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「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第164回武藤富男編著『百三人の賀川伝』)

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「日本モンキーセンター」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



賀川豊彦」のぶらり散歩
   

―作品の序文など―

      第164回


藤富男編著『百三人の賀川伝


  
 『賀川豊彦全集ダイジェスト』『評伝 賀川豊彦』などの著者・武藤富男氏には、豊彦の生前に「みんなで賀川伝」を書こうという呼びかけで原稿を集め『百三人の賀川伝』を編集していましたが、惜しくもこれは賀川の生前には出版されず、賀川の没後4ヶ月して、昭和35年8月に、キリスト新聞社より刊行されました。

 箱入りの上製本とは別に、普及版として分冊され、上巻は「ぼくは待っている」、下巻は「無言賦」という副題を付けて出版されました。

 ここでは、編著者の武藤富男氏の「序」と、分冊された下巻の「序」並びにその巻頭に収められた「涙の二等分」の写真をUPして置きます。



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 みんなで賀川伝を書こうということになり、原稿を募集したのは、昭和三十四年一月、賀川先生が高松にあって療養中の際でした。二月末、百名近くの方々から集まった原稿を整理しつつ、私は「この本が出版される頃には先生が再起して伝道戦線に立たれますように」と祈りました。この年の春、先生は東京の自宅に帰り、次第に快方に向い、この伝記が出版されるのを心待ちにし、「類例のない伝記の書き方である」と言っていました。

 昭和三十四年秋になって、先生の病状が悪化したので、私はあせり出し、何とかして在伊中に出版しようと努力しましたが、とうとう間に合いませんでした。先生に対し、また寄稿者各位に対し、まことに相すまぬことと思っております。おくれた理由はいろいろとありますが、原稿整理に手聞どったことが主なものです。殆んど手入れを要しない原稿もありましたが、充分に手を加えないと出版できないものもありました。しかし折角投稿して下さったものですから、どんな文章であっても、その中に何とかしてよいものを発見して、これを読み易く、形のととのったものにしようとして苦心しました。一人分十枚の原稿を整理するのに、十時間を要するものもありました。というのは、どんな原稿でもくり返し、くり返し読んで行くうちに、その紙背にある信仰と愛とが感ぜられ、賀川先生の人格が、かがやき出してくるからです。まるで金鉱でも精錬するように、丹念に整理訂正をして行くと、純金のような光が原稿の奥から射してきます。しかも表現が拙で素朴な文章ほど、よいものが現われてくる場合が多いことを経験しました。

 投稿者が賀川先生を描くに当っては、投稿者本人のことを書く必要があるのですが、それが多くの部分を占め過ぎて、自叙伝を書いてしまった方も幾人かありました。しかし自叙伝的部分をはしおると、なかなかよいものが残るのが常でした。

 原文の味はできるだけ重んじましたが、或る程度の文体と用語の統一とを図りました。賀川先生は、口語訳聖書を作る時も、敬語をやめようと提言し、敬語を好まず、簡潔な表現を好みましたので、原則として先生について敬語を用いることをやめ、会話の中で用いるか、婦人の原稿の或るものに残しました。

 編集は原則として年代の順により、一代記的なものは巻頭にかかげ、評論的なものは巻末におきました。

 一人が描いた賀川豊彦もすばらしいが、百人が集まって書いた賀川豊彦はもっとすばらしいと思います。

  昭和三十五年五月                武 藤 富 男




 (下巻の序)
                      


 百三人の賀川伝下巻は、四十五人の方々が投稿して下さったものを、昭和九年から昭和三千五年に至るまで、年代別に整理し、評論に属するものは巻末に集録するという方針で編集しました。

 「私の見た賀川豊彦」はキリスト新聞に発表したものに三話を加えて、皆さんのお仲問入りをさせて頂きました。私のものだけが頁をよけいとり過ぎたのは、寄合の上席に大あぐらをかいて坐りこんだような感を与えますが一年半にわたる編集の苦心に免じて許して頂きたいと思います。

 百三人の賀川伝は、もし横山春一氏の賀川伝をルカ伝型とすれば、マルコ伝型とヨハネ伝型とを合せたものといえましょう。

 後世、何人かが賀川先生の語録を中心に伝記を書くならば、マタイ伝型のものができ上がるかも知れません。それを期待します。

 ともあれ、大賀川の人物と信仰とを描き出している百三人の賀川伝上下二巻が、大賀川の背後にいます主キリストの栄光をあらわすようにと祈りつつ、これを世に送ります。

  昭和三十五年五月七日
                                    武藤富男


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