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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第65回)

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「会下山ぶらり散歩」(今日のブログ「番町出合いの家」httpplaza.rakuten.co.jp/40223/)



   賀川豊彦の著作―序文など

      わが蔵書棚より刊行順に並べる
  
               第65回
    

    神と苦難の克服

       昭和7年10月21日 実業之日本社 362頁

 賀川豊彦が実業之日本社で著書を刊行したのは本書『神と苦難の克服』が最初です。昭和7年10月に初版ができていますが、手元のものは昭和12年4月の第10版です。

 ここでは「序」並びに第1章の「苦杯を前にして」の冒頭「悲しい時はどうするか?」を取り出してみます。
 なお長くなりますが、ここで重要な『尽きざる油壷』の「序」を最後に収めます。



      神と苦難の克服

         序

 熱帯の常夏は、人間を麻庫せしめる。私は赤道直下を旅行した時、衣食住に欠乏しない熱帯に住むより、寒温の差の激しい温帯に住みたいと思った。変化は喜の一つである。然し、その変化に、苦楽の落差があるとき、人々は驚嘆し、悲嘆する。然しこれもまた、大きな変化の交響楽であると思へば、我々の耐へ得る処には苦痛もまだ、一つの試錬の砥石と変る。

 ドイツの哲学者オイケンがいったやうに、人は苦痛の原理を知らないけれども、宗教によって苦痛を征服する力を持ってゐる、と理解することが出来たとすれば、我々は何の臆する処もなく、苦痛に向って挑戦し、苦痛を享楽することが出来るやうになる。十字架の真理はそこにある。

 苦痛の子として憂鬱の東洋に生れた私は、十字架の真理に、苦難を克服する秘訣を学び得た。神に生きるものには、自己のためまた人のためにも負はねばならぬ苦痛さへも、神秘なる戯曲の一節であつて、それによって私は、宇宙全休の不思議な摂理を疑ふことは出来ない。

 私は関東大震災以後、機会ある度毎に多くの日本の庶民階級の人々に、この真理について物語ってきた。今ここに、それを一纏めにして、行詰った農村に、都会に、家庭に、街頭に――苦難に打勝つべき宗数的真理を再考してもらふことにした。

 この書を読んで、なほ個人的に、煩問と苦痛を訴へられる方々は、喜んで相談にのりたいと私は思ってゐる。それで遠慮しないで手紙を送られるなら、少し遅れても必ず返事を書くつもりでゐる。

 今は日本の建直しの時である。臆病や逡巡は無用である。苦難を前にして怯まず、宇宙に溢れる霊気を渾身に覚えて、新しく精進すべき時である。朝日は昇る! いざ黎明とともに人生の門出に急がうではないか!

   一九三二・九・一八  

            賀 川 豊 彦

               武蔵野にて




    神と苦難の克服

    一 苦杯を前にして

      悲しい時はどうするか
 
      悲しみの原因

 一年の中には春もあれば秋もあり、夏もあれば冬もある。一日の中には晴れもあれば曇りもある如く、人生には嬉しい事もあれば、悲しい事もある。苦しい事と悲しい事は人生につきものと云はねばならぬ。いつも嬉しいものならば問題はない。

 私は何故『悲しい時はどうするか』といふ題をとったか? 吾々は悲しい時はすぐに調子を失ってしまって、取りかへしのつかない様になってしまふ事が多いので、それらについて話してみようと思ふからであふ。

 では悲しい時にはどうすればよいか。
 第一に心理的に考へねばならぬ。若い者には悲しい事が多い。米国の心理学者スタンレーホール氏は青年達の内六割五分位の青年はいつも悲しんでゐる、その内でも女子より男子の方が多いと言って居る。これは私も経験する所である。その理由は、青年達は高い理
想を持ってゐるのに、現実は理想といつもかけはなれてゐるからである。

 第二には生活難である。境遇とか家庭の事情のために苦しむ者が多い。立派な処に勤めて居られる人々でも、境遇とか家庭の事情のために苦しむであらう。この悲しみも亦男子の方に多い。それは自殺者を見ればわかる。自殺者の中には若い青年が多い。此の比例は
男子が十人ならば女子は七人である。理想と現実とかあまりに距離があるために、辛抱が出来ないで自殺するのである。女子には忍耐があるけれども、男子は女子に比べて忍耐が少ない。これらの理由のために、「悲しい時はどうするか」といふ題を選んだわけである。

 或人は、悲しみがあまりに大きかったり、あるひは大きな悲しみに遭遇したりすると、『つまらないから一杯飲まう』などと、酒を飲んで、苦しい事、悲しい事をまぎらさうとする。それは実につまらないことである。私はさういった人々に対してお話したい。

 人口の多い町程自殺者が多い。八百万の人口を有してゐるニューヨークが世界中最も自殺者が多いのである。マンハッタンといふ所では、人口の増加する率の殆んど十倍自殺者が増してゐる。此の街は細長い岬のやうな処で、東に川が流れて居り、幅八丁、長さ二百
五十丁もある町である。人口二百五十万を有し、今住んでゐる以上は人が住めないのに、それを無理に住むものだから、高い高い塔のやうな建物を造る。近時では塔と塔との間に橋を造ってその中に住むといふ有様である。所謂蜘蛛の巣文明である。この蜘蛛の巣文明
のために、却って悲しみが多くなって来る。人口が増加するに連れて自殺者が多いのはその理由である。原因としては神経衰弱が一番多い。日本でも最近は年々一万五千人の自殺者がおり、その六割までは十五歳から三十歳までの青年である。この事実が私をして[悲
しい時はどうするか」を話させる理由でみる。
 ではどうすればよいか? 私は悲しい時にする工夫の結論をさきに述べる。

   時を待て

 悲しい時には次の二つの事をすればよい。
 第一には待つ事であり、第二には信ずる事である。待つといふのは時を待つ事である。「待てば海路の日和」と云ふ。まだ全部を見なければ意味を知る事の出来ない活動写真のフイルムの如く、人生に於ても全部を見なければ解らない。即ち待つ事が肝要である。毎日勤めて居る間には、時には上役の人から叱られる事があるであらう。その時には誰でも悲観するけれどご「あゝ、つまらない」などと悲観しないで、叱られたのは活動写真の第一巻の終りのやうなものだと思って、終りまで待つ事である。二巻目になれば、だんだんと出世する事は確である。かういふ気持で待つといふことである。一体、日本の青年は短気である。悲しいとすぐにつまらない気を起してしまふ。私は大勢の青年と共にくらしてゐるが、常に『待ちなさい、待ちなさい』と言ってゐる。読書にしても、五百頁も一千頁も
一度に読んでしまはうといふ気持でやるから失敗が多い。一頁一頁ゆっくり読まなくてはいけない。一度に読まうとするから失敗する。

 総ての植物にも動物にも発展の順序かある如く、総て出世には順序がある。それを開序といふ。朝顔の蔓でも急には伸びない。少しづつ竹のまにりをぐるぐまひをして延びて行く。かういったやうに順序をふまなければ延びないと同じで、我々は順序を踏まなければ失敗する。富士登山の場合でも、同じ事である。富士山は一万二千三百六十五尺、真直に登れば、三十丁しかない。然し真直に登れるものではない。斜面を利用しなくては登れない。私も前に富士登山をした事かある。四合目位までは道を踏まずにどんどん強力より先に登ることが出来たが、五合目頃から苦しくなる。強力は後から足駄をはいてゆっくり登って来る。だんだん上になるに従って強力の方が先に行ってしまって、自分だけ取り残されてしまふ。道を歩まなくては登れるものではない。「道」を歩く方が、結局「徳」だといふことになる。それを「道徳」といふ。

 人生に於ても順序を踏んで出世しなければならない。順序を踏まないで力自慢で行くと、失敗する。天才肌の者は一息にやらうとするから度々失敗する。力自慢で行くならば、花火のやうなもので、その響きは大きいが落ちるのもごく早い。種子を蒔いたものは、時
が来なければ、稔るものではないといふ事を知らねばならない。

    信仰の力

 第二には信ずる事である。信仰とは、人生に於る可能性を信ずることである。即ち、もう一度悲しいことを見直し、悲しみを通して新しいことが生れること、悲しみを通して反省すること、悲しみを通して人を助けること、その可能性を信ずることを信仰といふので
ある。これを考へる前に、吾々は、信ずる時の態度を考へる必要がある。吾々は悲しい時に自分達の立場を考へなければならない。貧乏して悲しいのか、病気のために悲しいのか、無学のために悲しいのか、或は叉ある力の不足のために悲しいのか、失敗のために悲しんでゐるのか、其立場を考へて悲しみの相場をつけなければならない。つまらない事で悲観してはいけない。人間は狭い所に住んでゐる。前にばかり目がついてゐるから、自分で自分の後方がわからない。自分の立場をよく考へ理解して、ある異なった角度から考へる事が必要である。大阪の三越呉服店を見る時も、堺筋から見るのと、高麗橋筋から見るのとは、角度が違ふから、その見る感じも異なってくる。これを称して価値の測定といふ。第一、貧乏を我々はどう考へるか? 吾々は貧乏を悲観する。どうして悲観するのだらう。金持だったら悲観しないのか? 金持だったら何をするか? 遊んでゐるのか? 遊んでどうする? 夏は水泳、冬はスキーに出かける。では遊んでゐるのが楽な事かと云へば、決してさうではない。苦しいのである。働いてゐる方が却って愉快なのである。

 人生は工夫である。好きなものならば労働でも何でも悲しい事はない。貧乏でも、好きで貧乏してゐるのは、いやいやに貧乏してゐるのとは感じが大いに違ふものである。生れた時は誰でも貧乏である。裸体で生れて裸体で死ぬ。金持でも金を持って死ねるわけでは
ない。金銭について悲しむ事は何を意味するか? 金だけを考へることは最も卑しむべき事である。金は社会公共の事業に使へばそれでよい。望んで貧乏した方がどの位よいかわからない。望んだ貧乏はずゐ分楽しいものである。それは心の工夫である。金持は嬉しいかといふにやはり悲しいものである。金だけが人生ではない、人生は別にある。心が愉快でない人、心に工夫のない人は、幾ら金があっても愉快に暮す事は出来ない。金があっても愉快でない人を金持貧乏といひ、貧乏してゐても愉快に暮す事の出来る人を、貿乏金持と云ふ。総ては気持次第である。即ち心の工夫である。心の工夫をしない人には、悲しみは絶対的であり、それから永久に救はれる事は出来ない。

 日本は今前例のないほど不景気である。多くの商店にも、不景気は随分影響してゐる。けれども、我々の一人一人が心の工夫をするならば、この難局は決して打破出来ないものではない。
 私の住所は神戸新川の長屋街におった。十軒づつ二列並んでゐる中の北側の東から四軒目であった。其処に十四年間住んだ。この長屋の生活は実に愉快であった。九尺二間で隣室を職工さんに貸してゐたが、その職工さんは三畳に六人住んでゐた。私の家では、王様
と家来が同じ人間である。『電報!』と来ても、寝てゐて手を伸ばせば、窓から受け取ることが出来る。配達入を御殿の給仕のつもりで受取るのである。この気持で居れば天下泰平である。隣家には芸者上りのおかみさんがゐた。なかなか親切な人で、私か寝てゐると、粥をたいて、『賀川さん、お粥をお上りなさい』と持ってくる。男爵住友吉左衛門氏の隣のおかみさんが粥をたいて『右左衛門さん、粥をお上りなさい』と持って行くだらうか? 近所同志が近くて親しめるのは、貧乏のお蔭である。私はそれを享楽する。維摩経に、かたつむりの家の中には干畳敷の広さがあるとある。物は思ひ様である。室内旅行といふものがある。部屋の四つの隅を、仮に、自分の旅行したいと思ふ所、例へば、別府、日光、軽井沢、箱根としておいて、隅から隅へ次々に歩いて廻るのである。その歩き廻る事によって、別府といふ隅に行けば、入浴の気分にもなり、軽井沢といふ隅に行けば、避暑といふ気分にもなることが出来る。これを室内旅行といふ。

    人生の見方

 京都に智恩院といふ寺がある。智恩院の庭は狭いけれど非常に有名である。私も行って見た。そして非常に落胆した。竹垣があって小松が五六本あるばかりである。何処が有名なのかわからない。ところが、案内者が、竹垣の向ふを見よと云ふから限のつけ所を変へ
て見ると、山の緑や、清水寺の五重の塔、杉の木立等が視界にはいる。それが非常に景色がよい。それで有名なのださうである。自分の庭は狭くとも、人の庭が広くて景色がよいから、それで有名であることがわかった。これが貧乏人の工夫の一つである。

 我々も、大きなデパートメントーストーアは俺のものだと思へば、人のものでも気持が好くなるに違ひない。持ってゐる、持ってゐないの考へ方をすてて『総てのもの我々に働きて益をなす』と思へば愉快になる。ある目的があって貧乏することは、悲しい事ではない。仕事があって貧乏する事は愉快である。目的があれば道が開かれる。だから貧乏に対して判然たる態度を取らねばならない。

 支那の西太后は非常に気のきい七人であった。御殿の部屋の飾を皆取りのけてしまってテーブルとばらの花とを置いてゐた。その質素な部尾の中に、綺麗なばらの花があると、それが非常に美しく見える。西太后はさういふ賢さを待った人であった。そこに気のつかない人々は何でも彼でも持ちたがる。吾々は目的をきめて質素にしなければならない。
 俳句は十七文字で総ての意味を現してゐる。私が曾て米国にゐた当時、米国人から東洋精神について尋ねられた事があった。その時私は俳句のやうなものだと答へた。俳句とは何だと訊くから、『古池や蛙飛び込む水の音』のやうに、十七シラブルで出来た歌だと云
った。然し勿論彼等には解る筈がないから、これを訳して言ったが、それでもわかる筈がない。然し我々日本人はその意味を通じて十分目的を知る事が出来る。

 人生の意味の発見出来ない人に金を持たしても、人生の意味を発見しないで死んでしまふであらう。貧乏なサラリーマンでも、意味がわかれば非常に豊かなのである。

 俳人一茶が前川侯に高禄をもって抱へられやうとした侍、『何のその百万石は笹の露』と歌った。その気持ちで人生を送れば、千万長者より豊であり愉快である。

 百万円持って、二百万円の仕事をして、百万円足りないで暮すよりも、五十円でも、一円をのこして四十九円で満足して暮す方がどれだけ豊であり愉快であるか解らない。

 哲人パウロは『足る事を知るは大いなる利なり』と云った。実に然りである。胃袋も同じことである。胃袋は最もデモクラシーである。誰の胃袋でも八分目位しか食ふ事は出来ない。百八十億円持ってゐる米国のロツクフェラーでもさう多く食ふ事は出来ない。食ふのは大抵みんな同し位である。

    病気は気から

 次は病気の問題である。健康者ほど病気を悲観する。日本では年年七万九千人が肺病で死ぬ。日本には現在八十万人の肺病患者がゐるが、病気が治らないと思ふと悲しい。然し治ると考へれば悲しくはない。病気は心で治るといふことを考へなければならない。肺病
になると治らないと悲観するものが多いのは誠に遺憾である。「死線を越えて」には私か肺病の保養中に言いたもので、肺病だからといって治らない事はない。現在私はその肺病が治った。病気以上に神経を病むから治らないのである。病気よりも神経を治す方が先決問
題である。雑誌「改造」の元編輯長横関愛造氏は安静主義を取って、病気の時は静かに床に寝て居たが、寝て居ると悲しい事が多いので、病気は神経より起るものであると思ひ、気分を治すに如くはなしと思ひついて、病床からはね起きて銀座を散歩した。それで病気
は快くなって、氏は今でも一日一度は銀座を散歩するさうである。我々の内にも病気のために苦しむ者があらうが、大部分は「気分」で病気にしてしまふのである。今までは薬を飲まねばならないとなって居たが、その外に自然療法が必要である。例へば、吹雪の夜でも窓を閉めないで寝る。身体だけは十分温めてゐるが、肺に入る空気は外の零下何度といふ空気を吸ふ。これを自然療法といふ。この療法で十中八九までは治る。私は日本の病院に入院して何所でも部屋に入らなかった。自然抵抗の意味に於て入らないので、飯の時だけ部屋にはいるやうにして居た。

 食物にしても同じ事である。肉は食へば食ふほど滋養になるけれども、肉ばかりでは、ためにならないのみならず、却って害があり、香物、野菜等の方が腹のために好いことがある。
 自分等の無学も亦同じ事である。決して無学を気に病んではいけない。電気を発明したのはトーマス・エヂソソ氏である。彼は尋常一年の時落第した。母は彼を家へ連れ帰り、駅の切符切りにした。駅の助役が化学の実験をしてゐるのをみて、彼は電気を発明するに至ったのである。彼は又蓄音器、フイルム等の発明、世界の大発明の内約八百種の発明をしてゐる。駅の一切符きりに過ぎなかった彼が、かくの如き大偉人となったのである。無学は決して悲しいものではない。「智」は世の中の如何なるものでも持ってゐる。順序立てて研究するならば、五年十年の後にはきっと一人前の人間として世に立つ事か出来るものである。トーマス・カーライルは『ある目的をきめて一日に五分づつ十年やれば、世界的偉人になることが出来る』と云ってゐる。何でもない事ではあるが、それを実行しないからいけないのである。信州諏訪の中学の先生が、太陽の黒点を毎日五分間づつ五年間続けて見た。世界の誰でも太陽を見ない人はないが、五分間づつ目的を以て見た人はない。その研究の結果を持って山本理学博士は汎太平洋学術会議に提出した。その結果これが世界的の研究とせられたのであった。又大阪道修町の薬屋の番頭大賀氏は、十年間ダソテについて研究した。その結果、ダンテについて彼程よく知ってゐるものはない様になった。トーマス・カ―ライルの言った言葉は実に然りである。それは、我々が一日に五分間づつ目的を以て考へるならば、如何なる事でも出来ないことはない事を裏書する。

失敗に対しては責任を負はなければならない。失敗してももう駄目だと悲観しないで、『望がある、自分に望がなくとも、天地の間には不思議な――何と云ふ名か知らないが――力があって、自分を聖め、力づけてくれるものがあるから、宇宙に自分の不足を償って貰はう』といふ信仰が出来さへすれば、失敗は大きな激励となる。私は信仰をもって悲しみを打破せよ、といふ。信仰がなければ多くの人はひるむものである。『自分以上の力が宇宙にある』といふ事を信じて進むならば、悲しみは喜びとなる。聖書に『悲しむ者は幸なり、その人は慰めを得べければなり』とある。

    悲哀の快感

 或は又父に別れ、妻子に死別して、悲観の結果自殺する者かおることをしばしば聞く。もしそのやうな悲しみに遭遇したならば、『人生は狭い自分だけではない、自分より広い大きなものが自分を引きあげてくれる』といふ信仰を発見しなければならない。

 死は悲しいものかもしれない。けれども、もし死後の事を悲観するならば、生れない前の事も悲観しなければならないわけである。元来吾々は天地万物の不思議な力によって五十年の生を与へられた。その僅な五十年の生はスクリーンと同じ事であるを思はねばならない。決して悲観するものではない。死は自然の法則である。
 鉄は熱してゐる中に鍛へ上げられる。悲観も錬鉄と同じことで、悲観あるが故に人は鍛へ上げられるものと考へなければならない。悲しい時でも、信仰といふ槌をもって居さへすれば、総ての悲しみ――無学、不景気、貧乏――も総てその人を鍛へ上げるものである。悲しみは一つの鉄槌である。その鉄槌によって自分が鍛へ上げられるものと思へば、悲しい時、淋しい時にもきっと打ち克つことが出来る。

 イエス・キリストの十字架とは、人の悲しみをも自分が引受けて進むという意味である。悲しみを引受けて、喜んで突進する意味である。或目的で他人の悲しみをひきうけることは悲しくはない。却って愉快なのである。我々が、悲しい芝居を見て、涙を流して泣いて
も、我々は愉快である。泣いてゐても『好い芝居だ』と嘆賞するであらう。何となれば、悲しむ目的を持って悲しい芝居を見に行ったからである。その涙は愉快な涙である。キリストは人の悲しみを目的の一つに選んだ。これを悲哀の快感といふ。即ち進んで悲しみに
入り、人の苦しみ悲しみを取る事がキリストの精神であった。

 この精神を互ひに持ち合ふならば、非常に愉快である。友人の悲しみ苦しみを引き受け合ひ、上の人は下の者のために尽し、下の者は上の人のために労を取り、互に悲しみを引き受け合ふならば、悲哀を通じて一つの霊となる。これが家に入れば一家和合となり、国
に入れば発展の原因となるのである。『悲しみに負けるな。非ししみを貫いて進め。ひるむな、突進せよ』かういふ元気と信仰を持って進みたいものである。



 付録
       尽きざる油壷 

         序


 悲しむ者、女よ神のために苦しむ者にとって行詰りはない。

 さういったエリシャは、シュナムの貧しき予言者の妻に、油壷を借り集めることを命じた。そして、その借り集められた油壷の中に、ゆふべ、瓦器けの底に、僅か残された漁の数滴を注いだ。

 おお、湧く! 湧く! かり集められた空っぽの油壷の中で、口にまで溢れる美しい油が湧く。それは貧しい寡婦の驚きを越えて、愚にもつかぬ過去一切の労苦を反古にし、油が溢れる。

 そして、この貧しい寡婦にも等しい経験を、私は毎日毎月繰返してゐる。さうだ、シュナムの貧乏女の油壷の見るやうな経験を、私は過去数年来繰返した。それを恩寵といはうか、荒野のマナといはうか、人間の想像以上に、不思議に尽きざる生命の清水が、滾々として、深まった油壷の底に湧いてくるのを、私は見つけてゐる。それを疑ふ余地は、私には少しもない。

 エリシャに付き纏ふ神の力が、貪しき者への祈となって溢れ出づるやうに、飛行機文明の新しい時代にも、神への精進者には、不思議に油壷が付いてまわる。それはあり余った人の貸してくれる凡ての甕に溢れ満つる。

 私は見た、紫色に透きとほった、どろどろした橄欖油が、音を立てて茶褐の甕の底から盛上ってくるではないか。何といふかぐはしい匂ひだらう。白い泡が表面に浮上ってくる。何の仕掛もない、何の胡魔化しもないに、まがひもない純粋の油が、噴水のやうに溢れ出るではないか。

 私にとって凡ては神の油壷である。生命も、智慧も、愛の生活も 記憶力も、聯想も、凡てが借り集められた油壷に等しい。その借り物の器具に、神は私にと新しい油を盛って下さる。私の過去一切の負債も、私の怠惰も、私の魂の甕のかけらさへも無視して、神の油は溢れる。それは土の器であるけれども、恩寵に於て変りない。

 太陽は油を注がずして燃え出で、星は仕掛なくして万空に輝く。そして不思議な私の魂は、私の理解し得ざる不思議な奇蹟によって、不可解の謎の如く、私の顔を見つめる。一つの扉を開けば、なほ一つの扉が残り、その奥の扉をひらけば、また他の扉にぶつかる。ああ神の神秘は深い。生命の尽きざる油壷は無窮の神秘を包蔵して、永遠の戯曲を私の前に展開する。不滅の愛の織物は真の横糸によって綴られ、生命の彫像は、神妙な物質の衣を着せられて、無窮の恩寵に歓喜する。神への祈に、その日の経つのを忘れるのは、ひとりエリシャだけではない。千差万別の木の葉の美しさに魅入られた我々も、神秘なる神の恩寵に、地球そのものが大きな尽きざる油壷そのものであることを意識せざるを得ない。手品師が不思議な物を取り出す二重底の神秘より、丸いこの不思議な直径八干哩の地球と云ふ土器ほど不思議な見世物はない。

 すべてが、尽きざる油壷である。私のこの五尺の体、生ける土の器、それがまた一つの尽きざる油壷ではないか。滾々として尽きざる生命の水は、シュナムの油壷に比べて、より不思議でないことはない。ただもう私は茫然として、大能の父が天地の上に為し給ふ業を讃美して、闇に、白日に、神の前に跪座して、侭きざる油壷を凝視するほかはない。苦難も、迫害も、疾病も、死も、この尽きざる油壷の中の不思議なる油の上に漂ふ七色の色彩にしかすぎない。

 湧く! 湧く! 不思議なる生命の油壷は止まることなくして、恩寵の油を湧き溢れしめる。

  一九三一・一二・一

          賀 川 豊 彦

             武蔵野の森にて
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