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村島帰之の労働運動昔ばなし(第70回)

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「但馬日高伝道所創立60周年記念のお祝い」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



村島帰之の労働運動昔ばなし(70

『労働研究』(第153号)1960年11月号連載分

 第九回 日本最初のサボタージュ
     ―タナボタの8時間労働制―
 
 
       (前回の続き)

                 ご用暴力団の介入


 松方社長との会見が不得要領に終って、地下室から引きあげて来た野倉代表は、出口のところで人相のよくない一団に取り囲まれた。「ちよづと顔を貸してくれ」といって野倉氏を物かげへつれて行った。彼らは造船所へ人夫を供給しているK組の親方とその輩下で高飛車に「このサボをオレたちに仲裁させろ」というのだ。

 野倉氏は「委員と相談する」といってその場をはずして来たが、さすがの野倉氏も沈痛な面持で筆者に向っで「困った困った」を繰返していた。しかし会社の御用団体に委せられるような事柄ではない。かといって彼らの暴力と争うことになれば折角の争議がこじれてしまう。結局、金で解決をつけるほかに道はない、と判断してその金の捻出方法を協議した。

 暴力団は野倉氏らが返答を遅らせているのに業を煮やし、委員一同が会合している「みつわ」へ押しかけて行って、野倉氏の顔にゲンコを喰わせたこともあった。だが野倉氏らは彼らの挑戦に乗らず委員の中には喧嘩早い連中もいたが、大事の前の小事と歯をくいしばって忍耐した。そして結局金でお引取りを願ったようだった。

 争議の会計報告を見ると、9日にわたる争議総経費3、200円、そのうち前後17回にわたった牛肉屋みつわその他での会合費689円81銭、雑費がタッタ100円、残り2、500円は「造船部Y委員、製缶部K委員の退職餞別金」となっているが、この餞別金は、実は暴力団への鼻ぐすりで、これにより仲裁の手を引いてもらったので、YとKは貰わぬ餞別金を貰って退職して行っだもの、と私は解している。

   (つづく)
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