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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第63回)

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「須磨離宮公園」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)




    賀川豊彦の著作―序文など

      わが蔵書棚より刊行順に並べる

              第63回
      

    キリストに就いての瞑想

       昭和7年6月30日 教文館出版部 200頁

 本書『キリストに就いての瞑想』は『神に就いての瞑想』(昭和5年)『十字架に就いての瞑想』(昭和6年)に続いて3作目になるもので、いずれも教文館出版部より刊行されました。これも賀川の講演筆記で、吉田源治郎・黒田四郎・吉本健子各氏の手になるものです。

 早速、本書の表紙と序文、そして「著者より読者へ」を収めて置きます。




      キリストに就ての瞑想

          序

 黒土を破った青芽に、露がそそがれ、茎が伸び、花が綻び、そして結実の秋が来たやうに、人間の歴史に一つの結実が見せつけられた。それはほかでもない。ナザレの大工イエスに於て、宇宙の底にあった不思議な愛の霊力が、露に表面に出て来て、最も貴い人間の結実を示してくれたことである。

 それは、使徒パウロがいふやうに、人体に譬ふれば首ともいへよう。キリストは首である、歴史の完成である。彼に於て、宇宙を支配し給ふ神は、思ふままに大御心を表現し給ふた。この意味に於て、キリストは神の像であり、神の性質を持ってゐられた方だといひ得る。

 愛に於ひてのみ、無限と有限が、絶対と相対が、大きなものと小さきものが、王者と乞食が、霊と肉が、民族と民族が、階級と階級が――そして神と人間とが、合一し得る唯一の機会を与へられる。智者と愚者は、愛に於て、連結点を発見し、病人と看護婦は、愛に於て連り、善人と悪人が、愛に於てのみ一致点を発見する。

 かうして、イエスは、愛の化身者、愛の顕現者として、地球の一角を歩いた。彼の一生は短かった。彼が旅行せられた範囲内も、数百哩の狭い圏内に限られた。然し、彼に於て、愛は全意識の上に爆発し、その吸引力は、人間の壊れた魂を神にまで吸上げる力を持つてゐた。何といふ大きな愛であらう! その不思議な贖罪愛の意識が、神から出て来ることを誰が否定し得ようぞ! この厳粛な血の意識に、私は、生き給ふ神が、入類の迷ひと罪悪を憂ひて居られることを感ぜずには居られない。

 愛を信ずることは、迷信ではあり得ない。さうだ! 愛に於てのみ、新しき宇宙の創造性と、その世界の持続性と、たとひ失敗することがあっても、必ず補償し得る愛の可能性を我々は見出す。

 愛の意識は、愛の信仰であり、愛の信仰は、愛の行動を要求する。キリストに於て、まことに、信仰と実行は、二元的なものではなく、全く愛に於て撃がってゐた。我々もかくありたいものだ。

 ガリラヤの野辺に、ゲネサレの湖辺に、ヘルモンの雪峯に、さてはまた物いへぬ唖者に、捨てられた癩病人に、石打たれんとする娼婦に、爪弾きされたる収賄官吏の一群に、常にその翼を伸べ給ひしキリストよ、イエスよ、この非常時の日本に、あなたの手を伸べて、愛の飢饉に泣いてゐる日本の農民に、漁民に、都会の失業者に、九十万の肺病人に、百万の前科者に、今日も、新しきあなたの愛を湧き溢れしめて下さい。私等は、言葉の宗教に飽いてゐます。頂きたいのは、あなたの愛であり、愛の社会組織であり、愛の復活であります。

 然し、人は馬鹿にしても、背の高い茅の葉のかげに、白菊が咲き乱れる如く、日本の山里に、波の白く砕ける磯に、あなたの愛にほだされながら、こつこつやってゆく小さい群が、あちらこちらに出来ることが私に陪しくてならないのです。このあなたの白菊の群を見棄でないで、勇敢な十字架の苦杯の人として、日本の非常時に、更に大きい十字架を荷ふに相応しい者とし見下さい。

 日本を救い得るものは、愛であり、十字架であり、逆風に怖れざる十字軍の戟士であることを私は意識します。果敢にも、エルサレムに頭を向け給ふたキリスト、我々にもまた、十字架より顔をそむけない新しき決意を与へて下さい。

  一九三二年六月十日
 
          賀 川 豊 彦

                 武蔵野の楡の蔭にて




          著者より読者へ

 過去数年に亘って、私がキリストに就て瞑想したことを、同志吉田源治郎氏、黒田四郎氏、吉本健子氏が、筆記せられたものを一纒めにしました。ここに改めて三氏に感謝の意を示します。

 尚、わからない点があれば、いつでも御質問下さい。いつでもお答へいたします。宛名は、東京市外松澤村上北澤六〇三にお願ひします。その他、東京であれば、本所区東駒形四丁目キリスト教産業青年會、また大阪であれば、大阪市此花区四貫鳥セッルメント、兵庫県武庫郡瓦木村日本農民福音學校一麦寮、そして神戸市吾妻通五丁目イエス團等の宛名でも、私の手許に手紙が屈きますから、一番覚え易い處を記憶してゐて、遠慮なく質問をして下さい。いや質問のみでなく、キリストに属ける愛の実行を一緒にやりませう。この書物は、読んだ後直ちに、ほかの人に読んでもらふやう御努力下さい。

 この書物は「神に就ての瞑想」「十字架に就ての瞑想」と共に三部作として書いたものですから、他のものも参考に読んで下さると結構です。



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