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「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第170回:ウイリアム・アキスリング著・志村武訳『軛(くびき)を負いてーアメリカ人の見た賀川豊彦苦闘史』)

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「神戸・会下山公園」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



賀川豊彦」のぶらり散歩
   

―作品の序文など―

      第170回


ウイリアム・アキスリング著:志村武訳
『軛(くびき)を負いてーいちアメリカ人の見た賀川豊彦苦闘史


  
 標記の翻訳書は、昭和24年3月に白亜社より出版されました。アキスリングについては、沢野正幸著『最初の名誉都民アキスリング博士』などでもよく知られていますが、本訳書の「日本語版序文」「改訂増補版への序文」、そして「まえがき」を取り出して置きます。

 訳者の志村武は、あの『青春の鈴木大拙』などを著した人ではないかと思いますが、巻末の「あとがき」も重要ですが、ここでは沢野氏の著書に収められているグラビアと、原書の表紙、アキスリングの「銘板」コピーなどを収めて置きます。




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               日本語版出版に際しての序文
                

 この賀川豊彦の傅記はフランス、ドイツ、オランダ、スカンヂナヴィア、トルコ、メキシコ、インド及び支那からの切たる要望の下に、ドイツ語、フランス語、オランダ語、スカンジナヴィア語、トルコ語、スペイン語、インドの方言、支那語(但し縮少版)、の九ケ國の言語に翻訳、出版された。

 その他、英國に於て英國々民とその植民地の人々の為に出版されたブリティッシュ版のものもあり、これも廣く江湖の読者の支持を得てゐる。

 賀川が今日、世界的な人物であるといふことは、衆目の一致する所であり、彼は全世界の視聴を一身に集めてゐる。‘                  

 彼こそは、洋の東西を問はず、一市民としては最も著名な日本人であると云ふことが出来よう。そうして彼については、國内よりも海外に於て一層著名であるといふことが屡々云はれてゐる。若しもそれが真実であるならば、彼を日本国民にあらためて紹介し、彼が今日まで日本人全体の福祉厚生の為に、幾多の風雪を忍び、總ゆる難難辛苦に耐え、苦難と犠牲の一途を辿り、遂ひにイエス・クリストの旗を天空高く掲げるに至った、その逞ましき信仰の一生について述べることは、決して無意味な試みでないことを確信する。

     一九四八年十一月
                    在  東  京
                             ウイジアム・アキスリング




                改訂増補版への序文


 この本が一九三二年に始めて公けにされて以来、早くも十四ヶ年の年月をけみした。

 この十四ヶ年は、世界の為にも、賀川一個人の為にも、実に数奇極りない年月であった。

 その間、彼の精神はひたすら前進し続け、彼の哲學は人生の総ゆる領域と密接なる連関をもつに至り、彼の生活は常に目まぐるしく展開する活動的分野に於いて、激しい労働と共にいとなまれまた。                                  

 この為に、彼の傅記には改訂増補が必要となり、こゝに、一九三二年から太平洋戦勃発までの間を取扱った「怒濤はるかに越えて」と、「風雲を衝いて]という二つ新しい章を付け加へた次第である。

    一九四六年一月
                   ボ ス ト ン
                            W・ア キ ス リ ン グ





                 ま え が、き


 賀川豊彦の人生は、今なほ進展の一途を辿りつつある。彼の前途にはより豊かな、そしてより円熟せる人生が洋々としで横たわってゐる。従って、いま彼の傅記にペンを執ることは、早きに失すると云はねばならない。

 彼の全人生の物語を記録するといふ興味深い仕事は、やがては専問の研究家の手を通して永く後世に傅へられることであらう。
                 
 この熱烈なる精神の持主――神秘なる東洋の申し子とも云うべき彼のメツセージは、その偉大なる魂と変転する現実の奥底から湧き起こり、灼熟せる焔となって、冷淡と皮肉と閑暇とに満ちてゐる世界に真正皿から挑戦した。 
       {
 即ち彼こそは、二十世紀の舞台上に於いて預言者の聲をもって語る神の如き人間であ り、その英雄的なる生活の中に、あらゆる時代をとおして救済と創造の力を発揮した幾多の原理を実際に体現した偉大なる人物である。
                           
 彼の中には相反する二つの人間性が存在してゐる。その一つは、友人達の熱烈たる信仰によって神化され、理想化された賀川であり、他の一つは、輝かしい理想の為に全力を挙げて闘う一個の血の通った人間としての賀川である。

 著者は、彼の四十四年間にわたる人生と仕事について、不滅の物語を紹介することに今日まで、長い間努めて来た。彼のかくされた人生と、その精神の働きをあらはす為には、数多なる著作の奥底に飛び込み、彼自身の言葉を織り込むことに努力した。

 各章の前後に對照的にのせてある短文と本文中にあらわれる引用文とは、賀川が眼を病んだ時、東京で書いた瞑想録の中から抜粋したものである。この書物にある引用文は、すべて日本で刊行された賀川の著書か、演説を英訳したものである。これらの資料の英訳は本書が始めてでる。

 「光は東方より」という東洋の諺があるが、社會的な連帯責任に對して明確なる意識をもつ西洋が渇仰してゐる光は、すでに東洋に於いては燃え上ってゐる。もしもこの書物が澄明となって、光を酉方に運ぶ役割を演するならば、著者の幸ひはこれに過ぎない。
             ’
 著者は、個入的な綴ぢ込みや、他の有益で必要な資料を整へるに当たって、有力な御協力を賜った賀川氏や、最初の草稿を読み、貴い暗示を輿へてくれたエデイナ・リッスリー・グレジット嬢や、その速記術で、熱心に、暖かい心をもって援助して下さったエデイス・E・・ボツト嬢に對し、深く感謝の意を表する次第である。最後に、私の妻が或いはよき相談相手として、或いは友情ある批判者として、はかりしれぬ助力を惜しまなかったことをここに記して置く。

    一九三二年一月
                     日本・東京
                            ウイリアム・アキスリング




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