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「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第140回『賀川豊彦全集15』第3回配本「月報3」)

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「淡路人形浄瑠璃」(本日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/ )




賀川豊彦」のぶらり散歩
   

―作品の序文など―

      第140回


賀川豊彦全集15』(第3回配本「月報3」)


  
 『賀川豊彦全集』の第3回配本は、昭和37年11月10日に「文学作品」として分類されている第15巻が刊行されました。

 今回の「月報3」には、「愛・人格の創造」と題して野呂芳男氏(青山大学文学部教授)、「生きた本を読め」と題して阪本勝氏(兵庫県知事)などが寄稿しています。

 いずれも、貴重な文章ですので、前回と同じく箱表紙と本体の扉と写真と共に、月報の前記二つを取り出して置きます。また今回も月報に掲載されている写真も、鮮明ではありませんが取り出して置きます。




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           『賀川豊彦全集15』(第2回配本「月報3」

                 愛・人格の創造

                  野呂 芳男


 賀川豊彦先生に個人的にお会いしたことは、唯一度しかない。それは、一九五八年九月十五日のことで、当時私の牧していた青山学院教会の特別伝道集会に講演をお願いするためであった。教会員の三木弘さんと一緒に、松沢のお宅を訪問したのであるが、既にそれ程健康ではなかった先生が、いろいろと話をして下さり、私たちは時間の立つのも忘れてしまって、単に先生から講演の承諾をいただいたばかりでなく、強烈な印象をいただいで帰って来た。

 私は元来、有名人にお会いするのにいつもためらいを感じる人間である。忙しいのにやたらに人に訪ねられたら、随分と迷惑だろうと想像するからである。だから、賀川先生を前から尊敬し、何度もいろいろの機会に講演をうかがい、その著書を多く読んでいながらも、決して近づこうとは考えなかった。

 先生を最初に知ったのは小説「死線を越えて」を、都立三中(今の両国高校)の生徒の頃、夢中になって読んだ時であった。それがきっかけで、だいぶ先生の小説をあの頃読んだ。文学としての価値は私には分らないが、下町に育ち、洗礼を受けて間もなかったその当時の私には、とても大きな喜びであった。

 また、今でも強く印象にのこっているのは、終戦後間もなくのこと、たしか小岩のある教会でのことだったが、先生の講演を聞きにいって、大きな紙に筆で画をかいたり、数字を書いたりされて、話しを進められるのを面白く感じたこと、アメリカに留学していた時に、教授たちや他の神学生たちが先生のものをよく読み尊敬していたののに、これは日本以上の知られ方だと驚いたことなどである。

 私は自分の専門が組織神学の勉強とジョン・ウエスレーの研究なので、そういう角度から少し先生の思想を考えてみたい。先生がウェスレーに共感されていたことは周知の事実であるが、このことは先生の思想の根底が体験論的であるのと呼応している。キリストとその十字架の愛についての考えも、「キリストの贖い物をいれ換えるごとき、いわば物々交換的な考え方をすることは、今日通用しない。贖いとは、キリストという完全な坩堝に『私』が浴かされて、新しく創造されることである」(日本書房版―現代知性全集(39)『賀川豊彦集』一八八頁)というように、客観的にどういう手段で神が私を贖って下さるかということ――例えば「刑罰代償説」――よりは、私自身がキリストにおける神の愛を知ることによって変えられて行くという体験において考えられている。先生の場合には、こういう考えは、どうもわれわれが「近代紳学」と言っているものから来ているようである。愛ということを人格の創造として把えていることも、ここから来ているのだろう。自分を創造的に生かすものが、愛であり救である。だから、先生にとっては、救いとは自己否定ではなく、最後のところで本当に自己を生かすことなのである。

 先生は科学と宗教とを混同してしまっているとよく批難される。ところが、先生が、人間が、科学からいきなり宗教にこれると考えていたとは私には思えない。科学的な世界の観察は、いつも世界にある悪の存在のために、神信仰をそのまま生み出すものではないと、先生も考えている(前掲書一〇二頁)。むしろ、目に見える不完全な現実にも拘らず、生き創造せんとする意志が自分の中に、また、周囲に躍動するのを感じて、それへの共感に踏み切ることを信仰として考えたのである。これは、悪の存在を論理的には神から来ているものとしない勇気であって、ここから、先生の神が全備でない(神が全能でない)という主張(同)も生れて来ている。神そのものよりも、体験にあらわれてくる神の働きが中心になって思想が展開されている。

 バルト神学の全盛時代の日本のキリスト教界を、このような近代主義の思想をゆうゆうと保持して生きた先生に、深い感謝と尊敬とを抱くのは、私だけではないだろう。特に現在、バルト神学が批判され、新ためて近代主義の再評価がなされ、また、実存論的神学が台頭して来ている時に、先生の思想は新たな魅力をもってわれわれに迫ってくる。
                                  〔青山学院大学文学部教授〕





                 “生きた本を読め”

                   阪本  勝


 賀川さんは、私の生涯のコースを変えた人だ。
 昭和二年の夏のある日、今から数えて三十余年昔のことだが、私と賀川さんは、神戸の関西学院の校庭を散歩していた。ポプラの若葉が繁っていた記憶があるから、初夏だったと思うのだが、はっきりおぼえていない。

 われわれは広い学院のあちこちを歩いた。先生は雄弁にいろいろのことを話された。私は先生の博識に感歎しながら、だまってその話にきき入った。

 関西学院は今西宮市にあるが、当時はもとの神戸市上筒井、原田の森にあった。すなわち発祥の地にあったわけだ。赤レンガの建物が点在するなつかしい学舎であった。私はそこの謝師をしていた。先輩には、河上文太郎さんなどがいられた。

 賀川さんと私は、中学部の方に歩いて行った。そのとき、賀川さんは、立体農業について、さかんに論じられた。

 「阪本君、ポプラを植えて、いったい何になるんだ。せめて、リンゴだとか、ナシだとか、クルミだとか、人間生活にプラスになる樹を植えるということ、つまり立体農業というものを、学院ともあろうものが知らないのかね……」

 そんなことを言いながら、先生は、スウェーデンやデンマークの立体農業の話をし、舌端火をふく慨があった。

 それから話はつぎつぎと発展し、ついに選挙のことにおよんだ。

 昭和二年秋九月は、わが国において、普通選拳法による地方選挙が行われた最初の年である。昭和三年春に普選下で始めての国会選挙があったのだから、それに先立つ半年前の県会議員選挙は、日本の政治史上特筆すべき選挙だった。

 学院の校庭を散歩しながら、賀川先生は、きり出した。

 「阪本君、どうだい? ひとつこの秋神戸市から県会議員に立候補してみないか。勝っても負けてもいいじゃないか。やってみろよ」

 私は拒否しつづけた。だいたい私は政治というものが厭だったのだ。選挙なんて、とんでもない、けがらわしい、と私は思いこんでいた。だから賀川さんの意向をまっこうから拒絶した。

 しかし賀川さんの気持は十分理解できた。新川のスラム街から巣立った賀川豊彦が、普選という日本史上重大な時を迎えて、誰か立候補させ、世の中のすう勢を探りたかったのだろう。しかし私はいわゆる“象牙の塔”に立てこもりたかった。志は東洋における“H・G・ウェールス”たることにあった。街頭に立つことを私はきらった。

 賀川さんはボプラの下で、こんこんと私をくどいた。しかし私はこばみつづけた。

 そろそろ二人とも疲れかけたとき、賀川さんは、つぎのようなことを言った。

 「阪本君、人の一生は短かい。夜も寝ずに本を読んだところで、一生のうちに読める本はタカが知れている。それよりも、阪本君、社会という生きた本を読む気持になれないかね……」

 そのひとことが、ぐさっと私の胸をつきさした。先生はさらに続けてこんな風に言われた。

 「プロフェッサーの部屋で、外国語の本を読むのもいいだろう。しかし一生かかっで何ほどの本が読めると思うかい? それよりも、社会という本は、読んだその日から、血がにじみ出るんだ……」

 ああ、死線を越えて、人生に体あたりしている賀川さんなればこそ、言える言葉だ。

 私は敗けた。賀川さんの尊い言葉のもとに私は屈した。

 昭和二年秋九月、賀川豊彦、河上文太郎、森戸辰男諸先生の応援のもとに、私は神戸全市最高点で兵庫県会議員に当選した。

 賀川さんの一言は、私を象牙の塔から街頭へ引っぱり出した。賀川さんこそ、私の人生
のコースを決定した偉大なる先覚である。(昭和三十七年七月二十八日)
                                       〔兵庫県知事〕




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