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村島帰之の労働運動昔ばなし(第74回)

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「明石城」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



村島帰之の労働運動昔ばなし(74

『労働研究』(第158号)1961年4月号連載分

第十回 サボタージュの反響
    ――特に河上肇氏の擁護論


(前回のつづき)

     
                 河上肇博士の所説


 関博士から訳語が不適当だとしてやっつけられた直後、河上肇博士が「同盟怠業の道徳的批判について」と題し、サボに対する世評の誤っていることを指摘してくれられたのには大にわが意を強うした。

 河上博士は力強くこういっている。「労働者同盟怠業と同じ性質のことを、資本家も屡々実行しているのに、資本家に向ってば一向これを批難しないで、独り労働者に向ってのみ特にこれを批難するのは、果して公平といえるだろうか」

 「例えば糸価下落の際、紡績業者がいわゆる操業短縮を行うごとき、人間の生命の発展を故意に抑制する生産制限は、事業界の全般にわたって行われ、これにより資本家は純然たる不労所得を獲得しつつある。このような資本家により行われるところの人為的生産制限に対し、世人は平常全くこれを馬耳東風と見すごしながら、労働者がその唯一の商品たる労働力の販売に関し、同様な人為的の供給制限を行う時、これに対してのみ、なぜ甚しき批難を加えるのか」

 「経済組織の必然性にもとづいて資本家側が罷業または怠業(事業の短縮を指す)を行う時は、やむを得ないこととして見すごしておきながら、同じ経済組織の必然性にもとづいて、労働者が罷業または怠業を行う時は直ちにこれに向って道徳的批難を加えるというのは決して公平な態度ではない。従ってそのいうところの道徳は、明らかに資本家的道徳一―資本家のために都合のよい階級的道徳――だといわざるを得ない」

 こうして博士は労働者の罷業に対しても、また怠業に対しても、道徳的批難を加えることは当を得ていないと、くりかえし説いているのである。

   (つづく)


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