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村島帰之の労働運動昔ばなし(第73回)

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村島帰之の労働運動昔ばなし(73

『労働研究』(第158号)1961年4月号連載分

 第十回 サボタージュの反響
     ―特に河上肇氏の擁護論―
 
 
       
               サボタージュの誤訳


 ストには慣れている世間も、新奇な労働戦術としてのサボの出現には驚いた。そしてそれぞれの立場からサボを批判した。使用者側の批判は、ストライキと違って、就業しながら意識して生産を阻害するこの戦術を憎んで、ほとんど例外なしにこれを批判した。

 松方氏のいったように、あるいは男らしくないといい、また、生産をマヒせしめる、卑劣な戦術だといった。そして争議をやるのならサッパリとストライキをやるがいい、というのだった。

 この場合、私として申わけなく思うのは、サボタージュを「同盟怠業]と訳し、わざわざ「サボタージュ」と振り仮名までつけて新聞にデカデカと報道し、他の新聞も例外なくこれにならったため、サボタージュという争議戦術は単に仕事をなまけることであるかのような印象を一般に与えてしまったことだ。

 川崎のサボがあって以後、何事によらず、なまけることを「サボる」というようになったが、これはサボ自身にとってもまことに心外であったに違いない。

 前記の如く、サボは単にノロノロとなまけることだけを意味するものではなく、ある場合は、その反対のこともある。鉄道従業員の行うサボのように、就業規則を忠実に遵奉し、停車中の列車の車両を一台一台ていねいに点検して歩いて故障がないかどうかを確かめたりする。これは遵法行為で批難をうける理由はない。しかしこの事によって列車の発車が遅れ、ダイヤが狂い、交通をマヒさせて使用者に対し罷業に劣らぬ打撃を与えるのだから明らかにサボタージュである。

 また川崎でやったように、仕事はしないけれども、ボイラーには平常よりも多くの石炭を焚くというのも少くとも、竃たきの火夫にとっては、なまけるどころか、むしろ骨が折れて忙しいわけで、怠業という言葉はこの場合、当を得ない。             

 もちろん、これは罷業でもない。いうなれば生産麻痺の痺をとって痺業とでもすべきなのだろうが、ヒ業では罷業と混同し易いし、字づらもよくない。やはり、サボタージュが農夫のはく木靴から来たことを考慮に入れて、一応ノ口ノロと仕事をすることをサボと解釈し「同盟罷業」と語呂の合うように「同盟怠業」と訳することが一ばん適切だと私は考えたのだった。

 それにブルタニカを引いてみてもサボタージュはイギリスではCa-Canyといわれるそうで、Ca-Canyの説明としてgo sIow or be carefull not to do much と注釈してある。つまり、英国でも、ゆっくりとやったり、仕事の能率をあげないようにすることがサボの原理だと解しているのだ。そこでゴースローをそのまま怠業としてしまったわけであった。

 しかし、事情はどうあろうと、サボタージュを単に怠けることのように誤解させたことは、これを不用意に「同盟怠業」と訳して新聞に報道し、サボ=なまけることと曲解させた私の罪である。サボの直後、関一博士は「経済論叢」でこの点を衝いて私をやっつけられたが、私としては一言もなかったのである。 

      (つづく)


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まとめ【村島帰之の労働運動昔】

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