スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第27回)

1

「わがまちの<金楽寺>」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)




   賀川豊彦の著作ー序文など

        わが蔵書棚より刊行順に並べる

                 第27回
  

        福音書に現れたるイエスの姿

         大正14年1月20日 警醒社書店 99頁

 『死線を越えて』三部作を完成させた翌年(大正14年)の初めに刊行したこの著作は、賀川としては珍しく100頁にも満たない小著であり、簡易なつくりになっています。

 表紙は、前回『死線を越えて』の下巻『壁の聲きく時』の資料としてUPした賀川の表紙原稿がそうでしたが、書名と著者名を得意の袋文字を手書きしたものが、そのまま用いられています。(扉をあけて目に止まる題字は表紙の題とは異なり「四福音書に現れたるイエスの姿」と活字印刷されているのもご愛嬌というところでしょうか。)

 そしていつもの「例言」で、賀川は次のように書き記しています。これを見ても、前に取り上げた『イエスの日常生活』と『イエスの内部生活』は、本書と共に村島帰之氏による筆記であることがわかります。
 『イエスの日常生活』と同様に本書も全集には収まりませんでした。

               *      *

                 例  言

 一、本書は、イエスの姿を、浮彫の如く、人々の胸の中に刻まうとして、ものしたもので、既に公けにした「イエスの日常生活」及び「イエスの内部生活」と併せ読まるゝならば、イエスの姿はハッキリと、読者の胸に甦って来るであらう。

 二、本書は東京麹町教会において説教したのを友人村島帰之氏が筆記してくれられたものである。

              *        *

 本書の巻頭の「魂の彫刻」と題される「序編」は「私の魂にイエスの姿を産み付けよ」という副題をつけたもので、おそらくこれは、賀川が自ら筆を取って書き上げたものだと思われます。

 以下に、この「序編」を文字にしてみます。なお、「魂の彫刻」という表現は、のちに(翌年)完成した有名な著書『魂の彫刻』の書名となっています。




        魂の彫刻
        ―私の魂にイエスの姿を産み付けよ

 厳ならず、軟弱ならず、勇敢にして、愛あるもの、強くして、弱きに友なるもの、人間の摸表、師父の師父、永遠に若く、永遠に輝くもの、イエス・キリスト! 私は胸に誕生した彼の姿を憶(しの)ぶ。

 彼は幼くして鋸(のこぎり)と鑿(のみ)を友とし、建設者としていつも、新しき木の香に染まった。彼はレバンの森と、バシャンの林に就いて多くを聞いたであろう。彼は父ヨセフの去りし後その細腕で、ヤコブ、ユダを首(はじめ)とする弟の一群を母マリアと共に養わねばならなかった。然し彼は何の不平もなくそれに従事した。その間に、アケラオは国は追われ、アンチパスはガリラやの湖畔に白亜の宮殿を造営した。

 タイベリアスに近いナザレに閉じ籠っていたイエスは、風の便りに宮廷の出来事を詳しく聞いたであろう。アンチパスが、妻なるモアブの王アレタスが娘に対するユダヤの王の処置を憤り、国境に軍隊を送ったと言うことも、彼は道具棚の側で聴いたであろう。

 そして遂に、洗礼者ヨハネが、ヨルダンの河辺に罪の悔改めを国民に勧め、幾千の群衆が、彼に群がり行くと言うことも、そこで聞いたに違いない。

 イエスは静かに、大工部屋を歩み出した。そしてヨルダンの片ほとりに急いだ。イエスもまたヨハネの運動に参加したのであった。

 その後、イエスには静かなる一年があった。彼はヨハネと共に黙想した。彼は荒野に、河辺に、静思を続けた。ヨハネが北方のアイノムの水多き所に移った時も、イエスは猶、ユダの野に残っていたらしい。

 ヨハネが捕われて、イエスは遂に意を決して国民の更改に就いて、ヨハネの運動を継続する為に。北方ガリラヤに行った。彼はエルサレムの官憲と正面衝突することを二年間先に延ばしたのである。

 ガリラやの湖畔、森と畑と湖水の相連なるところで、彼はあの美しい空の鳥との野の百合の譬喩(たとえ)を物語られた。彼は家に、途に、野に、街に、群がり来る病者の望むが儘に、その愛の手を彼等の上におき、凡ての病を癒した。誠に彼は神の癒者(ゆしゃ)であった。

 彼は人間の魂の傷に膏を塗り、それにガーゼを巻いた。何十人か、何百人か、彼の手によって魂を癒された。アレキサンドリアの娼婦も、カぺナウムの高利貸しも、乞食のバルテマイもみなイエスの手に癒しを求めた。

 アダム以来、曲り来ったその性格的遺産に、貪りと、痴乱と、殺人と、不慈なる焔は燃え上がる。その消えざる火に人間がとまどう。イエスはその狂火に対する救いの源である。

 イエスは私の魂の髄に侵入する。彼の姿を私の胸に焼きつけてくれ、おお聖霊よ、自らの魂の醜き仕上げに、我ながら愛想をつかせているのだ。私の魂の彫刻に、私は何の慰むべきものを発見しない。それに対し七万人の罵倒を甘受する、実際私はそれほど醜いのだ。

 イエスが、ガリラヤの山地を捨てて、死地に自ら勇む、その英雄心を見よ! 弟子達を後にして、彼は一人エルサレムに急行する。多感なる彼には、空の鳥の譬喩はもう出なくなった。野の百合の物語も隠れて了った。迷える羊を求むる牧夫と,蕩児の帰還を待つ慈父の譬喩が、彼の口より漏れる。

 その静かなる口調に聞き入れよ、私の魂よ、彼は永遠の言葉を語っているのだ。

 エルサレムに突喊(とっかん)する彼は、祭司長千年の誇りを足下に蹂躙した。彼はエルサレム神殿の第一の冒涜者として、そこから鳩売の商人を追い出した。

 彼は沸騰せる魂の強き歩みをみよ。巨人の足跡に懐胎する女ありと聞く、彼の勇敢なる歩みに、私の魂も、彼の強きを懐胎せよ。

 死と十字架に直面して凱歌を挙ぐる千古不動の大決定、たとい、北極星がまた二十三度半後還りすることがありとも、イエスの決定は動かない。

 ー-人類を贖わんとする意志! 人の尻拭いに、身を抛(な)げ擲(う)たんとする大精進! そは神の大御心(おおみこころ)として、イエスの浄き胸にのみ啓示せられたのだ。

 私に残っているのは、ただ祈りである、神となる前に、イエスになる祈りである。

 たとい、全能なる神になり得なくとも、魂の世界にイエスの如く優者になりたい。

 否、彼の如く優者になる為に、弱者の為に屈(たわ)むものになりおうせたい。惰(なま)けたる天使の生活に入る前に民衆の為に労苦する贖罪者の雄姿に似通いたい!

 何人が、贖罪を拒絶するのだ! このアダム以来の性格的破綻の遺産を積み重ねている大地に対して。

 私にイエスの姿を産みつけてくれ! 蠶紙(さんし)の卵は温室に孵化する! 私の為にもい一度福音書を読んできかせてくれ! 何時、私の胸に、イエスは孵化するか? 蠶紙はすでに廻ったか? 温室の用意は整うたか? 桑の手入れは出来たが? 蓆(むしろ)は買入れたか? もう燕は南から返って来るぞ! 然し私の魂の彫刻の為に、何等の準備は出来て居ないか?

 私の為に、もう一度、福音書を読み直してくれ! わしが民衆の贖罪の為に、逃げ支度する日に、死の恐怖にたぢろぐ時に、自然の慈愛を疑う時に、わたしの為に、もう一度福音書を、読みきかせてくれ! 私の魂に隙間を作り、その隙間よりイエスを忍び込ましめよ――彼が閉ざされたるエルサレム高楼に忍び入りし如く!

 私は、福音書をも一度、、読み直す。そして、もしも、イエスが私の魂に充分孵化する可能性があるか、否かを考える――ー

 私は神になる前に、先ずイエスになろう、贖罪を完成せぬ前にアダム以来の産破宣告を取り消さぬ前に、私は神になることは出来ぬ。私の魂の彫刻の為に、イエスの姿を、私の胸に産み付ける!

 蠶室の準備は出来たか? 藁は整うたか? 棚は出来たか? 南の燕が還って来ぬ前に、私は凡ての準備を整えねばならぬ。魂の彫刻の為に、イエスが私の胸の厩(うまや)に産まるる為に―――

   1924年10月29日

                松澤村の小屋にて

                    賀 川 豊 彦

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

keiyousan

Author:keiyousan
このブログのほかに同時進行のブログもうまれ全体を検索できる「鳥飼慶陽著作ブログ公開リスト」http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+toritori/ も作ってみました。ひとり遊びデス。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。