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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第51回)

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「西山公園の梅」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



   賀川豊彦の著作―序文など

       わが蔵書棚より刊行順に並べる

               第51回

           
      神と聖愛の福音

       昭和5年6月10日 下関福音書館 198頁

 ほぼ1年前に賀川豊彦の著書『神による新生』を出版した下関福音書館が、引き続いて本書『神と聖愛の福音』を刊行しています。廉価なかたちで初版から1万部を印刷して版を重ねています。

 本書の「著者より読者へ」の頁には、「この書は、昭和4年から昭和5年にかけて講演(筆記者吉本健子・黒田四郎)をもとにしている」ことが記されています。

 これも『賀川豊彦全集』には収まっていませんが、とりあえずここでは、重要な「序」を取り出して置きます。



         序

 不思議なのは、宇宙の現象であり、私の存在である。

 ぢっと眼を据えて、私の目の前に置かれた机、椅子、紙、書物、畳、靴下、障子、土、樹木、葉・・・花を凝視していると、私は、無生物と生物が、私の前に描く不思議な戯曲そのものに昏倒する位、驚異の世界に釣込まれて行く。それだけで私の宗教が、既に成立するに拘わらず、私はさらに、第二の不思議に送り込まれる。

 其処は、静かに秩序を保って呉れる「物」の世界ではなく、一秒間に十九哩走る地球の速力と、八分間に九千三百万哩走って来る光線の速力と、その光の速力をもって、百年かかってもまだ走り了せないと云う、大宇宙の大速力の驚異の世界である。その不思議な凡百の世界に統一があり、統一のうちに、複雑な組織が横たえられ、宇宙の力は盲目ではなく、人間以上の意匠によって設計せられたることを、私は沁み沁みと教えられる。これを見ただけで、充分私の宗教が成立するに拘わらず、私は更に、第三の不思議なる世界に送り込まれる。

 其処には、芥子だねの中に大きな幹と枝が蓄えられ卵のなかに雄鶏が胚胎され、赤ん坊の脳の中に、ニュートンやアインシュタインの法則が秘められ、アミーバより人類までの進化が、不思議なる展開として、時間の行進曲の上に展列される。私にとっては、成長の事実ほど不思議なものはない。この不思議な事実を見ただけで、私は驚異の讃歌を歌え得るに、更に私を、第四の不思議な世界に連れ込むものがある。

 其処は、太陽の輝きと、星と月の色彩によって飾られる。幾十萬種の植物の葉が、一つとして同じ形のものはなく、みんな違った形をして天地を飾る、一つとして同じ花はなく、凡て人間の目には、美しい曲線美と色彩を以て、空間の世界にえぐりつけられて行く。その美の世界、それにもまして、動物の不思議な形体と、人体の美の不思議なる組み合わせによって、私は、宇宙を衣とし給う神が、単に力のみではなく、単に成長のみではなく、美と、優れた姿に、凡てを芸術化し給うことを信ぜざるを得ない。これだけでも、私は、私の宗教の事実を疑えないに拘わらず、私は更に、第五の不思議なる世界に導かれてゆく。

 其処は、人間の凡ゆる経験を通じて、宇宙を着給う神が、人間の胸に良心を植え付け、その良心を通し、後に来るものに、朗らかに叫び給う神秘なる歴史の世界である。歴史の水平線に聳える良心の絶頂がいくつか並ぶ。その架空線を連絡させると、神の足跡が印せられている新しい雪線が発見せられる。それこそ、神の黙示であり、永遠より永遠に物語り給う神の放送である。

 旧約より新約への物語は、ただ一編の歴史ではない。それは、良心の峰より峰に歩み給う神の足跡の印象記である。

 おお、絶望と憂慮に慄えている失敗の子よ、お前の上に希望の太陽が昇っているではないか。宇宙を着給う神が、十字架の上に絶対の愛を現し、人間の魂に復活のあることと、凡ての失敗を神自らが尻拭いし給うことをし給うたではないか。洞穴に隠れて、神の審判を呪詛する狼の子よ、お前の恐怖は見当違いだ。

 神はおそれの神ではなくして、至愛の神だ。審判の神ではなくして、贖罪の神だ。愛だ、愛だ、愛だ、至高の愛だ! 

 全世界に責任をもって、全世界の最後の欠点まで責任を負い給うは、キリストの「神意識」のうちに目醒めた、最悪者に対する贖罪の責任感ではないか。この世界凡てに対する責任の意識なくして、人類最後の解放は期待出来ない。

 この最微者、最悪者に対してさえ、責任を意識する神の如き自覚の中に、経済的解放も、政治的解放も、社会的解放も、肉体的解放も、精神的解放も凡てが含まれている。これは解放の解放である。それで、紀元一世紀の聖者たちは、これを福音と呼んだ。

 人類を解放せよ! 資本主義的圧制より階級制度の桎梏より情欲の鉄鎖より、野獣の暴虐より、人類を解放せよ。そして我々は一つの解放に、更に新しき一つの解放を加えるとき、人類の解放が、キリストの十字架の上に流した贖罪愛の解放以上に出ていないことを発見する。

 福音の鐘よ、高鳴れよ! 村に、町に高鳴れよ、そして最後の人間を解放するまで、鳴り続けるがいい。

 あゝ、福音よ、踊り出でよ、日本のために忍耐したる福音よ、日本の最後の最微者を贖ってくれ、日本は福音を待つことが久しい。

 日本の暗い台所の押入れの隅まで、福音の高潮で浸してしまうがいい。あゝ、福音の津波よ、日本の罪悪をかっさらえて行ってくれ、生命の台風が南から北へ進むとともに、私はその福音の津波の来襲することを待っている。聖霊の台風よ、真っ直ぐに、日本の上を南から北に通過してくれ。

  一九三〇年五月二十三日

           賀 川 豊 彦
  
              武蔵野の森にて
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