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村島帰之の労働運動昔ばなし(第64回)

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「長田神社から新湊川合流点あたり」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



村島帰之の労働運動昔ばなし(64

『労働研究』(第153号)1960年11月号連載分

 第九回 日本最初のサボタージュ
     ―タナボタの8時間労働制―
 
 

             一度やって見たいサボ


 大正8年8月18日、大阪毎日新聞夕刊のトップの「神戸川崎造船所職工1万6千人の大同盟怠業(サボタージュ)」という3段ぬきの見出しが読者を驚かせた。疑くり深い読者は「同盟怠業」は「同盟罷業」の誤植だろうと思った。念のためほかの新聞をひらいて見ると、川崎造船所職工の要求が拒絶されたという報道はあるが怠業の夕の字も出ていない。

 サボタージュは新聞の読者にとって初耳であっただけではなく、これを胸先につきつけられた川崎造船所でも全く始めてお目にかかるしろものだったし、またこの新労働戦術を採用した当の職工諸君にとっても甚だケッタイなものであった。いいや、これをスクープした毎日新聞でも、私以外の者はみなけげんな面持だった。

 私が夕刊締切のギリギリにごの記事を毎日神戸支局から大阪本社へ電話で送った時、これを受けた速記者は「サボタージュって何やね」と問いかえした。「日本最初の風変りな労働争議だ。ほかの新聞はみな知らない。本社の特ダネだ。デカデカと大きく取扱ってもらってくれ」と息をはずませて説明したことを思い出す。

 しかし一般の人々にはサボタージュは初見参の珍しい争議戦術だったが、労働組合では一一少くとも、神戸の友愛会の幹部のあいだではおぼろげではあるが聞き知っていて、ストに対する弾圧の裏をかいていつかは一度やってみたいと思っている者もあったのだ。

 私はその頃アメリカのIWWから送られて来た「サボタージュ」と題するパンフレットを読んで始めてサボタージュを知り、またブーゼの「サボタージュ」の英訳本が丸善に来ていると聞いて取りよせて読んで、その新知識を、友愛会神戸連合会の労働講座で得意になって話した。連合会の新知識といわれた川崎造船所電機工作部の旋盤工青柿善一郎氏らは「一ぺん、わしらでやってかましたろうか」といっていた。その上、発禁になったが「改造」に山川菊栄氏らのサボタージュ論がのって、一部の幹部はこれを回覧し、怠業をやって見ようという考えが、友愛会の幹部の中に次第に成長して行った。

   (つづく)

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