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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第86回)

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「お隣に咲くハナカイドウ」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



  賀川豊彦の著作―序文など

      わが蔵書棚より刊行順に並べる
       
              第86回
  

     『宗教読本』

      昭和12年4月15日 第一書房 373頁

 本書『宗教読本』は、昭和11年8月の『人生読本―春夏秋冬』以来、『随筆集・黎明を呼び醒ませ』『颱風は呼吸するー長編小説』に続いていずれも第一書房より刊行されています。

 『人生読本』とは姉妹編となるもので、いずれも鑓田研一氏によって賀川の著作から抜粋して構成されています。『人生読本』の場合は、抜粋された出典が明示されていて便利でしたが、今回はそれが省かれているために、少々不便なところがあります。但し、箱入りの上製本で、立派な出来栄えです。

 本書は戦後早々昭和21年7月には、全国書房より書名を『生活としての宗教』と改題のうえ、簡易な仕上がりで再版され、その2刷では当時の事情を反映して全く紙質を変更した著作として読みつがれています。




       『宗教読本』編者の言葉

 賀川豊彦氏はご宗教界の偉材である。いつか某誌の各方面の名士に頼んで、現代日本の十傑を選出してもらったら、その時も宗教界からは賀川氏又は山室軍平氏を拉して来た人が多かったやうに記憶してゐる。

 賀川氏を印度のガンヂーと比較するのは、外國から起った事で、どこの國でも、宗教的生活者の良心と情操は、国境と人種の別を越えて伸び上る。フランスあたりの片田舎でも、日本人を見かけると、カガワつてどんな人かね、と訊くさうである。ジイドが日本でもてはやされても、まだそれほど一般化してはゐない。

 ところで、賀川氏とガンヂーとの比較だが、宗教的気魄に於いで、瞑想的気分に於いて、正義と愛への傾倒に於いて、両者の間には著しく共通点のあることが、アメリカ人やフランス人の闊達な心の窓にはそのままに映るらしい。

 だがガンヂーは今年六十九歳、賀川氏は丁度五十歳である。人格の圓熟、人格的魅力といふものは、努力や精進の反映であるよりも、より多く時間の象徴だと思はれるが、その意味では賀川氏はなほ将来の人である。だが、その体験する宗教の色彩又は味覚といふ点になると、近代人は賀川氏の方にずっと魅力を感ずるであらう。

            *

 賀川氏の宗教経除とその文學的表現は、実に多彩である。それは第一に氏の豊富な知性から来てゐる。メレジコフスキイの『神々の復活』の中に描かれてゐるダ・ヴィンチは、最後には知性の破産を嘆く段取りになつてゐるが、賀川氏にはそんな事がない。それでは知性が信仰に打ち克つてゐるかといふと、さうでもない。氏は信仰に最高の王座を與えてゐる。あらゆる知識は、全力的に、しかもその有効性の限界を越えることなしに、いはば信仰に仕へてゐる、信仰が女王なら、知識はその美しい侍女たちだ。氏が星を覗く望遠鏡を据ゑつけ、結晶体の標本を誂へ、ランゲの『唯物論史』やごラスキンの『ヴェニスの石』や、ジーソスの『科學の新背景』を側近の者に翻訳させる時、氏の頭の中にあるものは、まだ、信仰と知性との間に置かれた正しい秩序である。

 賀川氏の宗教を多彩ならしめる第一の要素は、氏が文學者であり、詩人であることである。氏の百冊に近い著書の序文は大部分散文詩であるが、そこには、宗教的気魄と芸術的感動、純真な霊性と官能的感情が縦横に交錯して、高らかな交響楽を奏してゐる。ああいふ文章の書ける者はこの國にもちよつとゐない。

 「生命芸術術としての宗教。」
 「神の潮が良心の岸辺に高く渦巻く。」
 「聖浄ぱ私の室気である。神の御顔は拝せずとも、神の触指の爪先は、いつも私の眼に映る。」

 かういふ表現の出来る者は、賀川氏を措いて他にない。

 『聖書』は、新約、旧約を併せて、霊性の泉、生命のパンの貯蔵所だが、それと同時に、氏はそこに偉大な文學を見る。氏の小説の題は屡々『聖書』から取られる。『一粒の麦』『幻の兵車』『石の叫ぶ日』『乳と蜜の流るる郷』などがそれだ。

                   *

 賀川氏の宗教に光彩を添へるもう一つの要因は、氏の生涯と性格が驚くほど特異なところにある。
 氏は弱者の子であり、氏の実兄にあたる人は、十六歳の頃から妾狂ひをして家産を蕩尽した。
 好色と淫乱の巷から、巌かな神の聲に呼び出されて、聖浄の生活に入ったのが賀川氏なのである。神と永遠への思慕は、氏にあっては絶對感をおびてゐる。氏が肺患にかかって長い間生と死の境を彷徨したこと、いっそ死ぬなら貧民のために尽くして、と覚悟して神戸の貧民窟に身を投じたこと、等、等が、氏の宗教をどんなに香気に富んだ芳醇なものにしてゐるか知れない。

 だが、もし氏の人柄が控へ目で、もの静かで、つつましい一方だったら、これほどの結果は予定されなかったであらう。賀川氏の父は、官界に腰を据ゑてゐれば大臣にもなれる人物だったが、役人なんかつまらぬと放言して、弗相場に手を出し、企業熱に身を焦がした。冒険的と投機的――それを賀川氏も自らの性格の中にそのまま受け縫いでゐる。しかし氏はそれを惜しみなくそっくり宗教の方へ持って行って、神のためにすべてを賭(は)った。それを思ふ度に、私は心の愉悦を禁じ得ない。

 賀川氏は非常に瞑想的な性質で、森の中、道のほとりで、夜露に濡れそぼちながら長い間祈ることの出来る人だが、さういふところだけが氏の本領ではない。氏の宗数的情熱は 深く内部に凝ると同時に、外部に向って、驟雨のやうに放射される。沈潜的であると同時に高踏的、個人的であると同時に社会的――病躯を駆使しながら、さういふ進み方をしてゐるのが氏である。神聖な冒瞼、神聖な投機の好愛が、この傾向に拍車をかける。後から後から社会事業を繰り拡げて、貧乏と借金に追はれながらも、氏は平然としてゐる。氏は奇蹟に期待する。氏にあっては、冒除と奇蹟はいつも脊中合せをしてゐるらしい。

 氏を買名家のやうに云ふ人があるが、実を件はない名に、さう簡雖に買ひ手がつくものではない。世の中はもっとせち辛くなってゐる。それを颯爽と切り抜げてゆくには、どうしても賀川氏のような性格が必要なのだ。

 氏の性格に私は歴史的意義を見る。

             *

 それでは、賀川氏の宗教は何派に属するか?

 この疑間はちよつとややこしいやうに見えるが、事実はさうでない。『聖書』一冊が氏の宗教の典拠である。氏の愛する「生命宗教」といふ言葉にしても、イエスが「我は生命なり」と言つたのをそのまま取つたのだ。キヤベツのやうに、必要な衣は幾枚かつけてゐるが、それを剥いでしまへば、中には蕊があるだけだ。それが『聖書』である。だから、賀川氏の宗教の木質はごくごく単純であり、軍純であるだけに、清く且つ美しい。氏の宗教に普遍性があり大衆的背景があるのは、そのためだと私は思つてゐる。

 古今の思想家、宗教家の中で、賀川氏に影響を及ばした人は多い。理想主義哲学の祖プラトンなどもその一人である。トルストイ、ラスキンの影響も濃厚であった。とりわけ、トルストイには全部的に打ち込んだ時期がある。しかし後には、そのトルストイをさへ訂正し得るやうな高さに氏は達した。

 最初に平を取って、かういふところまで氏を導いて来た人は、宣教師のマヤス氏とローガン氏であった。二人とも今なほ健在である。

              *

 この『宗教読本』は、賀川氏の宗教と宗教的生活が、端的に窺ひ知られるやうに編纂したものである。それは去年出た『人生読本』の姉妹篇である。

 『人生読本』とくらべると、『宗教読本』は、その性質上、より多く理論的であり解説的である。しかし一方で、『人生読本』と『宗教読本』とのけぢめは紙一重である。生活印宗教、宗教即生活といふ立場が賀川氏の立場であるから、これはむしろ当然であらう。それだけ編纂に苦心を要したわけである。『人生読本』と重複した文章はここには一行もないことを、私はわざわざ云って置きたい。

  昭和十二年三月

           鑓  田  研  一




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