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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第30回)

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「自然真野っ子池」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)




    賀川豊彦の著作ー序文など

         わが蔵書棚より刊行順に並べる

                  第30回
  

         詩集・永遠の乳房

          大正14年12月12 福永書店 411頁

 前著『神の懐にあるもの』とほぼ同時に出版された本書『詩集・永遠の乳房』は、大正9年に『地殻を破ってー散文詩』を出した福永書店が手がけています。その前には『主観経済の原理』と賀川の処女詩集『貧民窟詩集・涙の二等分』の出版元でもあります。

 賀川のこの第二詩集は『涙の二等分』のようなポケット版とは違って、四六版総布製上製本で箱入りとなっています。そして、詩集の巻頭となかぼどには、2葉の写真が収められています。この写真には「エジプトのスフィンクスと私」と説明書きがあります。

 同時進行の別のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/ で、村島帰之著『預言詩人・賀川豊彦』を長期連載を済ませていますが、そこではこの『詩集・永遠の乳房』の作品の多くを、できるだけ完全なかたちで補充してUPしています。お時間があれば、そちらにも立ち寄っていただければ、有益と存じます。

 今回も、賀川豊彦の「序」を取り出して置きます。



           序

 凡てを、私は、凡てを、神にかけた。

 恰も、博徒が、賭場でするやうに。私は、生命も、財産も、書物も、言論も、自由も、行動も、凡てを、神の賭場にはつた。そこに私の詩の全部がある。

 私は、神戸葺合新川の貧民窟で、賭博打がしてゐることを見た。

 「走り」が走る。高利貸が財布を開く。若者は袢纏を脱ぐ。彼等は最後の点まで――褌(ふんどし)一つになるまで、射利の為めに賭(は)って行く。

 あゝ、それだけの勇気が、私にも欲しい。私は、神と、真愛の為めに、凡てを拠つ勇気が欲しい。そこに、私の詩があらねばならぬ。

 真夜中に、人家に穴を穿つものがある。彼等は高塀を越え、巡査を恐れず、徹宵して、悪の為めに努力する。私にも、その勇気が欲しい。善いことの為めに。さうだ、善いことの為めに。そこに、私の詩があらねばならぬ。

 蠶(かいこ)は一眠、二眠、三眠をねむり、肉体はやがて、透明体に変る。私にもその透徹する魂の詩が欲しい。

 私の詩は、私の生活である。私の生活は、私の詩である。言葉は、私の詩のいと小さい一部分にしか過ぎたい。

 「涙の二等分」以後、私は、多くの散文詩を書いて来た。「地殻を破って」「星より星への通路」「雷鳥の目醒むる前」「地球を墳墓として」の四冊には部分的であるが、私の生活を通じて見たる散文詩が出てゐる。

 その外に、私は過去七年間に、自由詩の形のものを百数十篇書いた。今ここに一纒めになったものは、それを集めたものである。それは私の作った詩の凡てではない。然し発散したものの凡てである。中には数篇ずっと旧いものがある。

 私は、欧洲を廻って、たゞ幾十篇かの詩だけをノートに書きつけて来た。

 私は詩の外に書けない男であるかも知れぬ。私はそれが上手、下手と云ふことを離れて、私の胸の渦巻に、さうした旋律の外、感ずることが出来ないのである。

 私に取っては、科学も、哲学も、宗教も、経験も、生活も、凡てが、詩になる。内なるものは内なるものの生命の詩となり、外なるものは、表象の詩となる。

 私は、これから、もう少し多く詩を書くであらう。私の眼が悪くなると共に、「詩」がミルトンの耳朶に囁いた如く、「詩」も私に多く物語る。私はそれを待つことなくしで書き附けておけば善いのである。

 私は詩に支配せられてゐる。ただ不幸にして、私は詩をよう支配せぬ。私はただ魂と愛と真勇と十字架を歌ひたいのだ。私はその為めに、囚はれた。

 十二月の太陽が、本所のバラックの硝子障子をポカポカ照らす、一昨日秋田市から帰って来た、私には南の太陽がうれしい。保育所の子供等は足調子面白く「マーチ」につれて踊を続けてゐる。

 私は本所の「愛の集團」にこの上なき喜悦を感じて居る。そこには、輝かしい顔の持主である今井さんが居るし、律義な働き手の木立さんが居る、忠実な黒川さんが美しい顔をして、こまめに働いでくれる。

 ゲルションは泥中の蓮のように、苦海から伸び上って、私等を上に引き上げでくれる。イエスの群の幾十人か、幾百人かは、みなうれしい「魂の芸術家」として、みな輝く顔を持ち寄る。そこには勿論貧しい人々の予供等の天の使いの顔もあり、地殻を刻む創作家としでの労働者の顔もある。

 地震の為めに出て来た私は、本所で幸福な私を発見した。神戸の悲しみは、全く癒された。それで、私はまた西に帰って行く。そして、また嘆きの子とならう。それもまた、私の芸術であらねばならぬ。             ‘

  一九二五・一二・三

               賀  川  豊  彦

                 本所松倉町バラックにて
  
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