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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第76回)

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「会下山・善光寺の<聖徳太子堂>」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



   賀川豊彦の著作―序文など

      わが蔵書棚より刊行順に並べる
 
              第76回
  

   小説『幻の兵車』

            昭和9年5月15日 改造社 480頁

 本書『幻の兵車』は、講談社の雑誌『キング』の昭和8年1月から12月まで連載され、それに新たに書き加えて、改造社より刊行されました。

 この社会小説は、協同組合運動と立体農業を主題とした作品です。小説ですので賀川の「序」はありませんので『賀川豊彦全集ダイジェスト』の武藤富男の本書の解説の一部を取り出して置きます。


      『幻の兵車』について

     (武藤富男『賀川豊彦全集ダイジェスト』301頁~304頁)

 この書は昭和九年五月十五日、東京の改造社から発行された。昭和九年は賀川が四十六才の働き盛りの時である。二月にはフィリピン・キリスト教連盟の招きにより一ヶ月間の伝道をかの地に行ない、八月には北海道農民福音学校を空知郡江部乙村に開設し、十二月には東北地方の飢饉救済運動を起こすなど、相かわらず多忙な日を送った。その間にあって、十冊の著書が出版されていることは驚異に値する。冊数からいえば、この年がレコードである。『幻の兵車』はそれらの著書の中にあって、賀川の書き下しである。それは彼の小説中でも文体が整っており、変化に富み、一読巻をおう能わずという面白さをもっている。

 『幻の兵車』という題は列王記下六章十三節十四節から取ったものである。予言者エリシャはトタンにおいてシリャの大軍に囲まれて捕えられようとした。エリシャの召使いが朝早く起き出て見ると、軍勢が馬と戦車とをもって町を囲んでいたので、召使は恐れてエリシャに報告した。エリシャは神に祈った。すると味方の火の馬と火の戦車とが山に満ちてエリシャのまわりにあった。シリャの軍兵は目をくらまされて見えなくなった。エリシャはこの軍隊を導いてサマリヤに連れて行き、イスラエル王の『殺しましょうか』という提言を斥け、兵士たちに飲食せしめてこれを放免した。これがエリシャの「幻の兵車」の物語である。この小説のモチーフはここから取られたのである。

 読者の便に資するため、次にあらすじを述べよう。岐阜県加茂郡加茂村の貧農に長男として生れた木村健蔵は、大阪北浜の株式仲買店大西の小僧となり、年期を入れた結果、取引所の『手合取り』として相場旋風を支配する中心人物となった。もと小学校教員であった彼の父は放蕩の末、家を捨てて顧みない。健蔵は大西仲買店の大連支店の次席に抜擢され、赴任することとなった。大連でも彼は業績をあげたが、ダンスホールに出入し、そこで仲田とみ子という人妻と知合いになる。とみ子が健蔵のために出資するということばを信じていた健蔵は、母からの窮状を訴える手紙を受取ったので、金策を頼むが、体よく断わられ、女にもてあそばれていたことを悟る。

 一年十ヶ月ぶりで、健蔵は大西の本店に帰任したが、大西の大旦那茂兵衛は中風で倒れ、息子の市太郎は放蕩の結果店に大穴をあけていることを知った。

 北浜の大御所山惣の主人は、健蔵の才能を見こんでいっしょに肥料会社株の吊上げ策を講じて一もうけしようと提案するが、健蔵は、農民の不利益になる謀略に乗ることは良心に背くと思い、この申し出をことわってしまう。

 その時、横浜の大銀行がつぶれたことを切っかけとして、恐慌が起こり、大商店や大会社が軒なみに瓦解して行く。健蔵はここで相場師生活かいやになり、健全な社会に入って行こうと念願するようになる。

 心斎橋筋を歩いている時、健蔵は市村時計店の前に『精神修養会』の看板を見て、ここに入り、『愛なき者は神を知らず、神はすなわち愛なればなり』ということばを初めて聞き心を打たれる。そして愛の実行には協同組合の方法が一番よいと聞かされる。話している人は市村時計店の支配人三好克彦であった。

 三好は『そら、君、みんな自分だけもうけたいと思って、人を愛する精神をもたないから、消費組合が発達しないのだ。愛の精神を宇宙の精神から頂戴するようにしないと、理想的社会はできないのだね』という。

 健蔵は毎土曜日の晩、三好が開いている今宮の貧民窟の夜学に行き、三好とともに子供たちに教えるようになる。

 大西家では市太郎の妹時子と健蔵とを結婚させてあとを継がせようとしたが、健蔵はそれを拒む。健蔵の父は首を吊って死にあとにはあとには母がてんかん持ちの弟と白痴の末
っ子と妹とをかかえて、父の残した借金で苦しんでいる。

 健蔵は今宮の夜学校で三好の姪、佐々木初子と知り合う。初子は看護婦であり、貧民窟の病人を世話している。健蔵は初子の美しい行ないと清らかな品性とに引きつけられて行く。

 健蔵は不況の中にあって大西仲買店を背負い、相場の下落を利して大西家のためにもうけてやる。その頃梅田の停車場で、大連から引上げてきた仲田とみ子に会う。彼女は夫に死別して内地に移り、夙川に住んでいたのである。健蔵はとみ子の住居を訪問し、彼女から五千円の融資を受け、肉体的誘惑を受けるが、佐々木初子のことを思って、その誘惑を斥ける。(この誘惑の場面の描写は肉体文学の大家を思わせるような筆致である。)

 健蔵はとみ子から借りた五千円をもとでにして堂島取引所に行って米の相場をやり二千五百円をもうけたが、米の相場を生産費以下に激落させて行く相場師の魂胆を淋しいことと思う。

 佐々木初子は貧民窟における訪問看護婦となり、かわいそうな老人を家に引取って世話しつつ、貧民窟の病人たちの訪問看護をしている。健蔵はここに初子を訪れて、いよいよ初子に心を引かれる。

 健蔵は弟が死んだので葬式のため郷里に帰って、父の借金のかたになっていた家を整理して、母と妹二人と小さな弟とを連れて母の兄の家に行き、そこに四人の家族を同居させることにした。ここで彼は近所の人と釣に行き、大雨にあう。大雨は洪水となり、水門が決潰しようとする。健蔵は身を挺して舟に乗り、砂袋をいくつも沈めて決潰を防ぎとめ、村人から感謝される。

 健蔵の母とその弟妹は叔父に邪魔がられた結果、隣家の離れに移り住むこととなる。大阪へ帰ってみると初子は病気になっているので、健蔵は徹夜で看病をする。

 大西の若旦那市太郎は七万円以上の約束手形を振出して健蔵の裏書名を偽造する。その他にも市太郎は不渡手形を出しているので、大西仲買店の屋台骨はグラついてきたが、健蔵の才覚で瓦解を食いとめる。

 急場を凌ぐために健蔵は仲田とみ子から一万円借り受けたが、とみ子の誘惑にかかり、夙川の家に連れこまれて彼女の陥穿におちいる。しかしとみ子の寝室の表に初子が立っているような気になって暗い心になる。

 健蔵の郷里では犀川切落で、七ヶ町村が廃田になるという問題にぶつかり、その代表者三人が健蔵を頼って来たので、健蔵は弁護士の豊田哲蔵に面会して運動方を頼みこむ。この豊田は、後になって仲田とみ子の情夫であることがわかる。

 大西家は市太郎の借財のため没落し家邸は人手に渡り、一家は阿倍野橋近くの路次奥の小さな家に住むようになる。一方佐々木初子は胸をわずらったので、健蔵は彼女を連れて四国の城辺に行き、彼女の叔母の家に彼女を頂けて静養させる。ここで健蔵は教会の牧師に会い、農民福音学校のやり方について教えてもらい、そこでやっている農村協同組合の実情を見て心を動かされ、郷里に帰って村の復興をやろうと決意する。

 大阪に帰った健蔵は阿倍野橋の大西家を訪れ、その零落した有様を見て同情し、また母から仕送りの催促状を受けたので、仲田とみ子から金を借りようとして彼女を訪問すると、とみ子から妊娠したと告げられる。彼はこれを自分の子でないと思うのだが、とみ子は彼の子であると主張する。その時、豊田弁護士はとみ子のところに来ていた。健蔵はとみ子に借りた金を全部返してあるのに、豊田は健蔵がもうけた二千五百円を返すべきだという。
 
健蔵は恋人に突放され、主人の家は没落し、父親は自殺し、悪い女に欺されて覚えのない子を押しつけられ、一時悲観して自殺しようとするが母や弟妹のことを考えて思い止まる。

 米の値段の暴落によって苦しんでいる郷里の産業組合からその経営する農業倉庫に健蔵を雇入れたいという申出があったので、健蔵は帰村して協同組合運動に献身することになった。彼は生産、信用の両方面に組合運動を展開し、立体農業を奨励し、青年団、処女会を動かすようになる。しかし健蔵の活躍を嫉妬し彼の運動を妨害する分子が次々にあらわれる。

 健蔵は入阪に出て三好克彦の世話で、購買組合共益社や神戸消費組合と渡りがつき、帰途三好から佐々木初子との縁談をすすめられ、また西宮北口の日本農民福音学校で開かれている新年修養会に出席する。そこで彼は佐々木初子に会い、彼女から、結婚については一切を三好に任せるという決意を聞き、仲田とみ子とのまちがいを告白する。初子は健蔵の罪を許し、生まれた子を引取って自ら育てるという。

 村では農業倉庫の米が百石も盗まれたため、健蔵に嫌疑がかかり、彼は警察に留置され、取調べを受ける。犀川切落問題で暴動が起こり多数うの農民男女が検束され、健蔵と監房を共にする。

 二十一日目に健蔵は嫌疑の晴れぬまま釈放され、家に帰ると、母は血を吐いており、生活難のため生きて行けないから、この紐で首を締めて殺してくれと健蔵に頼む。彼は裏の柿の本の下で泣きつつ、初子のことを思って、母を励ます。

 相場師の山惣から、支那に革命を起こして一もうけする話をもちかけられたが、これを断わった健蔵はどこまでも農村復興のため働こうと決意する。肺病の母を近江兄弟社の療養所に入れた後、彼は早朝から新開配達をし、昼は農業倉庫で働き、夜は青年たちを指導する。農業倉庫では再び米十石か盗まれた。産業組合の理事たちは前の百石とともにこれを健蔵の責任として賠償を要求する。健蔵は再び逮捕されて警察に留置されたが、間もなく真犯人があがった。犯人は健蔵の悪口を言っていた青年団長森川喜作であったが、健蔵は警察で彼をかばい、自ら賠償を引受けて、毎月三十円ずつ月給から差引いてもらって五年間に農業倉庫に損害を賠償することを約束する。

 とみ子は産院で子を産む。健蔵は初子とともにそこへ行きこれを引取る。その子は豊田弁護士がとみ子に生ませた子であるのに健蔵に押しつけたのである。
 
 三好の骨折りで健蔵と初子とは結婚する。初子は健蔵の努力によってできた医療組合の病院に勤め、健蔵は子を背に負うて働き、協同組合と立体農業に力を入れ、村の復興を計る。資本家が農民に物資や金を貸付けて搾取する特約組合とたたかいつつ、健蔵は奮闘するが、村の信用組合が大垣の銀行がつぶれたことに端を発して取付けにあい、健威か窮地に立った時、初子が三好克彦から資本の融通を受けて、現金を自動車で運んできたため、取付け騒ぎはおさまる。

 「金融の骨組は愛である、愛は大きな資本である」ということを、これによって役員たちは悟る。健蔵は生命保険も産業組合によって経営し、その資金を農村のために使うべきであると提言する。

 健威は、初子に赤ん坊を寝かしつけてもらってから列王記下六章十三節を読んでもらう。三好は農村に時計工場を作り、懐中時計の部分品を農村青年の副業にしたいと提案する。

 健蔵は相かわらず赤ん坊を負うて新聞配達をし、協同組合運動のために働く。仲田とみ子は健蔵に会いにくるが、赤ん坊を抱いてみようともせず帰って行く。健蔵は桑畑の中で赤坊の頬に接吻する。赤ん坊は声を立てて笑い、健蔵の瞳と赤ん坊の瞳とが結ばれるのであった。


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