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村島帰之の労働運動昔ばなし(第57回)

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本日のブログ「岩田健三郎画文集」http://deainoie.fukuwarai.net/



村島帰之の労働運動昔ばなし(57

『労働研究』(第153号)1960年11月号連載分

第八回 大正八年という年
―弾圧と風刺する演説入りラッパ節―


   (前回の続き)
 
友愛会の1万人運動


 まず労働条件ではまだ10時間労働制の実施を望んでいる者が多く、8時間制を望む者と同数あることを指摘せねばならない。つまり当時は12時間近くの労働を強制されていて、8時間制はまだ夢だったのである。その意味からいって、大正8年の川崎造船所がサボタージュの後、たとえ名目だけでも8時間労働を獲得したことは意義が深い。
         
 賃金問題では残業なしで日給2円以上(月に直せば50円程度)といっているのも、今から見るとむしろほほえましいではないか。

 労働組合の公認を求める者の多いのは注目に値いしよう。団結権や争議権もなく労働運動を事実上禁じていた治安警察法第17条の廃止を要求する者と合算すると20名に近い。後に記すように大正8、9、10年に各地で頻発した争議の大部分がこの要求をかかげているのもそのためである。

 労働組合運動自体に関する事項では労働会館を持ちたいという希望が一ばん多いが、これはまだ独立の事務所さえ持たず、大阪連合会は2階に西尾末広氏の親戚の者が住み階下の2間だけの事務所、神戸連合会もお妾横町の2階借というさもしい住いとあってみれば当然の欲求であったといえよう。

 友愛会員の増加を希望するのは恐らく全員の声だったと思われる。大正7年から8年へかけての関西の友愛会の発展の跡を見ると

 大正6年5月  神戸連合会結成(7年1月久留弘三主務就任)      
         大阪連合会結成(7年2月西尾末広主務就任)     
  7年    神戸葺合支部結成(支部長賀川豊彦)       
    8年    神戸尻池支部結成(支部長村島帰之)         
     4月  関西同盟会結成    

 組合員数は大阪、神戸連合会がそれぞれ3、000を越え、京都を加えても8,000には達していなかった。それで久留弘三氏が友愛会関西出張所主任兼神戸連合会主務に就任してまず最初に着手したのは会員の獲得で、会員1万人を目標にしてPRに努力した。久留氏らはこれを「1万人運動」と称し、にわか雨の時に組合員に貸すため番傘を作り、傘一面に「友愛会員1万人運動」と大書した。わたしもその1本をもらったが、ちょっと気がひけてさず勇気がなく、他の労働運動の資料と共に大原社会問題研究所に寄附したが、今はどうなっていることだろう。

     (つづく)


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