スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

村島帰之の労働運動昔ばなし(第77回)

1


「一麦保育園創立80周年記念・一麦の碑」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



村島帰之の労働運動昔ばなし(77

『労働研究』(第158号)1961年4月号連載分

第十回 サボタージュの反響
    ――特に河上肇氏の擁護論


(前回のつづき)

                夕刊紙上に「怠業の弁」


 サボターシュの反響は識者や学者からの論評があっただけでなく、労働者の中からもあったが、それが意外にもサボヘの批難であった。新聞社へもサボを批難する投書が舞いこんで少からず私を悲しませた。中にはサボのリーダー野倉栄治氏をひやかして「ノクラ栄治」といっているのもあった。野倉氏はそれ以来、自分でも「ノラクラ栄治」と称し、サボタージュののち私が神戸を去って大阪本社に復帰する時、野倉氏らが催してくれた送別会の寄せがきにも、彼は自ら「ノラクラ栄治」と書いている。

 それはともかくとして、前記河上博士の如くサボを了解してくれる識者は割合少く、サボへの風当りは強かった。そこで私は野倉氏や青柳氏と相談して、「怠業の弁]を毎日新聞にのせることにした。

 紙面も兵庫県付録では読者の範囲がせまいので、本紙の夕刊二面の寄書欄にのるよう依頼した。岡崎支局長も賛成してくれたのでその通り運んだ。筆者は野倉氏になっていたが、実際執筆したのは青柿氏であった。

 この記事は野倉氏の追悼録にも収録されてあるが、要旨は治安警察法があって事実上、罷業のできないわれわれは、仕事を罷めないで、しかも罷業と同じ効果をあげる争議戦術として怠業を行う以外に道はない、といった風のものであった。短い弁明だったが、この記事を読んで野倉氏らの考え方を了解してくれた人も多かったことと思う。                

  (つづく)



スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

keiyousan

Author:keiyousan
このブログのほかに同時進行のブログもうまれ全体を検索できる「鳥飼慶陽著作ブログ公開リスト」http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+toritori/ も作ってみました。ひとり遊びデス。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。