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村島帰之の労働運動昔ばなし(第18回)

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「高松・玉藻公園」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.or.jp/40223/)




村島帰之の労働運動昔ばなし(18)

『労働研究』(第138号)1959年8月号連載分


               第三回 清野長太郎知事時代

    (前回のつづき)

                   温情主義一辺倒


 清野知事の諮問に対する資本家側の回答の詳しい内容は判明しないが、わたしが県高等課から聞いて書いた記事によると「工場主は温情をもってすべての労働問題は解決できると考え、従って友愛会のような労働組合は不要、治安警察法の撤廃や八時間労働制は時期尚早」といった回答であったらしい。今から思うとウソのような話だが、本とうの話である。

 またその頃、毎日新聞の「月曜論壇」でわたしが松方幸次郎氏の労働問題観を評した記事の切抜が残っているが、それによると、松方氏は日米船鉄交換会成立の理由を説明して、

 「実は十万の従業員を如何にするかの問題のために奮起したもので、自分たちの利益が少くなるというようなケチな考えからしだのではない」

 と大見栄をきっているのは、近代的親分松方氏らしいが、そのあとで「……わが国の資本家と労働者とは、さして反目することもなく来ているから、今後も資本家が労働者を愛撫してさえやれば、労働組合はなくても十分労働問題の解決はできる。」といっているのに対し、「今日あるを知って進展して行く明日を考えない言だ」として、年若のわたしは論壇でかみついている。

 なおその記事の中で、三菱造船所が日用品を頒ち、演芸会などを開いて、できるだけの温情を示しているにもかかわらず、多くの労働者は三菱を去って、温情的施設の比較的少い、が収入のいい川崎造船所の万へ移動するという事実を挙げている。これは後記の清野知事の依嘱による労働組合の調査報告と符合するところがある。

    (つづく)

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