ』と叫ぶ。

 『労働享楽時代の創造』の項においては、労働をいやがる国民か亡びるという実例をローマ、インド、清朝において示し、『わが父は今に至るまで働き給う』という聖句を引いて、労働神聖視による世界観の革新を説き、敗戦後の日本人が、賭博行為によって遊び暮しているのを批判し、更にこの頃から盛んになってきた労働争議による工場の休業に及び、昭和二十七年、二十八年の大工場や鉱山が、どんなに永い間争議による休業をし、そのため損失を招いたかを語っている。
 (資本家の暴威に対し労働組合の結成を促進し、自ら労働争議を指導した賀川も、戦後の労働争議のやり方に対してはよほど強い反対意見をもっていた。松岡駒吉君が、自分たちの作った労働組合がこんなものになろうとは思わなかったと嘆いていると賀川は当時私に語ったことがある。)

 労働争議に対しては争議前に労働調停裁判所を通過すべきである。さもないとロックアウトやストライキによって、完全雇用の理想が破られ、資本家も社会主義者も自らを裏切ることになり、自ら貧乏を製造することになると主張している。

 次に労働が面白くやれる方策を提唱し、経営者は、労働者の生活不安をなくし、労働過重にならないようにし、単調になる場合はリズムをつけたりラジオをかけたりして作業に変化を与え、作業工程やその目的を理解せしめ、生理的、心理的に作業の適格性を定め、労働者を人格的に尊重し、互助友愛の精神に満ちるようにし、つまらぬ作業でも宇宙目的、人生目的に合致することを教える等のことを提唱し、こうすれば、争議が起こらず、経営の不振が起らぬと結論している。

 次に日本人は男子も女子も敗戦から立上がり、世界に卒先して労働享楽の時代を創造すべきであるという。
 『激変する社会に処する道』の項においては、天を中心とする易経の教訓に従い、行き詰まったら零から再出発し、頭たらんとする者は人の僕となるべしというキリストの教えに従い奉仕の生活をすれば失業はない、大きな困難にぶつかった時は天に向かって立直れ、きれいに失敗する者こそ勝利者となる、正しい道を歩く者こそ勝利者となるという。

 『不景気を突破する精神』の項においては社会連帯性の経済を主張し、完全雇用の社会組織を協同組合によって実現し、これを世界全体に及ぼすべきことを提唱している。

 『現代にも立身出世はありうる』の項においては、労働階級から出て代議士になった大矢省三、現代の幡随院長兵衛といわれる武内勝、浪速銀行の小僧を振出しに大蔵大臣になった北村徳太郎等の実例をあげ、共産主義国においてすら『労働英雄』『技術英雄』『発明英雄』などがあって勲章をもらっている。アトリー内閣の外務大臣ベビンは炭坑夫出身であり、その他研究室の女性英雄があり、マーク・トインの如き河蒸気船のボーイが文豪になった例がある、人類社会に指導者を要する限り必ず立身出世があると結ぶ。

 『生き甲斐のある生活』の項においては、肺病院にて奉仕生活をした肺病患者の話、公正都市の建設者ジョンソンの話、カーネギー、フォード、ロックフェラーなどの話を語り、使命感に生きるようすすめ、生き甲斐のある生活とは『二度くり返したい生活』であるという。

 『割切れる理屈と割切れぬ人生』においては、理屈で割り切れても、人生には割り切れぬことが多いという主題で、左翼学生運動を批判し、礼儀と行動の美を論じ、社会風習を解剖し、マルクス、ジェームス、ランゲ等の哲学に言及し、永遠に割切れない生命の世界と信仰とがあるといい、理論を超越し、宇宙の志向性の指さすところを信じて良心生活を営むことが宗教であると結論する。

 『道徳復興なくして経済復興はない』においては、敗戦の結果起こった道徳の腐敗につき語り、ローマ衰亡史は日本への予言者であるといい、慢性インフレ下の慢性ストライキ、麻薬の流行、娠娠中絶等、日本の衰亡が露骨になったことを指摘し、公用族(社用族)資本主義の堕落を論じ、公用族の犯罪統計をあげ、道徳なくして経済の復興なく、宗教的基礎なくして国民を退廃から救うことはできないと結論する。

 『世界平和と世界危機』においては、レニンの暴力国家論の批判からはじまり、今日の解放運動には民族解放と無産者解放の二潮流のあることを指摘し、結局世界連邦制度によって世界平和を実現しなければならぬと提唱する。

 『天の心、地の心』は問いと答えの形式による解説であり、宗教とは? 宗教の四つの目的は? 新興宗教は迷信か? 神はあるか? 愛こそ神の心、生命は心を産む、科学で解けない生命の神秘、善と悪、平和と世界連邦運動、霊魂は宇宙の中にある、死は悲しからず等の諸項目に亘って賀川の見解を述べてあり、多くは『神による新生』をはじめ、その他の講演集にあらわれたものを集約したものである。

 第二部『天の心を地の心とせし人々』は宗教的偉人伝であるから一気呵成に読むことができる。

 一五四一年インドに渡って伝道し、一五五〇年日本を訪れて初めて日本にキリストをもたらしたポルトガル人ザビエル、信仰に生きた小西行長、キリスト教思想をいだいた近江聖人中江藤樹、印度の使徒靴屋のケエリー、中国への伝道者で聖書の中国語訳を完成したモリソン、中国キリスト教の開拓者ハドソソ・テーラー、奴隷解放の恩人リンカーン、日本黎明期の伝道者海老名弾正、インドの解放者マハトマ・ガンジー等九人の人物について語る。殊にケエリー、モリソン、テーラー等の伝記はくわしく記されており、ガンヂーについては一九三九年一月、賀川とガンヂーとの会見記から始まっているのが興味をそそる。


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