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村島帰之の労働運動昔ばなし(第66回)

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「ぶらり登山:高取山」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



村島帰之の労働運動昔ばなし(66

『労働研究』(第153号)1960年11月号連載分

  第九回 日本最初のサボタージュ
      ―タナボタの8時間労働制― 

 
       (前回の続き)

               これがサポタージュだ


 工場の門は既に保安委員と呼ぶ争議団員によって守られていたが、友愛会の会合で私を知っている連中が多く、微笑をもって迎えてくれた。

 これが普通の罷業なら、工場内は旗がふられ、労働歌が歌われ、デモの渦巻が見られるところだが、工場内はふだんの日よりも静かである。空中にかかっている大きなガントリークレーンもノロノロと動いているだけで、宙ブリの車体の上からは、いたずら小僧がブラッセルの小使小僧の真似をして地上のわれわれの上にあたたかい霧を降らせる。5台の造船台でも、日頃は耳を聾するばかり騒がしい鋲打ちのエヤ・リベットの音が、申しわけのようにホンの時たまひびくだけだ。仕事を中止しているのではない。みんな配置に着いてはいるが能率は意識して極度に下げているのである。しかも、空を見上げると、煙突からは煙が濠々とあがっているが、機械は空廻りしているだけだ。大きな鉄板に穴をあけるポンスエ場でも鉄板がフラフープのようにくるくると廻ってはいるものの穴を穿つ作業はやめているから能率はゼロというよりはマイナスである。

 工場の作業は全く麻痺している。しかし職工は職場の位置に居るのだからストではない。リベットも時たまだが音を立てているのだから作業は中止されているわけではない。ボイラーの係は平常よりも沢山の石炭をくべているのだ。これがサボタージュというものだ。それを私は現実に見た。

 私は胸をとどろかせながら、夕刊の締切時間の迫る新聞社に、私か親しく見た日本最初のサボタージュを報道するすこめ、川崎本社から相生橋々畔の毎日支局まで、ひた走りに走った。他の新聞社ではサボタージュの事は夢にも知らず、係の記者は川崎造船所職工の要求拒絶というだけのニュースを書き終って一服している頃だろう――。

 夕刊にサボタージュの記事がデカデカとのり、しかもこれが毎日新聞以外には全く報道されていないのを見て、一番最初に私を訪ねて来たのは所轄相生橋警察署の高等係主任の黒岩警部だった。警部は生れて始めて聞いたサボタージュについて質問し、さらに、川崎造船所職工がどうしてこの新戦術を採用するようになったか、またあなたはどうしてこの事を知ったか、と訊いた。私は友愛会の幹部は書物を読んだり、組合の労働講座を開いたりして、海外の労働運動の戦術については先刻ご承知だ、と答え、わたしがこれをスクープしたのはわたしの耳が早やかったからだ、と衿らしげに話した。そしてサボは海外では20数年前から行われているものだ、と教えてやった。

   (つづく)



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