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「賀川豊彦」のぶらり散歩―作品の序文など(第152回『賀川豊彦全集2』第15回配本「月報15」)

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「須磨離宮公園の蓮池」(本日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



賀川豊彦」のぶらり散歩
   

―作品の序文など―

      第152回


賀川豊彦全集2』(第15回配本「月報15」)


  
 『賀川豊彦全集』の第15回配本は、昭和38年11月10日に「神・キリスト・聖書・教育」として分類されている第2巻が刊行されました。

 今回の「月報15」には、「燃えたぎっていた伝道者」と題して太田俊雄氏(日本聖書神学校教授)、「“オムツ教”の教祖」と題して田中芳三氏((財)イエス団理事)などが寄稿しています。

 いずれも、貴重な文章ですので、前回と同じく箱表紙と本体の扉・写真と共に、月報の前記二つを取り出して置きます。また今回も月報に掲載されている写真も、鮮明ではありませんが取り出してみます。




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           『賀川豊彦全集2』第15回配本「月報15」

               燃えたぎっていた伝道者

                  太田 俊雄


 伝道者賀川豊彦の内には火が燃えていた。「わたしはそうせずにはいられないから」福音を宜べ伝えているのだ(1コリント九・一六)というパウロの気持は、そのまま賀川の気持であった。「キリストの奴隷」「キりストに捕えられた」「生きているのは、もはや、わたしではない。キリストがわたしのうちに生きているのだ」などというパウ口言葉は、賀川にふれた時に、はじめてわかるような気がした。

 賀川は、「キリストのゆえにすべてのものを失ったが、それらのものをふん土のように思った」パウロに、あまりにもよく似たものをその身辺にただよわせていた。「キリストのゆえに愚かな者となり」切ったパウロの熱情は、賀川のうちにも燃えさかっていた。

 「極度に、耐えられないほど圧迫されて、生きる望みをさえ失っでしまい」もはや神を頼みとする以外に道のなかったパウロのような苦境に、賀川がおかれたことは何度あったことであろう! しかも、パウロのように「神が今後も(このような死の危険から)救い出してくださることを望んで」すこしもたじろぐことなく、彼は前進を続けたのである。

 軍国主義のいやが上にも燃え上っていた昭和十四年六月中旬、青森市の女子師範学校宗教講演をしたとき、絶対平和主義者賀川は声をからして絶叫した後で、はるか後方の左右の座席の方を指さし、「その辺で筆記をしている人々に言いますが、わたしは……と言ったのですよ。筆記にまちがいはないかよくたしかめてください」と言った。怒りにふるえているようでもあり、むせび泣いているようでもあった。そばにおられた中山真平牧師が、わたしにソッとささやいた。「刑事がはり込んでいますね!」 首都エルサレムを望み見て泣かれたイエスのように、賀川のうちには焼きつくすような愛国の熱情が燃えたぎっていた。それが「神と共に進め、大和民族」というような説教となってあらわれた。

 ある説教で、ハウロが列挙した苦難の数々(Ⅱコリントー一・二三~三三)を読んだ後で、賀川は冗談まじりに「僕はもっと多くの苦労をしているよ。スリの難、満員列車の難……」といって笑ったが、それは敗戦後の日本の各地を、あの列車地獄といわれた満員列車でとびまわって伝道していた頃のことである。

 「キリストの愛に迫られ」て、福音を宜べ伝えずにはおられないという燃え上るような熱情がうちになくて、どうしてあのような無理な伝道ができよう!

 伝道者賀川は、このように内に燃え上る熱情をもっていたから、全国いたるところで若人の心の内に火を燃え上らせていった。「道々お話しになった時……お互の心が内に燃えたではないか」と言い合ったイエスの弟子たち(ルカ二四・三二)のように、賀川にふれて、心の内に火を点ぜられ、今もその火を燃やし続けている人々が、全国にどれほどいることであろう。伝道者賀川は、こうして今も人々の心の中に生きている。

 昭和二十九年で日本聖書神学校の卒業式の特別説教に招かれて講壇に立った時、貿川は声が出なかつた。「…他の若い連中が・・喫茶店だ、映画だ、と遊びまわ時に……諸君は・・日本にキリストの福音を宜べ伝えようとして……汗とほこりにまみれ、つかれたからだで……毎晩毎晩こうして夜学に来て……四年も五年も勉強してくれたのかと思うと……わたしゃありがたくて……」と、賀川ははじめから泣きながら、とぎれとぎれに語った。これは真に賀川らしい姿として忘れられない。

 「世を救うためには癩者の膿をも吸う覚悟」で伝道し、奉仕した賀川から点火された焔を消してはならないと思うこと切である。
                        〔日本聖書神学校教授・日本基督教団教育委員〕
    




               “オムツ教”の教祖

                 田中 芳三


 この間の新聞やラジオに、一映画女優さんが医科研究とその奨学資金の基金として一億円を投げ出したことが報道されていた。自分のつまらぬことに多くの金を使うこの時代に、実に感心な話だと思った。

 しかしマスコミに大きく報道されないが故にあまり多く知られていないのが、賀川財団の実状ではなかろうか?

 私はある日、私の家にお泊りくださった賀川先生と珍問答をしたことを覚えている。
 「先生、先生は一生“オムツ教″(人のしりふきをせよとの教)をといて廻られたが、『賀川宗』というような自分の宗教を創作してその教祖になっておられれば、信者も金もたくさんでき、もっと有名になってその名声もいつまでも続いたでしょうね!」   ト
 「君、今さかんになっている○○宗は○○さんがつくったものだが、その○○さんが僕のところに逢ってきて勉強していたものだ。それでOO宗は僕の『説』が半分入っているよ。面白いね!」
「先生は今までに、今の金にして何億、何十億円という収入があったでしようが……」
「“死線を越えて”なんか、あんな下手くそな小説が気狂いのように売れて、当時の金で毎月何万円、何十万円と印税が入ってきた。でも、お金を持っているとたかられるので、金部ひと様にあげてしまったよ」。
とおうしやった。このようにして、己のものは何一つ持たなかった先生は、昭和三十四年一月、伝道旅行中に倒れた。東京の自宅といっても個人名儀の建物ではない。長年先生の陰の人となって奉仕してきた杉山健一郎氏らが心配して、現在の建物の隣りに静かに養生できる一部屋を建てようということになり、その了解を得るため、療養先の高松市ルカ病院に数人でお見舞に行ったことがある。
 「先生、東京へお帰りになっても足がご不自由では、二階の上り下りは大変でしょうから、ゆっくり養生される平屋を一部屋建てさせてください」
 「純基(先生のご長男)が改良して階段をつけている筈だから、いりません」
 「先生、弟子たちが孝行したいと言っているのですから、受けてください」
「いりません。キリストは何と言ったかね、『人の子は枕するところなし』と、僕も伝道して道の端で死んだら本望だ!」
 「先生、人の好意は受けるものですよ……」
すると先生は語気を強め、首を横にふりながら、
 「受けません、いりません。金田先生(大阪生野教会牧師)、田中君らにいらんと言ってくれ給え」
 (その後、弟子たちはレプタを出し合って一部屋を建て増した。先生も気分のよい時は夫人に背負われて二階からその部屋を眺めて喜ばれたとか……。永眠二十日前に四月四日には、死期の近づいたのを感知され、自らすすんでそのお風呂に入って湯あみされたとか……。そしてその柩が新居に安置され、始めて新居に一夜を明かされた。)

 このように、個人のものは何も残されなかった先生であったが、賀川財団として実に多くの物を残された。その関東方面における伝道、医療、社会、経済、教育事業を包含して雲柱社、関西方面におけるものをイエス団と名付けた。
 財団法人並びに社会福祉法人雲柱社には、教育事業五力所、厚生事業三ヵ所、伝道事業十ヵ所、保育事業八力所、簡易アパート二カ所等がある。この他に、開拓伝道、弱小教会、乏しい伝道者らに毎月生活費を助成する所十五ヵ所、社会事業助成四ヵ所がある。

 財団法人並びに社会福祉法人イエス団には、教育事業一ヵ所、保育事業九ヵ所、隣保事業二カ所、養護施設一ヵ所、診療所一ヵ所、簡易宿泊一ヵ所、母子寮一ヵ所、厚生事業二ヵ所等がある。(雪柱社ならびにイエス団所有敷地約十四万坪)

 また雲柱社及びイエス団が、土地や建物を提供し、賀川先生の伝道によってできた教会、それに類するものは、全国に二十数ヵ所ある。

 今は韓国領になっているが、済州島には千四百万町歩の“豊幸農場”がある。ここの平地では米麦が作られ、山腹には、松、杉、檜が植林されている。

 その他にも形の変ったものが種々あるが、以上のように賀川財団の事業は各地に散在しているばかりでなく、その業態も多種多様でありとうてい一個人の事業としては経営できないほどの大きなものである。そしてそれを貫いているものは、“我汝らを愛せし如く、汝らもまた互に相愛せよ″とのみ言葉、すなわちキリスト愛を実践せんとする賀川先生の精神運動の事業である。

                     〔財団法人イエス団理事、「荒野に水は湧く」の著者〕




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