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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第13回)

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「須磨・護国寺:清雲山より」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)





    賀川豊彦の著作ー序文など

       わが蔵書棚より刊行順に並べる

                 第13回
  

      星より星への通路

             大正11年5月25日 改造社 368頁

 箱入りで本体にもカバーがあるかもしれませんが、手元にあるのは裸のものです。
 『小説・死線を越えて』とその中巻『太陽を射るもの』に続いて、改造社が手がけた賀川の3冊目となった著作は、この『星より星への通路』です。既に取り上げた賀川の最初の散文詩『地殻を破って』が福永書店より出版されたのは大正9年でしたので、それに続く第二の散文詩作品となります。

            *         *

 本書も前作『地殻を破って』とよく似た配列にして「散文詩」<星より星への通路>、「感想・対話」<デオニソスの誕生>、「短編・喜劇」<混迷の巷より>といった章立ての作品が、見事に編集されて仕上げられています。手元にあるものは大正11年6月9日付けの第16版ですが、よく見ると5月25日に初版が印刷されて毎日増刷されていることが判ります。

 『小説・死線を越えて』の三巻の飛び抜けた売れ行きが一般に話題になりますが、改造社はこの作品での売上も莫大なものであったに違いありません。しかし残念な事に、この重要な作品は『賀川豊彦全集』全24巻のなかには収録されませんでした。



            序

         ―魂の芽芽の苗出づる日―

 歓喜せよ! 新緑は帰って来たではないか! 霜枯れの淋しい道より、春はまた私らのために帰って来た。

 山の緑が私を誘惑する。雲雀が、たんぽぽが、れんげが、六甲山から出てくる清水が、私を野に、おびき出す。

 導かるるままに、私は野に出る。

 私の魂よ、うなだれるな! 野には花が咲いているではないか。迫害と陰謀と罵倒の中より甦って来い、おまえ―小さき怜悧な、躍動する魂よ。

 風は東か? 日は西にか? 足には若草を踏んで、おまえは無生物の寵児として、野路を歩む。池には、浮き草がまた出て来た。少し池面に濁りも見える。ここにも、生命が甦りつつあるのだ。

 アテネの街のユウリジアンの祭りも、近くはあろう。村の人も、町の人も、みな春が来たのを喜んでいよう。おまえだけひとりが、何にも悲しそうに、世に背かなくても善いではないか!

 風がおまえに囁く。「人類の復活も近づいた」と。しかし、キリストが一人甦っただけでは、人類の復活にはならない。私も、おまえも甦らなければ、真の甦りにはならない。

 甦れよ、私の魂よ、おまえもまた、イエスにならねばならぬ。二千年前に救い主がひとりくらい出たところで、地球二十億の人間が、二千年の間戦争を続けていては何にもならない。

 甦れよ、こざかない躍動の霊よ、すべてを跳ねのけて甦れ。汝の手が揺ぐとも、真理の前に―真理はあまり不可思議であるが故に―おまえは飛び立てよ!

 飛び立つことを、真理というのだ。甦りのほかに真理はないのだ。それを知っているか、私の魂よ。飛行機を組み立てるのを、真理とは言わないのだ。飛行機は飛ぶために組み立てられるのだ。それで飛ぶことだけが、真理なのだ。

 飛べよ! 地面を蹴立てて。飛べよ、飛ぶことがなければ真理でないのだ。一直線に飛べ、まっしぐらに! 地面から三千尺離れて!

 おおそこに、真理が行く! 甦りし魂が高空を飛ぶ。春風にあふられ、たんぽぽの花が散るごとく、光鱗を浴びて、真理が飛ぶ!

 真理が何であるかを問うな。真理とは飛ぶことだ。ここに高挙がある。魂を一尺上に挙げるものを一尺の真理という。八尺引き挙げるものを八尺の真理という。

 つまり、真理は高挙のほかに途がない。それで、真理は曲がることを知らない。真理は山と川との原野を加減しない。それは、上の方に一直線に昇る。

 おお高挙した魂よ、地球の醜きものを震い落とせ! いな、地球そのものより、醜きものを震い落とせ! 地震よ、地すべりよ、おまえの手を貸してくれ! 噴火山は、なぜ休止するか? 暴風も、洪水もみな馳せ集まれよ。直径七千五百哩の地球を揺り動かし、狼のごとき二本足の野獣をみな震い落とそうではないか!

 子宮より這い出て、墓に這い寄ることしか知らぬ小虫も掃き落とせ! 暴には暴、歯には歯をのみ酬ゆることのみしか知らぬ、乳房の垂れたる動物を訓えよ。共産を名として、殺すことを教え、正義を口にして、圧制する野獣を教えよ。

 復活は何処ぞ! 人類の春は何処ぞ! 木の芽のごとく、接木が許されるなら、私は人類の上に、桜の先に咲く木蓮を接木しよう。

 肉の上に、木を接木せよ。それも復活の手段であるかも知れない。

 木は、冬に葉を落とし、春に復活する途を知っている。おお、人間にも草木の智慧の半分でもあれば、また復活のすべともなろうものを。

 復活よ、復活よ、腐乱した肉塊の復活よ、腐乱した肉塊のままの復活よ! 四千万の死傷者は、地球を贖う力もなかった。平和は来た。しかし、血によって世界は何者をも解決しなかった。ロシヤもオーストリアもドイツも何にも新しいものを発見しなかった。復活はした。しかしそれはただ、腐乱したままの肉塊の復活であった。

 逝けよ、春よ! 腐乱した肉塊と、酒と、陶酔の春は逝けよ! 文明は間違ったものを復活させた。シンドラの手箱は誤って開かれた。

 歓楽の春は、魂の内にのみある。イエスの復活は昨日のことだ。今日はおまえの胸の中に、堅く閉じられた。魂の棺桶が開かれる番だ!

 出て来い! 棺桶の中に閉じ込められている私の魂よ、小さき霊よ、春は先ず、おまえの魂から始めねばならぬ。

 小鳥はおまえの棺桶のぐるりで囀っているよ。眠れる魂にも、春の消息は聞こえたか? 魂の若芽の萌え出る日も近づいたか? 風は東、日は南に、魂の若芽の吹き出した後に、また傷つけられる恐れのないように、神はもう充分準備して下さった。

 時は春だ。日は軟らかだ。魂の目醒めるも今は頃だ! 春だ! 春だ!
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