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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第11回)

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「ぶらり散歩:キャナルタウン」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)




   賀川豊彦の著作ー序文など

      わが蔵書棚より刊行順に並べる

                第11回
  


       イエスの宗教とその真理

            大正10年12月15日 警醒社書店 264頁

 前著『地殻を破ってー散文詩』を出版した翌年(大正10年)には、6月に「印刷工新聞」に掲載した『自由組合論』と、11月に『死線を越えて(中巻)太陽を射るもの』を刊行していますが、『自由組合論』の原書が手元に持たないのと『太陽を射るもの』は既に先に『死線を越えて』でいくらか触れていますので、この大正10年に出た、もう一冊の名著『イエスの宗教とその真理』を、ここでは取り上げて置きます。

 個人的なことですが、賀川の著作の中でもこの本は、初期に手にとって読み耽った大変印象深い作品であったこともあって、今でもいちばんに本書をひとに勧めたくなる作品です。国内ばかりでなく早くに諸外国に翻訳された作品としても知られていますが、先年「KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界」をUPした折りに、賀川の講演を筆記して本に仕上げた吉田源治郎について、本書のことを詳しく言及したこともありました。

 また、現在同時進行の別のブログ(「番町出合の家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)
で、2011年夏、ミルトス社が本書を復刻された時にも、少しく触れました。特にこの復刻版は、無用の書き換えや改ざんがなく、信頼して読める良書です。

 本書は布カバーで仕上げられた箱入りで、警醒社書店では、本書を皮切りに、少々贅沢な同型の素敵な本づくり進めています。そして本書は別に廉価な「普及版」も大正13年に出版して版を重ねました。ともあれ早速、賀川の「序文」を取り出します。少し長いものですが、読みやすくするために、今回も改行など多くしておきます。
  

             序

 傷つけられたる魂に、イエスの言葉は恩(めぐみ)の膏(あぶら)である。それは温泉のごとく人を温め、噴水のごとく力づけてくれる。解放の日に、イエスの愛は感激の源であり、犠牲の旗印である。神は強い。そしてイエスは、その最も聖く、最も強い力の神を教えてくれる。

 イエス自身が、神の符号である。つまり言葉である。イエスのよって、神が人間に向かって、発言権を持っているのである。イエスはローゴスである。道である。行動である。生命である。慰めである。

 私にとっては、イエスほど親しく、なつかしい姿はない。阿波の徳島の暗い生活に、初めてイエスの山上の垂訓の意味が徹底してきたときに、私は踊り上がって、彼を私の胸に迎え入れたのであった。

 私が耶蘇になることには、余程の覚悟が必要であった。私は三十五銭の聖書を買うのに苦心した。それほど私は貧乏であった。私は教会に行くことを許されなかった。親族のすべては、私がイエスの弟子になることに反対であった。

 阿波の吉野川の流域には、旧幕時代から富裕な豪家がたくさんあった。そしてその多くの豪家は、たいていは血続きであった。私の父の家はその豪家の一つであった。そして私も五つから十一の時まで、吉野川の流域の大きな藍の寝床のある家で育った。

 しかし明治の中頃から、阿波の吉野川の流域の豪族の間にどういうわけか、淫蕩の気風が流行病のように蔓延して行った。私の村の付近で、大きな豪農の白壁を塗った庫が、私の見ているうちに倒れたものは数限りなくあった。

 すべてが道徳的頽廃の気分で蔽われていた。あの美しい吉野川の澄み切った青い水も、人の心を澄ますことはできなかった。

 私も早くから、悲しみの子であった。

 私は、十一の時から禅寺に通うて、孟子の素読をさせられた。しかし、聖くなる望みは、私の胸には湧いて来なかった。

 私は、私の周囲の退廃的気分を凝視した時に、聖き心の持ち主になるなどいうことが、全く絶望であることを知っていた。それで全く暗い力に圧せられて、寂しい生活を続けていた。

 そして最初会ったイエスの弟子も、私に徹底するようなイエスの生活を見せてくれなかった。それで私は十五の時まで、イエスの大きな愛を知ることが出来なかった。

 しかし、ローガン先生の英語の聖書研究会に出るようになって、ルカ伝の山上の垂訓を暗唱して、私の心の眼は、もう一度世界を見直した。

 私はなぜ、私の周囲が退廃しているかがすぐわかった。それは「神」がなかったからであった。偶像の統治の闇があまりに暗いものであった。そして私はその闇を破る勇気がなかった。しかし、私に米国宣教師の導きと愛が加わるとともに、私の胸は踊った。今でも、ローガン先生とマヤス先生は、私の親のように、私はまた彼等の子のように、いつ如何なる時でも、愛しいつくしんでくれるが、私は彼等を通じてイエスを見た。そしてイエスの道がよくわかって来た。

 阿波の山と河は、私に甦って来た。そして私は、甦りの子となった。

 私の一生を通じて、最も涙ぐましいその徳島の空が、私に「愛」を教えてくれた。

 それは美しいものである。

 愛することは、美しい。美しい自然の下で相愛することは、更に善いことである。

 若い時に愛することは、最上のよろこびである。

 私は、イエスの十字架によって、人間のすべての奥義をみた。

 私は、十五の幼い時から三十四の今日まで、変わらざるイエスの愛に守られて、その恵みを日一日、深く味うている。凶漢に殴られる時でも、酔漢に侮辱される時でも、辻の淫売婦に接する時でも、イエスは常に私を強くして、いつも聖くおらせてくれる。

 貧乏が貧乏でなくなり、淋しさが淋しさでなくなり、未決監に入っても、血を吐く時でも、死にかかった時でも、イエスの愛は私を強めてくれる。

 私はいつも、イエスがユダヤ人であることを忘れている。彼は今日生きている私の友人ではないか! 彼は最も人間らしい人間、レオ・トルストイよりも、私に近いものではないか!

 私はイエスによって、無数の友を貧しき人の中に得た。無数の愛人を労働者の中に得た。イエスによって妻も得た。イエスのよって最もよき親友を得た。学問も、書物も、何もかも、イエスが私に与えてくれた。

 わたしは、ほとんどイエスのために、何もした覚えがない。しかし、イエスは私にすべてを与えてくれた。

 そして、イエスを味うているその味わい方を、偎々各方面の人が聞かせてくれと言われるので、話をした。東京でも、大阪でも、神戸でも、堺でも、同じことを話した。そしてまだ多くの人が、それを聞きたがっている。

 それで、私の善き友人たちは、今度はそれを一冊の書物にしたいと言い出した。そして、その中でも兄弟のようにしている伏見教会牧師の吉田源治郎兄は、私の談話を全部筆記してくれた。

 それは、私には光栄である。吉田兄は既に私の書物を三冊まで筆記してくれた。吉田兄は、この年一年はほとんど私のために犠牲にしてくれた。それで私は、どんなに吉田兄に感謝してよいか知れない。しかし、世に産まれ出る必要のあるものなら、産まれ出ることは善いことである。

 それで、喜んで私は、「イエスの宗教とその真理」を世に送り出すのである。

 私はすべてを神にお託せする。この後の戦いのすべてをも神に。
台風よ起これ。海嘯よ来い。私はそのすべてを超越して、イエスの懐にしっかと抱きしめてもらうのだ。

 私はイエスから離れることを欲しない。彼は私の棟梁だ! 彼は船長だ!

 私は彼の指図のままに船を進めよう。

 暴風雨(しけ)よ、来い! 帆も、舵も破れよ。イエスは変わらず愛してくれるから、私に心配はない。

 親しき日本の土に生まれ出た人々も、すべてはイエスの愛の中に、太陽を仰ぐ日が来る。

 春は黒土の中から甦る! 雪を越え、霜を踏んで、甦りの準備がせられる。傷められた霊が、すべてイエスを見る。すべてのものが万物更改の日をみることは、あまり遠くはない。

 私は、私の生きている日にそれをみなくとも、勝利がすべてイエスにあることを知っている。誠に。誠に―。

 1921年12月21日 

                    著   者

                     神戸貧民窟にて
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