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村島帰之の労働運動昔ばなし(第50回)

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「版画家・岩田健三郎さんのお話」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



村島帰之の労働運動昔ばなし(50

『労働研究』(第149号)1960年7月号連載分

   第七回 「死線を越えて」の裏話
        ―賀川豊彦追想録―


   (前回に続く)
   
                「死線」を越えての出る前


 私はこの小説が「改造」に載る以前、その原稿を葺合新川の氏の宅で見たことかあった。罫も何もないロール半紙に、天地左右の余白もあけず、ぎっしりと詰めて、毛筆で書いた原稿を示された時、実をいうと、4、5枚読んだだけでウンザリした。

 この部分は、氏が貧民窟に入る遥か前、三河蒲郡の海岸で、呼吸器病の療養をしていた頃書出したもので、氏の文学青年時代の平凡な恋愛小説である。氏はこれを明冶学院の先輩である島崎藤村に閲読を乞うたことがあったが、藤村は丁寧に一覧した後、「これは後になってあなたの大切な記録となるでしょうから、大事にしてしまって置きなさい」と評して返された。藤村のその書信を氏は序文のつもりで、原稿の最初の頁に綴込んでいたが、スラムに入ってから、誰が涕をかんだのか紛失したーと、私に語った。

 小説は、その後、氏の血のにじむやうなスラムにおける体験を附け足すことによって、後世に残る大作品となった。「改造」に「死線を越えて」と題して掲載された最初の部分は前記の時のものそのままであったが、後半は中途から洗練された筆で新しく補足された貴重なスラムのルポルタージュであった。

 改造社で、「死線を越えて」を単行本として出版する議の起った時、私は前記横関氏から相談を受けた。私は迚ても売れるしろものではないと思ったのでその旨返事をした。横関氏から折返し手紙が来た。それには「君の返事の来るのが遅かったので、山本社長の言う儘、兎に角出版することとした。僕も些か不安だ」と記されてあった。


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 「死線を越えて」が本になって世の中に出だ。氏としてはそれ以前に「イエス伝論争史」とか、「貧民心理の研究」とか、その他宗教書や少年向読物などの著書はあったが文学書特に小説としてはこれが最初のものだった。

 その頃、世間の一部では、頭脳の秀れた学者としての氏の価値を認め初めてはいたが、文学方面の作者としての氏を認めるものなどは全くなく、従って書物の売行も香しくはなかったが、出版者は思いきって広告をして見ようということになった。山本社長の賀川心酔がそうさせたのである。

 そこで半頁大の新聞広告を出し1頁大のをさえ出した。半頁1頁の広告は、その当時にあっては珍しく、広告料単価の低廉の売薬以外に、そんな大広告をする向はなかった。1行の広告料は60銭ぐらいであったが、1段140行として半頁-6段の広告料は600円であった。その半頁広告を一新聞に一度だけでなしに、何回も繰返して一流新聞の凡べてに掲載しだのだから、宣伝費は何万円一今日なら何千方円一という巨額に上った。

 こう油をかけられては、つい釣られて読むようになるのは人情で「死線を越えて」は売れて行った。昭和9年10月に初版を出したのがわずか3ヵ月で3万部を売りつくし、10年1月に入って此度は思いきって5万部を増刷した。

 そこえ、降ってわいたごとく神戸の大労働争議が勃発した。「死線を越えて」の初版刊行後8ヵ月目の大正10年6月12日の事である。

 神戸川崎、三菱両造船所2万6千の労働者は大罷業を起した。指揮者は野倉万治氏でこれを助ける参謀がほかならぬ賀川豊彦その人である。そして大示威運動の余威は遂に警官と乱闘を演じ抜剣騒ぎから職工側に死人をさえ出して、賀川氏らは警察に引致され、短時日ではあったが、囹圄の身となった。賀川氏は忽ちにして「新時代の英雄」となった。
                   
 「死線を越えて」の出版者が、これを看過する筈はなかった。神戸に大争議のリーダー賀川の血を以て綴った小説を読まずして、新時代を語る資格はないと許り、連日、デカデカと新聞の半頁を越える大広告の連発である。世間はおツ魂げてしまった。そして「死線を越えて」を読まねば恥のように考えて、人々は争ってこの本を手にした。

    (つづく)


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