スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

拙著『賀川豊彦と現代』を紹介して頂いた新聞や雑誌(1)


部落問題の解決の歴史から見ると、同和対策事業特別措置法という10年間の時限立法が施行された1969年から10年余、事実上それは3年間延長されて1982年3月まで継続されましたが、このときが大きな節目となって、行政・教育・運動の全体が、旧来の進め方を「見直す」方向を模索していくことになります。(その後、法律の名称を変更しながら、遂に21世紀をまたいで2002年3月末まで、法的措置は延長されて北のですけれども)


ところが、日本の宗教界はこうした「見直し」の方向に背を向けて、1981年以降になって、特定の解放運動団体の「確認糾弾」を受けながら「連帯行動」に突き進んでいくという歴史を刻んだことは、私の別のブログでも詳しく掲載してまいりました。


それはともかくとして、前回まで長期間連載してきた拙著『賀川豊彦と現代』を書き下ろしれたのは1988年です。漸くこうした動向を批判的に論じあう時を迎えつつあったのでしょうか、本書が出版されるとすぐ、数多くの新聞や雑誌などで好意的な紹介が行われていきました。


言うまでもなくこのときは期せずして「賀川豊彦生誕百年記念」の年に当たっていて、国内外で多彩な記念イベントが進んでいましたから、「賀川豊彦」への関心が当時まだ消えていなかったことを示すものでもありました。


そこで今回から数回に分けて『賀川豊彦と現代』を取り上げて頂いた新聞や雑誌から、いくつかを掲載して置きます。全国各地から手紙やはがきで、貴重なご意見や感想をいただいていますが、それらはここには掲載しません。


第1回では、地元「神戸新聞」が、1988年7月5日付朝刊で、取材も全く受けずに取り上げた記事を掲載します。ちょうどこのときは神戸新聞を購読していて、朝これを見て、びっくりしたことを記憶しています。



1


2



神戸新聞のみならず一般にマスコミの世界では、「差別問題」を取り上げることは積極的ですが、「差別問題」を批判的に吟味検討して論じるようなものにはいたって消極的でした。地元神戸新聞もその傾向を強く残していた新聞社だったと思いますが、ナントナント私の書き下ろした小著を、真正面から取り上げて、大きな紙面を使って紹介されているので、驚いてしまいました。


この記事は、神戸新聞社のどなたがお書きになったのか、少々気にはなっていました。


ところが、同じとき(1988年7月)に、雑誌『雪』の「ほん・本」の蘭の「ふるさと出版物」のところに、当時「神戸新聞編集委員」をしておられた有井基さんの、次のような記事が掲載されていたのです。




3




一読すると、ここに書かれている内容と新聞記事とは重なっているので、これはこの方の筆になるものだと判りました。

後にご本人とお会いする機会があり、有井さんの方から笑いながら、そのことを私に当時のことを「こぼれ話」風に、いろいろと立ち入ったことをお話しになりました。当時はまだ、そうした時代で、ひとつ記事を書くのにも、勇気のいることだったことは、よくわかります。


ともかく、この地元新聞で、このように理解のある記事が紹介されたことは、私にとっては、大変嬉しい経験でした。

それまで殆ど薮の中とでもいえるような、キリスト教界で引き起こされていた事態が、こうして世間にもバレてしまったということでしたが、自戒をこめて申し上げれば、宗教界はもっともっと、良い意味での世間の常識・見識に学ばねば、笑い者になるばかりですね。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

keiyousan

Author:keiyousan
このブログのほかに同時進行のブログもうまれ全体を検索できる「鳥飼慶陽著作ブログ公開リスト」http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+toritori/ も作ってみました。ひとり遊びデス。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。