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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第72回)

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「須磨・旗振山~鉄拐山」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



   賀川豊彦の著作―序文など

     わが蔵書棚より刊行順に並べる

             第72回
  

    『賀川豊彦童話集・馬の天国』

     昭和8年9月15日 日曜世界社 152頁

 昭和8年に出版された本書『賀川豊彦童話集・馬の天国』は、昭和9年に再版され、第3版は昭和14年に出ています。そして私の手元にあるものは、昭和16年に出版された第4版のものです。そしてその「序」を収めます。

 そして戦後昭和26年にも本書は早川書房より再販されていて、その新しい「序」もここには取り出して置きます。

 なお、この「馬の天国」のもとになった「西川」のおじさんの事は、前に「武内勝」所蔵資料のなかに、重要なドキュメントが残されていましたので、「賀川豊彦生誕100年オフィシャルサイト」の方ものぞいてみてください。


     童話『馬の天国』

        序

 このお噺は、わたしか、創作したものであります。西洋人の作つたお噺とちがつて、日本人として生きて行かなければならないお伽噺の世界があります。

 私は、毎年、年を加へますけれども、一生、お伽噺の世界から抜け出すことが出来ません。私は、いつまでも、お伽噺の世界に住んでゐます。それで、こんな書物を書いたのです。日本の子供たちに限らす、大人が、私の童話を読んでくれると、非常に幸ひだと思つてゐます。

  一九三三年八月廿五日
      
            賀 川 豊 彦

             武蔵野の森の中にて




 この童話作品は、前記のように戦後になって昭和26年8月に早川書房より『馬の天国―賀川豊彦童話集』として、以下の新たな序文を書いて出版されています。

 賀川全集では、上の初版はカットされて、以下のものが序文として収められています。


        馬の天国

         序

 私の宅に黒馬がいた。

 阿波の田舎で育った幼い時の私の日課は、毎朝草刈りで始まった。その馬は二歳の時に片限になった。義理の祖母は日の出前に私を起して、裏の田圃の畝道の両側にはえた萱や茅、げんげなどを「ふご」一杯に刈ることを命令した。私は満六歳に足らない時から、馬と心安くなった。

 黒馬が他に売れて行き、鹿毛の牝馬が厩にはいって来た。祭の日には、徳川時代から伝って来た金蒔絵の鞍をその倉庫から収り出してきて馬の上にのせ、番頭が、村の鎮守に曳いて行った。

 私は、馬を羨やんだ、馬は私より大きく、私より大事して貰い、金ぴかの鞍を背中にのせて出て行く。馬の方が、私より遥にえらいと思った。

 十七になって、私は三河の山奥の津具村の馬と親しくなった。此処では、馬に柴をつけると、人問がいなくてもひとりで家に帰ってくる。

 馬と人間のまじわりには、全く私の想像以上のものがあった。

 だが、私か、神戸の貧民窟に住むようになって、近くにいた馬蹄鉄屋の西川のおじさんは私に親切にしてくれた。私はその人に馬に乗る秘訣を教わった。そして馬を心の友人とすることを覚えた。

 「馬の天国」は、その親切な西川のおじさんが筆を取らせたと考えてくれてよい。狂人と、乞食とゴロッキの多い貧民窟の近くにも、馬と西川のおじさんは、浮世をはなれて私をすぐ天国に導いてくれる親切さがあった。馬と西川のおじさんのような大の親切があれば地上も、天国に遠くはない。

 私にとって、お伽噺の国は昨日の話ではない。年を取っても私は「おとぎ」の国にいる。馬と犬と烏と、親切な人間に会う度に、私はすぐおとぎの国に帰って行く。

   一九五一・六・二五             

         賀 川 豊 彦
 
             東京・松沢
      
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