スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第143回『賀川豊彦全集5』第6回配本「月報6」)

1


「淡路・うずしお観潮」(本日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



賀川豊彦」のぶらり散歩
   

―作品の序文など―

      第143回


賀川豊彦全集5』(第6回配本「月報6」)


  
 『賀川豊彦全集』の第6回配本は、昭和38年2月10日に「神・キリスト・聖書・教育」として分類されている第5巻が刊行されました。

 今回の「月報6」には、「なみだの神学」と題して岸 千年氏(日本福音ルーテル教会総会議長)、「“いつ殺されてもいいよ”」と題して木村毅氏(作家)などが寄稿しています。

 いずれも、貴重な文章ですので、前回と同じく箱表紙と本体の扉・写真と共に、月報の前記二つを取り出して置きます。また今回も月報に掲載されている写真も、鮮明ではありませんが取り出してみます。




2


3


4





            『賀川豊彦全集5』(第6回配本「月報6」)

                  なみだの神学

                   岸  千年


 賀川豊彦の神学を性格づけるとすれば、「涙の神学」といえるのではないだろうか。彼のおいたちを見ると、キリスト教入信にいたるまで「涙」を友とした日も多かったようである。敏感多才の彼は、入信後人間的な感傷の涙を、十字架の愛にむすびつけて、聖化された涙とした。いわば、「聖涙」をいっぱいあのただれた目のなかにもっていたようである。彼の著作には、「涙」がよく出てくるのであるが、講演中にもよく泣いた。彼は、涙の予言者エレミヤがすきのようであったが、相通じるものがあったのかも知れない。

 彼の思想は、時に、楽観的進化論と評価されることもある、科学をとき、字宙の再生力を説明するので、多少そのような印象を与えるのであろうが、不可知諭のダーウィンよりも、神の不思議なみわざを認めるファーブルに組する彼は、必ずしも直線的な進化論に立っていたといいきれないように思われる。

 彼は、異邦人の使徒をもって誇りとしたパウロの神学を身につけた。すくなくとも、彼は、そのように確信したようである。ことにキリストの十字架に対するパウロの深い理解は賀川の心を強くとらえたようである。

 「神による新生」の一節を引用しよう。
 「神の愛は十字架において現われている。ロマ書八章の三十五節から三十九節に記されているように、バウロはキリストの愛から離れることができない。この愛は単なる歴史的なキリストでない。死も生命もみ使いも権威ある者も破り得ない過去現在未来を通じての絶対的な法則である。それ自身がキリストである。これを悟ったパウロは、今まで拒んでいた神を人間に伝えるために志を立てたのであった。時はロマの道徳的退廃時代、地中海沿岸は悲しみに満たされ、悩みの声が津々浦々に溢れていた時に、再生の力を求めでいる無数の人々に、この十字架の愛を伝えようとして彼は起ったのである。」

 これは賀川豊彦自伝のなかにいれても、ぴったりと、はめこむことのできるような一節である。

 彼は、パウロを通じて、十字架の愛に対する深い反応を示した。その反応が、彼の社会的苦悩に対する反応に、ぷっつかったのである。神戸の貧民窟、新川にはいりこんだのも十字架の愛への反応と社会苦に対する反応との交差の結果であり、川崎造船所の大ストライキの先頭に立ったのもそれである。彼は、キリストの十字架をあおいで、そこにしたたりおちる宝血を人のために流された神の涙と見、社会のどん底にうちひしがれている同胞を見ては、涙せずにはおられなかったようだ。神の血涙で、彼の涙はきよめられ、自分のことをわすれて、うちひしがれた同胞のために前進せざるをえなかった。

 パウロは、十字架を逆説と見、その逆説をとらえて、これを一流の表現をもって伝えることに成功した。神でありながら奴隷の身にまで下って人間の重荷をになうという「しもべ神」については、パウロ流の逆説によるのでなければ、理解できないのである。

 この点をうまくとらえ得る者が、神学者という名をうけるにふさわしい者である。教会史上、この名をうけるに価する者は数すくないが、ルターは、その少数者のうちの第一位におかるべき人物と思う。

 ルターはいわゆる組織神学者ではなかった。しかし、「しもべ神」キリスト・イエスにおいて、現実に生きて活勁する神と生命的な交わりにいる道を会得し、それを逆説的表現で伝えようと努力した。ここに彼の神学の中心があった。

 神学者賀川もいわゆる組織神学者ではない。しかし、彼は、バウロが問題にし、ルターがうけついだキリストによる神の愛の理解とその実践に、一生をささげつくしたことによって、それ自体が、偉大な神学のように思われる。

 神の涙は、ラザロをよみがえらせた。それはめぐみであり、あわれみである。これに対して反応する人間の涙は、聖められて、宣教、教育、社会福祉の各領域に奇跡をあらわす。賀川神学は、このことを実証しているように思われるのである。この意味で彼は、神が、日本にさずけたもうた大きな賜物である。
                   〔日本福音ルーテル教会総会議長・日本ルーテル神学校校長〕





               ″いつ殺されてもいいよ″

                  木村  毅


 賀川さんのことは、方々にかいて、新らしい話材は、タネぎれである。

 十年ぐらい前だが、冨士での夏期大学に紹かれたとき、私はクーデンホフ・カレルギの活動の話をした。「汎ヨーロッパ」運動というので、それがEECの淵源となったこと、今ではだいぶ知れ渡ってきている。彼がこの運動を最初にはじめたのは一九二三年の大正十二年で、それから四五年して、アメリカの経済記者のバウル・ハッチンソンが、わざわざ、その調査に出かけ「欧州連盟の必然性」という本をかいている。

 その話をしたら賀川さんは、
 「話に出たパウル・ハッチンソンは侯の友人だ」
 と言って、いろいろのことを話してきかせた。私は今更のように、その世界的に顔のひろいのに驚いた。

 クーデンホフ・カレルギの母は日本女性であることは、早くからわかっていた。 
 私がその旧性が青山であることをつきとめ、その生家をさがしだして、その母の感化が如何に子のクーデンホフに及んでいるかをかいたら、一ぱんに敏感に、それに注目して、その原稿を「世界連邦」に転載さしてくれと言ってきたのは賀川さんのところだった。たしか村島帰之君から手紙で交渉があったのだとおぼえている。終戦後、間のない時のことだった。

 こういうことから考えて、いまのEECにたいしても、生きていたら賀川さんは、きっと多くの意見をもっていたにちがいないと思える。

 東京が都政をしいて、満十年になったとき、何を記念事業にしたらよかろうということになって、私がピカンを取りよせて植えたらどうだと提案した。

 しかしその種子をアメリカでは輸出禁止にしていて、普通では輸入できんが、ギリスド教団の手をかりれば、海外にもち出せるともきくから、賀川さんにたのんだらよかろうと、私は安井前知事にいった。

 安井知事の社会局長時代、賀川さんに顧問をたのんでいて、そのころ二人は交渉が深かったのだが、長い間、中絶していた。しかし安井氏が懇請すると、賀川さんは快諾して、おかげで東京都は五万個のビカンの実を入手し、それを植えて、五万本の苗をつくった。方々の都の農地に分植した筈だが、いまは、かなり大きくなっているだろう。

 賀川さんは、社会のため、人類のため、働いて、はたらいて、働きづつめにして、休養が不足して早世した。

 支那事変で、日本がニッチもサッチもゆかなくなった頃のことだが、新宿駅の前で、偶然出あって、しばらく立ち話をした。

 「憲兵隊がねらっているから、少し用心した方がいいですよ」
 と注意したら、慨然として賀川さんは、
 「僕はね、木村さん。こうなったら、いつ殺されてもいいと思っている」
 と言った。死ぬ用意はいつも出来ていたのだ。

 これで思い出すのは、吉野作造博士がサナトリュームに入った時、
 「だいじにして下さいよ」
 と言ったら、
 「いや、日本がファシズム化してしまうのを見る位なら、その前に死んだ方がいい」
 と言ったことだった。

 昨年の四月に、私は初めて賀川さんの生れ故郷の阿波にいって、ニカ所で講演して、その中に賀川さんの話もした。

 一面で、まり千代や、武原はんを出し、一面で賀川さんや新居格氏の出ている阿波という国は、じつに面白い国だと、つくづく思った。一種かわったカラーと魅力のある国で、近くもう一度いってみたいと思っている。                                        〔作家〕





5


6


7


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

keiyousan

Author:keiyousan
このブログのほかに同時進行のブログもうまれ全体を検索できる「鳥飼慶陽著作ブログ公開リスト」http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+toritori/ も作ってみました。ひとり遊びデス。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。