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村島帰之の労働運動昔ばなし(第29回)

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「今年の名月も間近か」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



村島帰之の労働運動昔ばなし(29

『労働研究』(第141号)1959年11月号連載分


                第四回 友愛会長と友愛婆さん

      (前回の続き)

                   米騒動と神戸


 そこへ突然、米騒動が富山県滑川の漁村の女房たちによって火蓋を切られ、たちまち全国に拡がった。大正七年八月のことだった。

 神戸は外米輸入元だというので鈴木商店が焼かれ、ついでに近所の神戸新聞社も川崎造船所の御用紙だといってやられ、さらに飛火して因業家主だといって兵神館が焼かれた。

賀川氏の住む葺合新川部落では八月十二日から廿二日までの十日間に八百十九名の暴行容疑者が引っぱら れ、物上情騒然たるものがあった。

 そこで清野知事が音頭をとって富豪を説き金を出させ、また県から精米所を指定して軍隊警衛の下に玄米を精白し、神戸市内十八ヵ所で廉売させるという緊急処置をとった。

 大阪では、夜は五人以上組んで歩くことが禁止された。わたしは神戸へ赴任する直前だったが、大阪日本橋三丁目で暴民と軍隊とが対峙しているというのでその方に派遣された

 夜に入ると暴民はいつどこで拾って来たのか小石を軍隊の方に向って一斉に投げて来る。軍隊と暴民は幾度か衝突し、片方が引けば片方が押すといった事をいつまでも繰返していたが、しまいには軍隊の方からパンパーンという銃声が起った。さア、軍隊はついに発砲した。

 そう思ってわたしは新聞社に飛んで帰り、大急ぎで書いた記事が翌朝には社会面のトップにデカデカとのった。標題は「軍隊ついに発砲す」だった。

 しかし、あとから聞くと発砲は発砲でも空砲で脅かしのためのものだったと判り、あわて者の臨時事件記者の特ダネもフイになった。

 この米騒動は都市社会事業(公設食堂・公設市場・公益質屋・共同宿泊所等)や方面委員制度の創始となり、公益職業紹介所の施設となり、前回記した清野知事の県営紹介所のプランまで飛び出したが、労働運動方面の影響はこれ以上で各地に争議が続発した。

 しかし、神戸では動かざること林のごとくだった。戦前に比し物価は七割の昂騰だということだが、神戸の熟練工は戦時手当・残業歩増その他により、割合に収入が多かったからである。

      (つづく)


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