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村島帰之の労働運動昔ばなし(第83回)

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村島帰之の労働運動昔ばなし(83

『労働研究』(第160号)1961年6・7月号連載分

第十一回 いわゆる「八時間労働制」
    ――川崎のサボが起こした波紋


    (つづき)        

              「8時間労働は時期尚早」

 第1回国際労働会議が労働原則9ケ条を議決した時、使用者は大いに狼狽した。そしてこれを正面から反対し阻止することは、とうていできないにしても、その実施を少しでも先きに延ばそうと必死になった。

日本工業倶楽部ではそうした空気を作るため、大正8年8月、ちょうど川崎のサボタージュの姶まろうとしていた頃、全国の商業会議所に諮問し、神戸商業会議所では各工場主の意見をまとめた。鐘紡、川崎、三菱等の大工場は「回答未着」だったがその他の工場主の回答を総合すると次のようなものだった。

 第1 8時間労働問題
 1 連系作業による工業には8時労働は実施困難であるが連結作業による工業ならびに就業者の身体及び健康に直接危害を及ぼす事業(エ場法施行令第三条該当事業)には8時間労働の実施は可能である。

2 8時間労働実施の困難なる事情としては資本の欠乏による生産設備の不十分、労働者の規律的習慣ならびに精力集中の欠乏、体力貧弱に伴う能率の低下によって来る生産の減少などが重なる原因で、現に請負制度を実施している工場では請負賃率を改正しない限り労働時間の制限は不可能である。

 また労働時間の長い農業労働者をして都市集中の傾向を旺盛ならしめることもこれが一原因である(工湯主中には現在ある1日、15日の休日を毎日曜毎に改正するぐらいは容易だという者がある)

 右の8時間労働問題につづいて失業予防、夜業廃止、婦人労働の各問題にふれた後わが国がこれに加盟する条件として次の如く結語しているのである。
          
 国際労働原則9箇条は労働条件改善のため人道の理想を説いたもので双手をあげて賛成 すべきであるが、一国の産業の発達には特殊の伝統と事情があるから、欧米百年の犠牲と 経験とからなったものを直ちに日本の現状に移すことは考えものである。ゆえに実施期間 に相当の猶予を置くを条件として加盟すべきである。

 時期尚早だ。日本の労働事情と欧米先進国のそれとは違う――これが当時の工場主の8時間労働に対する共通した意見で、鐘紡の武藤山治氏もこの意見をもっていた。それを押切った松万幸次郎氏はやはりエラモノであったといえよう。

 しかし、甚だヒネクレた言い方かもしれんが、その松方氏もサボタージュ事件がなかったら、まだ「調査中」を続けていたのではなかろうか。

 私はその頃始まったメーデーの示威行列にうたう歌を作るよう友愛会から頼まれて、歌と一しょに「デカンヨ節」をおそえものに作ったが、その中にこんなのがあった。

 「8時間労働も、やれない国が、聞いてあきれる一等国ヨーイ、ヨーイ、デッカンショ」
 
(この時のデカンショ節のうち「どうせやるならデッカイことなされ、世界中まっくろけのストライキ」というのは禁止を命ぜられた)日本は戦力では一等国でも、労働問題ではインド並みだったのである。


     (つづく)



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まとめ【村島帰之の労働運動昔】

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