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「賀川豊彦」のぶらり散歩ー作品の序文など(第184回:井上増吉著・賀川豊彦序『貧民窟詩集:日輪は再び昇る』

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「版画家・岩田健三郎さん」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



賀川豊彦」のぶらり散歩
   

―作品の序文など―

      第184回


井上増吉・賀川豊彦序『貧民窟詩集:日輪は再び昇る

  
 賀川豊彦が神戸の下町で歩みを初め、この地域の中から多彩な人々との出会いが起こりましたが、今回取り出す井上増吉氏はここの出身で、既に別のブログの「武内勝関係資料」のUPの際の連載でも取り上げてきました。

 本書は警醒社書店より大正15年に刊行されおり、その前には大正13年に東京・八光社より『貧民詩歌史論』(第一巻)を出版し、このあとも『貧民窟詩集・おお嵐に進む人間の群れよ』、徳富蘇峰の序文を収めて刊行されています。

 ここでは、賀川豊彦の「序」のみを取り出して置きます。




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                    序  文


 日本に詩人は多くあるだらう。而し、井上君の様に自らの悩みを真摯に打込んで書く詩人は少からうと思ふ。

 私は眼病で寝てゐる時に或る朝、この詩集を人に読んで貰つて、一時間ばかり泣き続けた。――

 大抵の人は、この詩集を読んで、此處に書いてあることを、ほんとにしないでもらう。

 然し私は、井上君の書いてゐることを、一つも疑ふ事は出来ない。私は、神戸の葺合新川貧民窟に居つた時のことを思ふて、あの厳粛な井上君の触れた心持ちを、涙無しには思出すことは出来なかつた。

 私は、この詩集に就いて感ずることは、一つや二つではない。井上君が、この誘惑の多い人間の最暗黒の世界に住んでゐて、その聖浄を穢さないと云ふ、まことに尊い経験が、この詩集の到ゐ處に現れてゐゐことが、その第一の理由である。

 井上君が幼い時から悩みの子であり、この書の中に現はれて居る如くに、父と一緒に放浪した幾年かの悲しみ、また、活動写真の旗持ちになって、市中を練り歩いた尊い経験など、君がプロレタリア作家として、生れつきの資格を備へてゐることなどが、この書の尊い第二の理由である。

 井上君が、その穢れた貧民窟に對して、救はんとする意志を起し、絶望と煩悶の中に懊悩してゐゐ姿が、この書の尊い第三の理由である。

 この書は、人間記録(ヒューマン・ドキュメント)として、まことに得難いものである。

 私などは、永く貧民窟に住んでゐたとは云へ、井上君の様に、その旋風濁人塵の中央に座ってゐるのと異って、私はかほどまでに、深刻な感覚を持つことが出来なかつた。私はたった一つの小さい貧氏窟かすら救ひ得なかったと云ふ悲しみと、私か出てからの貧民窟が、昔ながらの貧民窟であることを考へつつ、この詩集を読んで、悲しかったのである。

 私は、井上君を小さい時から知ってゐる。君のお母さんは、実に立派な婦人であって、私は人間として、井上君のお母さんの様に愛に満ちた人は少からうと思ってゐる。貧民窟の天の使の様に生れつきの親切心を持って、誰、かれとなしに世話した君のお母さんの愛は、いまだに貧民窟の物語りになってゐる。

 そのお母さんの遺言か守って、君は貧民窟の為に一生を捧げゐ心でゐられる。その尊い志を私は尊敬せずには居られないのである。

 井上君は珍らしい程の読書家である。私は君が今後一層精進努力し、貧者及び弱者の為に献身せられることを祈って止まないものである。

                            賀 川 豊 彦
                                    一五、九、二一
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