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村島帰之「労働運動昔ばなし」(『労働研究』連載:第12回)

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「美しい帆船:CUTTY SARK」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)




  村島帰之「労働運動昔ばなし

   『労働研究』(第161号)1961年8月号連載分

     第十二回 三菱の「九時間労働制」
          ――県下大工場の「右へならえ」


 試験的に9時間制を

 川崎造船言が8時間労働制の実施を発表すると、一ばん衝撃をうけたのはいうまでもなく同業のライバル三菱造船所であった。これまでも三菱は厚生施設では川崎にまさっていても、かんじんの労働条件では劣っているというのが定評であった。それが、たとえ名目だけにしても川崎が8時間労働制に踏切ったというのだから三菱としても黙ってはいられなくなったのは当然である。

 そこで10月6日から9時間労働制を実施すると発表した。川崎より遅れること1ヵ月、その上、労働時間も1時間長い。先頭走者川崎との間にハッキリと1時間の差がついたわけである。

 しかし、三菱としてはまだ厚生施設では川崎よりも優位にあるという自負があるので、1時間の名目上の労働時間の差ぐらいは何でもない、とうそぶいた。9時間労働制実施に当り、永原次長が大要次のような趣旨のことを新聞記者に発表した事でも判る。

 「川崎造船所の8時間労働制を見ると、単に給料の計算単位を8時間に引下げたというに止まって、国際労働会議において採択された8時間労働制の精神である職工の福祉および保健の増進という点からは程遠い。本社は職工の福祉増進についてはかねてから意を注いで来たが、労働会議の8時間制議決に当り、日本政府が主張した如く、その理想に至る段階としてまず9時間労働制を試験的に実施することとしたのである――と。

 その年に開かれた第1回国際労働会議では8時間労働制が議決されたが、日本は国内の労働情勢がまだそこまで至りついていないことを理由に、インドなどの後進国同様、除外例を認めてもらって9時間労働制の実施を決した。それも国内法の整備のため実施を5年後の1922年(大正11年)まで猶予してもらうこととしたのであった。(このことはこんどのILO総会での週40時間労働の勧告を時期尚早として渋って、とうとう流産にもちこんだのと軌を一にしている。日本の特殊性と時期尚早論は今も40年前と変っていない)

 そういうわけで、三菱造船所としては、日本政府が8時間労働制の理想に至るプロセスとして意図した9時間労働制を採用したのだ。しかし、政府がその9時間制の実施を3年後としているのに反し、三菱は一足先きに、猶予期間を置かず、そのまま即時実行するのだから、むしろ鼻高々だったのである。
 もっとも、9時間労働制とはいっても、川崎の8時間労働制と同様、仕事の急ぐ場合は時間外労働(残業)を課するというのだから、どちらにしても、労働会議の8時間制議決からは、かなりの距離の存したことはいうまでもない。

 右へならえの22工場

 こうして三菱造船所が9時間労働制に踏みきると、県下でも連鎖反応的に続々とこれに「右へならえ」する工揚が続出した。さきに川崎造船所の8時間制実施の際、ちゅうちょしてこれにならうチャンスを逸した小中工場は、三菱の9時間制実施と聞き、こんどはバスに乗り遅れまいと大いそぎで9時間制を実施したのだ。労働者優遇のためというよりは、そうしなければ熟練職工が逃げ出すからである。

 私の手許に残っている新聞の切抜を見ると、三菱が9時間制の実施期日と定めたと同じ10月6日に、三菱と足なみを揃えて9時間制へ踏出した工場が兵庫県下だけでも2造船所、10鉄工所の13工場を数え、また6日のスタートには遅れたが、同月末日までに実施しだのが9工場(主として鉄工所)で、その合計は22工場を数えている。

 10月6日 浜田、佐野両造船所、森田、兵庫、紅田、鈴木、岡本、高尾、中山、東出各鉄工所、明治工作所、神戸発動機
 同 9日 佐原鋳造
 同 10日 宮下製軸、平田鋳鉄工所
 同 11日 箔井鉄工所、北海林業
 同 14日 阪東式調帯
 同 16日 神戸鋳造鉄工
 同 20日 向井鉄工所
 同 21日 鈴木製油

 なおこのほか、三菱に数日先立って10月1日から9時間を実施した向もあった。日本発動機製造と浜崎造船所の2工場で、これは川崎の8時間労働実施を見て自発的9時間制を考え、三菱より一足先きに始めたものである。

 従って9時間労働は三菱の創始というわけには行かぬことは、川崎の8時間労働の場合と同様である。殊に10月中に9時間労働を実施した前記23工場の中には、残業をせず、純粋に9時間労働ズバリを実施した工場が10工場を数えているのだから、9時間プラスアルファの三菱はあまり自慢できたものではない。

 ついでに8時間労働制を実施した県下の72工場について見ても、60工場は川崎同様歩増2割乃至3割を支給して残業をしているが10工場は純粋の8時間労働制を実施したのだから「川崎の8時間ケツクラヘ」である。ただ、これらの純粋8、9時間労働制を実施したのは比較的仕事のヒマな中小工場で、職工数1万を越える川崎、三菱両大造船所とは同日に論ずるのは酷である。

 三菱の職工側は喜ばず

 ところで、三菱の9時間労働制実施に対する評判はどうであったか。三菱造船所では口を開くと「三菱は川崎よりも職工の福祉増進を考えて、日用品の廉売などにも意を注いでいる」という。しかし、職工側にいわせると、そうした温情施設よりも賃金をふやし、残業しなくても生計を立て得るようにしてもらいたいというのである。安い米を供給してやるから、安い賃金で我慢して、8時間労働の、9時間労働のといわず、残業をしてジャンジャン稼ぐがいい、というのは承服できない。ましてや、 汗の賃金の支払単位が川崎の8時間に対し1時間長い9時間というのは甚だうれしくない、というのだった。

 三菱の9時間労働制が実施されて間もなく、私の許に三菱の一職工からこの事について投書が来た。私はこれを「警笛」欄に掲載した。原文のままを次に転載する


                8時間制と三菱 
                          三菱中○生

 最近川崎造船を初め住友鈴木その他大小会社工場が続々8時間労働制を実現なしつつある中に独り三菱のみは兼ての腹案とかである時間制度を発表した。その理由として報ずる処によれば8時間制度の一階梯として先ず試験的に9時間制を布いたのであるとか。過日の新聞紙上に三菱副長永原氏の名において「川崎造船の8時間労働制を見ると単に給料の計算単位を変更した迄で職工の保健、国際労働会議へ持出された真の精神が十分斟酌されて居ない」と論ぜられたのであるが、三菱が実施せんとする9時間制度に職工の保健及び国際労働会議の精神が何程存在して居るのであろうか、吾人は甚だ疑わざるを得ないものである。

 殊に川崎に於ては従来の手当を本給に繰入れたのみならず上に薄くして下に厚き賃銀値上をも実施された、これを今回三菱発表の8割手当の本給直し10時間制の9時間制に比較すればいかに贔屓目に見るも川崎に比して遜色のあることは事実である。

 つぎに述べて置きたいのは三菱の最も誇号する購買組合制度である、会社では60銭の米を役員には実費、職工には25銭で供給せりと云うのであるが、60銭の米としてはあまりにも粗質である。しかしてここに一思案を要することは三菱は川崎その他の工場に比して賃銀の一般的に低廉である事実である。すなわち三菱では日給1円10銭内外の職工は上等の部類で職工伍長にして1円20銭内外のもの多々あり、組長にあっても1円50銭前後、職工として最高の責任者たる工長に至るも2円を上下するのである。

 われわれの臆測によれば安米を供給するが故に安日給を以てするのではあるまいか、もし吾人の見解にして当らんか、安日給を以て安米を得るも、高日給を得て高い米を口にするも帰着する処は何等の変わりなく差引零である。米以外の日用品の供給を受けんには貯金の資格を要する点も問題である。

 想うに会社は貯金奨励の意味に於てかくの如き資格を設けたものであろうが、職工の預金人員3、567名、預金総額216、058円で、総人員8、000余人の半数にも足りない。すなわち総人員の半数はこの制度に浴して居らないのである。今後はかかる不徹底なる制を廃し預金の有無にかかわらずこれを一般に提供し以て購買組合の組合たるの所以を明かにすべきである。

 温情主義への懐疑

 この投書でも判るように、三菱の造船工は、折角の9時間労働制も会社が予期したほどよろこびはしなかったのである。これは、川崎よりも1時間長い労働制であったことに対する失望もあるが、一つには三菱の温情主義的なやり方に対する反撥もあったのではないか、と思う。

 この事実を証明するため、8時間労働9時間労働制が実施される少し前、農商務省から工場監督官の一行が職工の実情調査のため来神し、私か斡旋して、友愛会の幹部一一いずれも川崎、三菱の造船工――との座談会を催した時の筆記(毎日新聞所載)があるから抄記してみる。文語体で読みにくいだろうが原文のままを掲げる。


  第1問 職工優遇を以て聞ゆる三菱に紛議多く川崎に却て少きは如何

 三菱は成るほど白米の日用品廉売をなし、或は病院の設備、慰安会の開設等いわゆる温情主義を発揮せりといえども中間者の処置そのよろしきを得ざるためかえって職工の反感を挑発す。故に三菱の職工は工場が温情主義を以て職工を遇するに拘らず常に賃銀の高き川崎の職工を羨望しつつあり、これ職工優遇を以て聞ゆる三菱に紛議多く優遇施設のなき川崎に紛議少き所以なり。

  第2問 温情主義の不可なる理由

 例えば白米其他の廉売の如き結構なるも貯金をせねばこの恩典に浴するを得ず、故に子沢山にして家計不如意の者は貯金し居らざるため安米を買う能わず見す見す市中の高米を買わざるべからざるに至る。又たとえ買う資格あるものといえども遠方に居住する者は貴重なる時間を費してこれを貰いに行くも結局くたびれもうけとなる事あり、病院のあるは可なるも平職工の家族は役付職工、技術者の家族に比し冷遇を受くる嫌あり。又医員の数少きため診療を受くる迄に多くの時間を要す。故に職工は病院に来らずして附近薬舗に就きて投薬を受くる傾向あり、慰安会の芝居は神戸市のごとき足一歩出れば娯楽設備のある処にては無用の長物ならん。渡されたる切符の数が家族の数に足らざるがため慰安会がむしろ家庭不安会となることもあり、要するに温情主義はその主旨可なるも方法宜しきを得ざるが故に職工仲間には歓迎せられず。

  第3問 工場内の施設は完全なりや

 食堂の設備ある工場にありては一時に多人数はいることとて肩摩轂撃その不快云わん方なく、叉これなきものにありては煤煙塵埃等遠慮会釈なく弁当に降下し折角の白飯も一見ゴマ飯の如くなるを常とす。脱衣所の設備なきため工場内の一隅に空箱を置きてこれに充当するなど実例に乏しからず。

 第4問 職工は故意に工場の設備を利用せざるにあらずや

 利用せざるにあらずして利用せしめざるなり。例えば洗面所の如き工場内に1、2箇所ありたりとするも一時に何千という職工が殺倒する時は如何ともする能わざるなり、質問者は職工は何故手を洗わずして飯を食うやといわるるもその機関の備らざるのみならず、食事時間が限られ居ることとてそんなことをしていては食事の時間無きにいたるべし。

 第5問 休日は如何

 工場表面の規定によれば休日は毎月2回あるもその内規には休日の項に除外例を設け「但し、急施工事の場合はこの限りにあらず」とありて繁忙なる部に属する職工の如きは数箇月1日も休む能わざる者すらあり。

 第6問 負傷病気は如何

 製罐職工の聾、機械工の指肢不足、鋳工のソコヒ、鍛工の火傷の如きむしろこれにかからざるを不思議とする程なり、残業をなす場合など特にこれらの負傷多く三菱、川崎両工場のみにても1日の負傷者100人を下らざるべし。病気は呼器病の如き甚だ多し、今日の如く残業を始終やっていては身体が弱って病気の出るのも当然なり。

 第7問 近来成金職工頻出すと聞く如何

 成金職工は工長、組長等の中に或は1、2これあらんも他は幾分収入の増加に依り多少贅沢をなす者ありと雖も成金職工という程ではあるまじ、尚ここに収入の増加という賃銀の増加にあらずして仕事の増加なればこの点注意を要す、質問者は「職工中近来金縁眼鏡をかけ、金時計を下ぐるものあり」と云わるるもコハ1、2の人に止まりこれを以て全豹を律し能わざるや勿論なり。

 代表100工場の労働時間

 川崎には川崎の長所とそして短所があり、三菱にはまた三菱の特色と欠点をもっているが、ともかく、神戸の港を圧する大造船所としてそれぞれ1万を越える熟練工を擁し、日本の産業界に君臨する両造船所が8時間労働、9時間労働の先鞭をつけた功績は没することができない。

 神戸の各工場は素より、全国の工場は川崎三菱両造船所に見習って労働時間の短縮を行ない、これがために全国の工場は昔のように12時間以上の労働を強いるものがなくなって、全国の基準の労働時間は三菱並みの9時間が常識となった。川崎、三菱両造船所の8、9時間制実施から5年を経た大正14年10月現在で、兵庫県工業懇談会が兵庫県及び大阪府下の代表的工場百数十ヵ所について調査したのを見ると、労働時間は平均9時間12分という事になっている。もちろん、これは残業を含んでいない。全数の8割近くの工場では大体2時間の残業をしているというから、正味の実働時間は11時闇を越える勘定である。

 これを40年を経た今日と比較して見ると、かなりの進歩とも見ることができるが、しかしまだ週40時間制も容易に実施に踏切れないことを考えると、あまり進歩していないともいえよう。参考のため、当時私が経済雑誌「エコノミスト」に書いた前記兵庫県工業懇談会の調査を抄録して見る。


 実労働時間

 先ず官営工場と民営工場によって区別して見ると、官営工場の方が少しく短い。すなわち

  官営工場      8時間56分
  民営工場      9時間10分 

 民営工場における各業態別の平均純労働時間はどうかというと大体下の如くである。

  繊維工場        10時間
  機械工場      8時間36分
  化学工場      8時間42分
  飲食工場      9時間12分
  特殊工場      8時間42分
  雑工場       8時間52分
  計         9時間12分

 すなわち勤務時間の長いのは、女工が大部分を構成している繊維工場で10時間の永きに亘っている。これに反し一番短いのは智識男工の多い機械工業で8時間36分、繊維工業に比し1時間半も短い。智識のある処には必ず団結があり団結の前には善い労働条件が置かかる。無智のそして団結のない紡績女工はどうしても閑却されて、雇主の搾取するに委せられる。

 最も善い条件は機械工場

 次に各工場の純労働時間を、時間別に見ると
  6時間半  1       7時間  1
  7時間半  1       8時間  42
  8時間半  5       9時間  48
  9時間半  9       10時間  27
  10時間半   4      11時間 18
  計     156
 
 すなわち全数の約3分の1の工場では9時間制を布いているが、筆頭は機械工業である。各工場中最も時間の短いのは6時間半制の工場であるが、これまた機械工場に多い。之に反し最も時間の長いのは11時間制の工場で殆んど全部は繊維工場である。

 各工場の休憩時側

 休憩時間はどうであるか。先づ民営工場と官言工場を比較して見ると、労働時間の短い官営工場が、民営工場よりも長い。

  官営工場      59分一間、
  民営工場      50分間
 
 しかしこれを民営工場の各業態別について見ると労働時間の短いところが必ずしも休憩時間が長くはない。むしろ逆の状態にある。けだし短い労働時間のところでは、永い休憩時間の必要が少いからである。今、各業態別の休憩時間を記すと左の通り。(単位分)

  繊維工場  64     機械工場  43
  化学工場  56     飲食工場  56
  特殊工場  56    雑工場  56
  平  均 55               、
 
 すなわち一番労働時間の短い機械工場が一番休憩時間が短く、一番労働時間の長い繊維工場の休憩時間が一番長い。これは当然のことであろう。

 1日工時間を休ませる

 叉これを横から観測して休憩時間を別に記すと

  休憩30分間  37     40分間  4
    45分間  2     50分間  3
    60分間 98    90分間  9
    120分間 3    計 156
 
 すなわち全数の半分以上は1日1時間の休憩時間を与えていることがわかる。最も休憩の少いのは1日30分間という工場であるが、その大部分は機械工業である。これに反し最も休憩時間の長いのは1日2時間でこれは化学2工場と繊維1工場とである。化学はその業務の性質から考えても、休憩時間が他より多くを要する事が首肯される。

 では休憩を与える時刻は如何というに、最も多いのは午前11時半からの午飯時で、半数以上を占め、これについでは午後3時のいわゆるおやつ時刻、それから午前9時という順序である。

 実際勤務時間の緩和

 以上、労働時間と休憩時間とを説明したが、その前者を合算したものがすなわち各従業員の勤務時間となるのである。今、労働時間(実働時間)休憩時間及び勤務時間の三者を並記すると

          正味労働時間    休憩時間   勤務時間
官営工場       8時56分      59分    9時55分
民営工場       9.10        50     10.00
繊維工場       10.00        64    11.04 
機械工場       8.36        43     9.19
化学工場       8.42        56     9.37
飲食工場       9.12        56     10.08
特殊工場       8.43        56     9.38
雑工場        8.52        56     9.48
平 均        9.13        55     10.08
 
 すなわち官営工場は勤務及実働時間共に短い上に休憩時間が短くて、最も望ましい状況を見せ、又民営工場中では、休憩時間は少しく短いが、機械工場が最も勤務時間短くて9時間19分これに次いでは化学、特殊、雑飲食の順で、繊維工場が最も長い時間-11時間4分-を工場に括られている現況である。即ち繊維工場に働く女工達はだらだらと牛の涎の如き労働条件を課せられているものであって、休憩時間の比較的長い事などは問題でない。各業態を通じ最も遅れた労働条件といはねばならない。

 残業労働時間を加算せよ

 尚ここに注意を要するのは、上記の勤務時間が、真の勤務時間の総和でないことである。上記の表に9時間といい、10時間というのは原則としての勤務時間で、実際の勤務時間は、この外に「残業時間」を加えねばならない。多くの工場では残業を課す。労働者は収入の少きを補うために悦んで此の労働時間の延長に応じる。

 先年「8時間労働制」を実施した工場が多かったが、その所謂8時間というのは、名目の勤務時間一―原則的労働時問――であって謂わば単位時間であったのである。然らば、残業時間の状態は如何。

 今回の調査工場156中残業を課しているのは92工場、すなわち5割9分を占めている。今、残業工場数を示すと

         残業工場数     公工場数    割合
官営工場      5         7      7割1
民営工場      87       149     5.7
繊維工場      14        38     3.7
機械工場      29        47     6.2
化学工場      21        34     6.2
飲食工場       5         7     7.1
特殊工場       8        10     8.0
雑工場       15        20     7.5
合  計      92       156     5.9

 すなわち官営工場では7割まで残業しているが、民営では梢下って6割弱である。民営工場で最も残業率の高いのは特殊工場で8割、一番少いのは繊維工場である。繊維工場に残業の少いのは、繊維工場が11時間労働の二交代制度になっているからである。

 残業時間の長さ
 残章時間の長さは如何というに

  残業1時間  6     2時間  70
    3時間  8      4時間  4
    5時間  4      計   92

 すなわち8割近く迄は残業2時間を課している。これに名目勤務時間(休憩時間を含む)の平均10時間8分を加算すれば実際の勤務時間は12時間8分ともなり、1日24時間の半を工場に暮していることになる。『8時間眠り、8時間働き8時間遊ぶ』という先進国労働者のモットーはわが国の労働者に取ってば、まだまだ先の話かも知れない。

 普通及特別公休日

 尤も、この労働時間は年中継続される訳ではない。公休日の設けもある。今1ヵ月中の普通公休日の平均を見ると

  官営工場  3日7     民営工場  2.9
  繊維工場  3.1     機械工場  3、2
  化学工場  2.3     飲食工場  3.0
  特殊工場  2、0     雑工場  3.0
  平  均  2、9
 
 すなわち1ヵ月に約3日の休日かある訳である。この外三大節その他の特別休日を与える向もあるが、重なるものをあげると、

  大 祭 祝 日        61工場
  春秋運動会、慰安会      8 
  氏神祭その他神仏祭      36
  工場記念日          8
  年末休日           40
  年始休日           50

 右の内年始休みは多くは3日、年末休みは1日乃至3日である。そして右の普通公休、特別公休の両者を合算すると
         
  官 営 工 場         52日1分  
  民 営 工 場         40日8分 

 を示す。即ち月3回平位宛ある訳だ。この日は1日工場から解放されるがその代り概ねは収人がない。労働者の所謂ノーチャブデーである。収入皆無で、喰わずにいなければならぬ日だ。今回の調査によれば156の工場中、公休日も給料全額をくれるのは僅か18工場で、他の138工場は1文もくれない。

 1ヵ年の実収

 このように労働時間及び休日を観察し最後に労働者の年収を予想すると左の如くである。

           実収1日    年収   
繊維工場 男     1.70   547.48
     女     1.40   367.00
機械   男     2.60   832.00
     女     1.25   400.00
化学   男     2.13   702.90
     女     1,01   333.30
飲食   男     1.93   627.40
     女     1.07   344.54
特殊   男     2.59   865.06
     女     1.24   414.16
雑    男     2.47   795.34
     女     1.78   573.14
官営工場 男     1.88   588.44
     女     1.06   331.78
民営工場 男     2.25   731.25
     女     1.74   413.34
総平均  男     2.24   711.22
     女     1.74   413.34   

 平均年収男工700円女工400円、一番の取り頭で特殊工場男工865円、一番少いのは化学工場女工333円である。 300円といえば、当時にあっても富豪が一夜の快を買う費用にも足りない。

 それが労働者にとっては1年営々として働かねば得られぬ金額である。『働けど、働けどわが暮し、楽にならざり、じっと手を見る』一一石川啄木氏の歌が思い出される。『豊葦原瑞穂国に生れ来て、飯が喰えないとは嘘のような話』一一安成二郎氏の歌も思い浮ぶ。     
                       (大正14年12月「エコノミスト」)
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