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村島帰之の労働運動昔ばなし(第48回)

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「初めて見た大きな虹」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)




村島帰之の労働運動昔ばなし(48

『労働研究』(第149号)1960年7月号連載分

   第七回 「死線を越えて」の裏話

        ―賀川豊彦追想録―

  

                 神戸の生んだ異彩


 世界の人・賀川豊彦氏は去る4月23日夜、71才をもって天に凱旋した。確かに氏は世界的な存在であった。しかし同時に氏は神戸の人であったことも忘れてはならない。

 賀川氏は神戸市兵庫島上町に生れた神戸ッ子である。幼にして父母に先立たれたため生れ故郷の神戸を去って徳島の義母の許に引きとられた。

 氏は妾腹の子であった。なさぬ仲の義母の下で育った少年時代は決してたのしいものではなかった。中学を卒えると上京して明治学院神学部に入学したが後、神戸神学校が創立されるのと一しょに再び生れ故郷の神戸に帰り、学業の余暇、神戸葺合新川部落で、貧民窟伝道を始めた。

 そして前後9年8ヵ月にわたって貧民窟の中に住みこみ、貧しい人々の霊肉の救いのために献身し、また大正7年頃からは友愛会の労働組合運動に関与したことはあまりにも有名である。

 特に大正10年の神戸大争議では指導者の1人として活躍し、賀川豊彦の名はにわかに天下に知れわたり、海外にも紹介され、またたびたび世界各地から招かれて世界を家とする伝道旅行がなされてその名声は世界的となった。

 米国ではハイスクールの副読本に「カガワ・イン・スラム」の一章が掲載され、またロサンゼルスの郊外には「カガワ・ストリート」という町まであって、先年筆者は賀川氏と一しょにを訪れた。

 (つづく)

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