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「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第174回:薄井清著『一粒の麦は死すともー賀川豊彦』)

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「ぶらり散歩・会下山公園」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



賀川豊彦」のぶらり散歩
   

―作品の序文など―

      第174回


薄井清著『一粒の麦は死すとも―賀川豊彦

  
 標記の著者・薄井清氏は「農民作家」として知られていますが、本書の奥付には、次のように記されています。

 薄井 清(うすい・きよし)
 昭和5年,東京都町田市の農家に生れる。24年より47年まで東京都農業改良普及員。31年『燃焼』で第1回農民文学賞,55年『権兵衛の生涯』で第28回地上文学賞受賞。
 主な著書に『都は土を狂わせる』『証言・農の軌跡』(家の光協会),『農業の崩壊と抵抗』(三一書房),『あの鳥を撃て』(日本経済評論社),『土は呼吸する』(社会思想社)など。
 日本良民文学会,新日本文学会各会員。

 本書の成り立ちに関しては、著者の「あとがき」に記されており、以下に取り出して置きますので、そちらをご覧いただくとして、賀川生誕百年記念のときに作られた映画「死線を越えて」では、山田監督はこの薄井氏の作品を参考にして脚本を練り上げておられるのではないか、と思った記憶があります。一読されて良い作品のひとつです。



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                     あとがき


 賀川豊彦が偉大なキリスト教徒であったことは、ずっと前から知っていた。また戦前に大ベストセラーになった、『死線を越えて』や『乳と蜜の流るる郷』の作者であることも、よく知っていた。しかしそれ以外の賀川豊彦についての知識は、ほとんど持ちあわせていなかった。

 身近な出来事をとおして、賀川豊彦の名を耳にしたことは一度だけある。終戦直後だった。

 戦時中に陸軍兵器学校の将校宿舎が私の家の近くに建てられたが、米軍が厚木進駐と同時にそれは接収され、米軍宿舎にかわった。はじめてみるアメリカ兵は、まるで赤鬼のように、恐ろしい存在だった。そのはずである。まだ敗戦から一か月もたっていなかったのだ。アメリカ兵は永久に住みつくらしい、といった噂に村民はふるえあがった。

 ところが数か月でアメリカ兵は消えた。
 「賀川豊彦というひとが、マッカーサーと談判し、アメリカ兵を追い出して、学校にするらしい……」

 こうして生れたミッションスクールが、数年前に夏の甲子園大会で優勝した、桜美林(オベリン)学園である。

 賀川豊彦という人間はドえらいやつだと、その当時びっくりしたのを、いまにして思いだしている。

 それはそれとして、一昨年の夏、日本農業新聞の岡部博圀氏から、全共連のページに『農協共済の父・賀川豊彦伝』を劇画(一乗寺光画伯)にして連載したいが、それの台本を書いてくれ、という依頼を受けた。そのときにはなんとなし引き受けてしまい、それからのにわか勉強で、賀川豊彦を知ったというのが実情である。

 参考文献を調べ、関係者からおはなしをきくにつれ、私はやみくもに賀川豊彦にのめりこんでいった。労働運動や農民運動の指導者としての在り方には、いささかの反撥や疑念もあるが、「農村・農民」を愛する賀川豊彦の生き方は、深く触発されるところがあったからである。

 これが“偉人″の魅力とでもいうのだろうか。

 いつしか私は波瀾に満ちた偉人の軌跡にまきこまれた。一途にその軌跡を駆けた。七十二年の足早の巨きな足跡を、息をはずませて追っているうちに、本書ができたというのが、書き終えたあとでの実感であった。

 いま読み返して思うのは、農業協同組合は戦後にマッカーサーからあたえられたものではなくて、賀川豊彦を含めた産業組合運動家たちが、血みどろの戦いの末に勝ちとった組織である、という感慨である。

 その農協は、昭和四十年代には「中国の長征」にもたとえられるような、大躍進を遂げた。だがいま、米価据置、減反、自由化、それに構造的な金融不況が重なり、農協は一つの岐路に立たされている。賀川豊彦が生きていたら、どのようなアドバイスがあるか興味のあるところだが、それは不可能である。本書に描かれた“農協の父″といえる偉人の生きざまをとおして、農協運動の原点をさぐり、新たな農協運動展開の糧になればというのが、著者としての、祈りであり、願いである。

 執筆にあたってとくに全面的なご指導をいただいたのが、東京医療生活協同組合理事長の黒川泰一氏である。また出版にさいしては、家の光協会の伊藤正徳氏に親身にまさるご協力をいただいた。――この場をかり、心から厚くお礼申し上げます……。

 じつは私も地元町田市忠生農協の、理事の立場にいるものである。

 一人の組合員として、一人の理事として、『農協の父・賀川豊彦』の魂の前に、農協運動をますます発展させるための努力をお誓いし、ペンをおくことにする。

  昭和五十七年十二月
                                 薄井 清



 主な参考文献

横山春一著『賀川豊彦伝』(新約書房)
鑓田研一著『賀川豊彦先生』(日曜世界社)
賀川豊彦著『樹木作物とその収穫』(林野庁)
賀川豊彦著『病床を道場として』(福書房)
隅谷三喜男著『賀川豊彦』(日本基督教団出版部)
黒田四郎著『人間賀川豊彦』(キリスト教新聞社)
黒川泰一著『沙漠に途あり』(家の光協会)
青木恵一郎著『日本農民運動史』(日本評論新社)
                     その他
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