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村島帰之の労働運動昔ばなし(第36回)

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「日本の名湯百選:わが故郷の関金温泉」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



村島帰之の労働運動昔ばなし(36

『労働研究』(第143号)1960年1月号連載分


               第五回 神戸新川における賀川豊彦

      (前回に続く)
  
                    寝た者夫婦の現実


 長屋の端には便所があったが、その不潔さは鼻と目を覆かせた。賀川氏に聞くと、二十戸に一つぐらいの便所で、少くとも八、九十人の男女がそこで用を足すのだし、肥くみもなかなか来てくれないので、びろうな話だが不浄物は不二山形に堆積しているのが通路から丸見えである。というのは、便所の戸や汲取口の戸はいつかみな燃料になってしまって一つもないからである。

 こうした非衛生と悪臭の中にあけくれ生活している長屋の人たちは、悪臭を悪臭と感ずる感覚を麻庫させている。賀川氏は「あの人たちは、よく屁、屁といって笑いますが、本とうの屁の匂いは多分知っていますまい」といって笑った。

 やがて賀川氏は有名な二畳敷長屋へ案内してくれた。名の如く一戸二畳しかない長屋で、便所も台所もない。路地が台所である。さなきだに狭い路地はそのため一そう狭ばめられて、わたしたちは小さくなってでないと通れない。

 賀川氏の説明ではこの二畳敷に少くも四、五人の家族が住み、中には九人も住んでいるのがあるという。世間の人がドン底の人たちには貞操観念がないというが、ないというよりは、この居住状態ではあり得ようがないのだ。

 現に二畳敷に独りで住っていたある女は、三日目か四回目にはきっと手ごめに会っていたという。彼女は貞操を守ろうにも守るべき道がないのだ。そこで守ることの困難な貞操を守ろうよりは、むしろこれをパンに換えるのが賢明だということにならざるを得ない。賀川氏はその一例としていざり乞食の寡婦お玉の話をしてくれた。

 お玉の亭主の乞食は二週間前に死んだ。それで三十五日の供養をしたいといって、賀川氏の向隣りに住む盲乞食の家の同居者徳に二円五十銭の借金を申入れる。そして供養のすんだ夜、お玉はもう徳のものになっていた。徳は仲間の乞食を招いて祝宴を張ったが、その翌朝新夫婦の姿は長屋から消えてしまっていた。寡婦の貞節は三十五日、それでも先夫の供養をすませているのだから、お玉は貞婦だったと賞讃されたという。

 また中には、亭主が張番をして妻が春をひさぐ者もあり、姦通は悪いとされていても姦夫の方が、妻を盗まれた男よりも強ければ泣寝入りのほかはなかった。

 さらにあさましいのは、妻に死なれた男が娼婦を後妻にもらったが、数年たって息子が成長しその後妻と関係ができてしまった。しかもこの親子の三角関係がせまい長屋の同じ部屋で平和につづけられたという例もあったとか。

 スラムでは「寝た者夫婦」という言葉もあるとかで、性生活のみだれは言語に絶すると賀川氏は慨嘆して話してくれたあと「人間はどこまで堕落して行こうというのでしょう。わたしたちは社会苦と共に人間苦の解決に大きな使命を感じるのです」といった。



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